06 「錬金術師」 「大きな傷跡」 「壊れた自動人形」 「古びた洋館」
今回は人外が多いです。
人もいますが・・・・・別の意味で人外かもしれません。
決まり文句になりつつありますが、
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
それでは本編をどうぞ。
ある田舎の町はずれにある古びた洋館、町の誰もが気味悪がって近づかないその建物の前に一人の女性が立っていた。
年齢は二十後半、短く切りそろえられた赤毛、白いローブから見えるのは赤を中心とした衣服、ドレスというには作業的で、作業服というには華やかな印象を与えるその服は笑みを絶やさない彼女にはよく似合っていた。
「行こうか。フィン、マンティ、サリー」
女性の横に付き従っているのは異形な獣が三頭。
獅子の体躯、鷹の翼と頭を持ったグリフォン。
蛇の尾を持ち、烏のような黒い翼と獅子の体躯を持ったマンティコア。
そして、真っ白な馬に大きく広がった鳥の翼をもったペガサス。
「はい。母さん」
「あぁ・・・・先頭は俺がきる。サリーはミストの傍を離れるなよ」
「わかっていますよ。兄様」
異形の姿を持った三頭はまるで兄弟のように話しながら、その姿を眺める女性―――ミスト・アルカディア―――はさらに笑みを深めた。
彼女はサリーと呼んだペガサスの背から降りることなく、その鬣を優しく撫でていた。
「くすぐったいです。母様」
甘えるようなサリーの言葉に、可愛くて仕方がないとでも言うようにミストは撫で続ける。その光景を前に立つ二人が見ていた。
「母様、兄様たちの視線が怖いです・・・・・・でも、撫でていてください」
「二人にもあとでブラッシングしてあげるから、大丈夫よ。私の家族はあなたたちだけだもの、みんなとっても愛してるわ」
前に立つ二人にミストが手を振ると、二人はわかったのかフィンは嬉しそうに笑い、マンティは鼻を鳴らしながら前を向く。
「さぁ、ここが私たちの新しい家よ。入りましょうか、三人とも」
ミストの言葉にそれぞれの足音を立てながら、三頭は歩を進めた。
古びた洋館は歴史がかった内装、しかし、裕福な者たちが住んでいたのだろう埃はかぶってはいるが十分生活できそうな様子だった。
「これ、三日間くらいは掃除しなきゃ駄目ね・・・・・三人とも、て」
「母さんには何もやらせないからね」
「お前は座って、俺らを見ててくれればいいんだよ」
「母様、そういうことは私たちに任せてください」
「・・・・・私をそんなに甘やかしてどうするつもりなの?」
ミストは苦笑しながら、突然真顔になる。
その様子に三頭も反応して、ミストがじっと見つめだした扉を注視した。
「何かいるのか? ミスト」
マンティの言葉にミストは答えずに、サリーの背を降り自分の背ほどある杖を使いながら、その扉を開けようとした。
止めることはできないことをわかっている三頭はただ危険なものが出てきた最悪の事態を考えて、いつでも彼女を助け出せるように身構えていた。
扉を開けるとそこは他の部屋と何も変わらない内装の中に一人、否、一つの壊れた自動人形は転がっていた。
その姿は左肩から右腰にある大きな傷跡から見える部品がなければ、ただの人間と間違えるような精巧な作り。この大陸では珍しい黒髪と今は何も映していない黒曜の瞳、破れた衣服から見える白い肌。美しい人形の亡骸だった。
「あなたも・・・・・・必要とされなかったのね」
同情とも、憐みとも取れるその言葉を放つ彼女の顔には遠い日の自分を見るような奇妙な懐かしさを持っていた。
彼女の手が今は動かない彼女の頬に触れ、そっと撫でる。
「こんなにきれいな服を着ているんだもの、あなたを想ってくれた人が誰か居たんでしょう?」
彼女が纏っていただろう破れてしまっている衣服は彼女の容姿に似合うように鮮やかな紺の中に、金や赤の魚が泳ぐ模様。
それは海を渡ったところにある国で『着物』と呼ばれるものだった。
「嬉しかったわよね、きっと・・・・・・自分を受け入れてくれた人を愛したでしょうね」
人形である彼女が抵抗した形跡は一切ない。
ミストは自分のローブを取り、彼女にかけてやった。
「失ったとき、辛かったでしょう・・・・・・愛する人のいない場所なんて居たくないって思ったんでしょう?」
まるで己が経験してきたかのように彼女は語りかける。ローブを取り払った彼女の背には醜く痛々しい火傷の跡が広がっていた。三頭はその背中の傷から目を離さず、じっと母の姿を見守っていた。
「あなたの大切な者の代わりに、私はなれない。でも」
ミストは杖を使わずに立ち上がり、少しよろめきながら両手で彼女を抱き上げた。
「私はあなたを助けたい。ただの偶然でしかないこの出会いだけど、あなたの笑顔を私が見たいから」
ミストのその言葉に、壊れているはずの彼女の目から一筋の涙が零れていた。ミストはそれに微笑み、三頭の家族を見て笑った。
「フィン、マンティ、サリー、見て。この子があなたたちの妹よ・・・・・あっ」
倒れかけるミストの体を慌てて駆け寄った二人の青年と一人の女性が支えた。
一人はミストによく似た赤毛をした涼やかな切れ長の瞳に眼鏡をかけた青年、一人は金の髪を長く伸ばした引き締まった体をもった青年。そして、白髪に青い瞳をもった無表情を装った女性。年齢は皆、彼女と同じくらいに見える。
「母さん! 無茶をしないで」
「俺たちがいるんだ! 頼むからもっと頼ってくれよ・・・・・」
「本当に・・・・心配させないでください」
「あははは、ごめんね? いつも心配かけて・・・・・でも、すぐ治療を始めちゃいから、ここを私の部屋にしちゃおうか。特に誰かの私室だったわけでもないみたいだし、まずここから使わせてもらおう。あとの部屋はこの子から聞いて、使わせてもらおうと思うから掃除をするだけに留めてね」
フィンが差し出した鞄からいくつかの道具を取り出し、ミストは頭をあげた。
「フィンとマンティは出てくの。この子の治療中に入っていいのは、サリーだけにしてね」
「はっ? あぁ、わかったよ。母さん」
「・・・・・・了解」
珍しく母に有無を言わせぬ目で見られ、二人はすごすごと部屋を出ていく。
「サリー、ごめん。私はすぐにこの子の治療を始めるから、私の面倒を頼んだわ」
「えぇ、お任せください。母様」
その返事に満足げに微笑みながら、ミストは治療へと集中した。
×
「・・・・・・はぁー、これで大丈夫」
ミストは手に持っていた道具を離しながら、日にちの感覚のない自分の脳へと酸素を入れる。彼女の視線の先には外傷も衣服もきれいに直された彼女が寝かされていた。
「名前、ないのかな? 日記も見つかったとか言われた気がするけど、勝手に見るのは失礼だろうし・・・・」
軽いノックの音と共に入ってくるのは人間の姿を取ったサリー、手には香りのよい紅茶と手作りだろうクッキーを持っていた。
「母様、一息ついてはいかがですか?・・・・・終わったのですね」
「そうだよー、それで今回はどのくらい時間を忘れてた?」
「五日です。研究に没頭している時よりも酷かったですよ、今回は。
普段食事と睡眠だけはちゃんととる母様が、一切眠ろうとしないんですから」
紅茶を取りながら、クッキーをかじる姿はどこか幼さを見せるミストにサリーは椅子に座りながら答えた。
「あぁー、道理で眠いわけだね。今回は仕方ないんじゃないかな? この子を助けるって目的があったし、普段の自分の好奇心だけじゃなかったからねー。うん、クッキー美味しくできてるよ。サリー」
「それはよかった」
微笑むサリーを見ながら、ミストは床にあおむけに寝ころんで、体を伸ばす。でも、目だけはちゃんと開きながら、すぐに体を起こした。
「少しでもいいですから寝てください。母様」
「そういうわけにはいかないんだよね、この子が起きるまでは起きてなきゃこの子が不安になっちゃうでしょ?
ずっと、この子に意識があったならまず会うのはずっと語りかけていた私じゃないと怖がっちゃうかもだし」
「・・・・・母様は母様ですね」
ため息をつきながら零れるサリーの言葉は、諦め、敬愛、呆れ、喜びどれもが混じった不思議な言葉だった。
「褒め言葉だと思っておくね」
「はい、褒めています・・・・・母様が私たちの母でよかったと」
「うん、それはありがとう。私もあなたたちのお母さんになれて、とっても誇らしいし、嬉しいよ。フィンも、マンティも入ってきて大丈夫だよ」
扉の方に振り返りながら、二人の息子を中に招き入れる。二人はグリフォンとマンティコアの姿でその口にはブラシを咥えていた。
「母さん、起きているならこの前の約束を」
「わかっているから、二人ともおいで」
ミストが膝を伸ばし、手招きをされた嬉しそうな二人がその膝に頭を摺り寄せる。
その様子を見てサリーが寂しそうにしていたので、ミストはさらに手招きする。
「背中が辛いから寄りかからせてくれない? サリー」
嬉しそうにサリーはペガサスになりながら、ミストの背中を支えた。グリフォンとマンティコア、ペガサスに包まれるその姿は端から見れば実に異様な光景だが、包まれている彼女の微笑みを見ればそんな言葉はどこかへと霧散されるだろう。
それほどその光景は穏やかで、一家団欒のような温かい雰囲気を持っていた。
「ミスト、背中痛むのか?」
マンティの心配そうな声にミストは変わらずにブラシを動かしながら、笑っていた。
「全然、この傷跡が少し大げさなだけよ。あなたたちは私を心配しすぎなの」
「心配もするさ、その傷跡は俺たちのせいなのだから」
後悔するように呟かれたその言葉にミストは少しだけ手を止めて、またブラシを動かした。
「それは違うわ、私を嫌う人間なんてあなたたちを生む前からいたもの。あなたたちを理由にしてそれが溢れただけ。だから、気にしなくていいの」
「それでも僕らがいなければ、母さんはあそこに居られたんじゃないかって思ってしまうんだよ」
マンティの言葉をフィンが続けた。それが本音だと、そして事実だと突きつけるように。
「フィン? 怒るよ」
「それでも、私たちがいることで母様が傷ついてしまったのは事実なんです。私たちに愛情を注いでくれる母様を私たちのせいで、彼女まで・・・・」
「サリー、フィン、マンティ。この際言っておくけどね、私は遅かれ早かれあそこを出るつもりではいたのよ。それがほんの少しだけ早く、そして少しだけ予定外のことが起こってしまっただけ」
考えを振り切ったミストは三頭へと笑顔を向けた。
「今、あなたたちとこうしていられる時間が私は幸せだもの。それでいいじゃない」
その笑顔に三頭は何も言い返せなくなる。
「ほら、あの子も起きたみたいよ」
ミストが顔を向けると同時に、三頭もそちらに目を向けた。
「・・・・・・何で私を助けた?
何故、私を放っておいてくれなかった?」
ミストを標的のように狙いを定めた鋭い瞳は相手を威圧するもの、それに対して三頭が怒りを抱き立ち上がる。ミストはそれを手で制しながら、三頭をよけてふら付きながら立ちあがる。
「あなたを助けたかっただけよ。悲しげに、自分の死を受け入れるように倒れていたあなたをね」
「同情か!? 私はそんなものいらなかった!
あのままでよかったんだ。あの人のいない世界で動いている意味なんてないのに・・・・お父様はもういないのに!!」
憎しみを込めた瞳がミストを見つめるが、ミストはただ彼女を見つめ返しながら一歩ずつ近づいた。
「同情・・・・そうじゃない、と言いたいけど。あなたにはとって同じでしょうね」
苦笑しながらもミストは止まらない。よろめきながらも両足で彼女へと近づく。
「私にはあなたの痛みも苦しみも、楽しかった思い出もわからない。でも、見たくなっただけ」
あなたの笑顔をね、と続けて彼女は笑う。
それは先程自分の子供たちに見せていた笑顔となんら変わらないものだった。
「・・・・・・あなたは何なのよ!?
そんな化け物たちを従えて、あなたは何でそんなへらへらと笑っているのよ?
私の笑顔?! そんなの物見てあなたは何を思うというのよ?!」
手近にあった道具を手に持ち、ミストへと向けられる。
その行為に三頭が怒りから襲おうとするが、そこに母であるミストの手が割って入る。
それでもミストは笑みも絶やすことなく、歩みを止めない。
「来ないで!」
「フィン、マンティ、サリー、これから私がすることに一切手を出しちゃ駄目よ。良いわね? あとの面倒は頼むわね」
子どもたちに振り返らずに、フィンはやれやれと言って人型へと変わり、マンティは低いうなり声をあげながら下がり、サリーは心配そうな目をしながらその場に伏せた。
「来ないでよ!!」
道具の一本がミストの額にあたり血が流れるが、それでもミストは止まらない。
近くに道具が手に持つ一本だけになった彼女は、両手でそれを心の支えにするように持った。
「来ないで―――!!」
彼女はそれを持ったまま、ミストに突進していった。
ミストはそれをよけることもなく、受け止めた。道具は彼女の腹部の衣服を破り、肌を貫く。
「あ」
「やっと捕まえた」
ミストはそのまま彼女に目線を合わせて、大切そうに抱きしめた。傷口からは血が溢れ、衣服を赤く染めていく。
「大丈夫、もう誰もあなたを襲わない・・・・・・あなたを一人になんかしないから」
優しく囁かれるその言葉に彼女の力はそっと抜けていき、ミストへと体が預けられる。
「どう・・・・して? だって、私は・・・・人間じゃ、ない」
「フフ、あの子たちを見たでしょう? あの子たちも、私が生んだ子たちも人間なんかじゃないわ、まして自然界には絶対に存在しない。親は私だけ、兄弟もあの三人きり。私がまた新しい子を生み出したり、子どもを引き取ったりしない限りはね」
ミストは口元から血を流しながらも、彼女を決して離さない。
どれほどの時間一人だったかはわからない彼女が、少しでも孤独を紛らわせるようにそっと頭を撫でてやる。
「だから、私の娘にならない?」
ミストはそういうと同時に体はゆっくり倒れいく、自分の体を支えようと伸ばされた手も力なく滑った。
「あああぁぁあ、駄目! 嫌! 死なないで!! 独りにしないでぇ!」
「あー、ごめんね。大丈夫だからね」
ミストを必死に起こそうとする彼女に、ミストは笑みを絶やさない。
「でも、少し休むから。あとは三人にいろいろ聞いて、私も起きたら話すからね」
大丈夫だよと言うように、目をつぶりながら彼女の意識はなくなった。
「マンティ!」
「言われなくともわかっている!」
フィンの声よりも先に走りだし、ミストを背中に乗せるマンティ。
「あぁ! 僕もすぐ行くから、湯を沸かしておいてくれ!!
サリー、その子は任せた」
「はい、兄様。母様をお願いします」
人型となったフィンに同じく人型となったサリーが応じる。
「当たり前だ。安静になったらすぐに知らせる!」
その口元を噛みしめながら、サリーは兄二人を見送った。本当ならば彼女も母の傍についていたい。
だが、それだけがやるべきことではない。
「初めまして、私は母であるミスト・アルカディアの長女にして末娘サリー・アルカディア。母から生み出されたペガサスです。あなたの名前は? 自動人形さん」
「えっ、あなたたちこの屋敷を調べたんじゃないの?」
彼女の問いにサリーはため息をつきながら、冷めてしまった紅茶を手に取りカップに注ぎ、クッキーと一緒に彼女へと差し出した。
「冷めていますが、飲みなさい。
久しぶりの手作りなので少々自信がないのですが、クッキーもどうぞ」
自分も紅茶を飲みながら、サリーは口を開いた。
「あなたのことを私たちは何も知らないですよ。
名前も、この家の前の持ち主のことも、掃除中に日記も見つかりましたが、私たちはそれを開いていません。母様がそれを望みました。
『≪家族≫の物をあとからのこのこやって来た人に荒らされたら、怒るでしょう?』とね」
「・・・・あの人は一体何者なの? 私を直すこともそうだけど、あなたたちを生み出したって、並の人間にできることじゃないわ。それこそ私のお父様でもない限り、不可能のはずでしょう?」
「あなたのお父様を知らない私に言われましても。
私たちにとってぶれることのない事実は母様が私たちを生みだし、私たちを家族と呼んでくれる方であり、母であることだけ。詳しくは母様本人に聞くことですね、おそらく全てを教えてくれるでしょう。
私たちがどうしてここに来たかも、全部」
サリーは紅茶を置きながら、彼女を見つめた。
「ねぇ、あの人は本気で言っているの? 全部」
彼女もサリーの青い瞳を見つめ返す。黒曜の瞳と青い瞳が重なり合った。
「母様は嘘を言いません。あなたが家族になるかは自由です。ですが」
サリーは母がここに居たならば、していただろうことを実行に移す。自動人形である彼女に手を伸ばした。
「私は歓迎しますよ、私に妹ができるんですから」
「・・・・・・・ありがとう」
「それであなたの名前は?」
「・・・・・・教えないことが失礼だってわかってるけど、あの人に先に伝えたいから言わないでいても、いい?」
サリーは彼女のその言葉に微笑んで、その頭を撫でた。
「えぇ、母様に一番に呼んで貰いたい気持ちは私にもわかりますから」
自動人形とペガサスである筈の彼女たちのその様子は、容姿は違えども、どこにでもいる姉妹と何も変わらなかった。
×
彼女は夢を見ていた。
親友を失い、足が不自由になり、背中全体を覆う醜い火傷の跡ができた日。
人生の転機というにはあまりにも救いがない、痛みだけを伴った出来事。
彼女があまりにも錬金術という学問に対して、天才であったがために起きた現実。
彼女はその夢に取り乱すことはもうない。
何度も、何度も見てきた親友の死の間際の光景。
本当の意味で彼女を理解し、励まし、支えてくれた親友は死の間際すらも彼女を気にかけ、置いて逝くことと守りきれなかったことを謝罪し、それでも会えたことに感謝して死んでいった。
親友を彼女から奪ったのは人間の嫉妬という思い。優秀なミストに嫉妬し、化け物を生み出したと言って殺そうとした結果だった。
だから、彼女はあることを決意していた。
「ルテナ・・・・・」
自分の声でミストは目覚め、誰も聞いていないかを確かめる。幸い誰もいなく、体を起こして首にかけた十字の剣を模したネックレスを引っ張り出した。
「・・・・・でも、本当に正反対だったよね。私たち」
硬質な音をたてて、ネックレスが二つに分かれる。否、重なっていた物が離れた。
どちらも手入れの行き届いた美しいとすら言える銀のアクセサリー。
「才能があって、周りから変わり者扱いされても錬金術で知識を追い求めた私と才がないにも関わらず剣を学び、努力によって認めさせたあなた。ホント、変わり者ってことしか共通点なんかないのに」
涙は出ずに零れてくるのは笑み、懐かしい思い出を、幸せな日々をくれた親友を想ってミストは笑う。
「入ってきていいよ。四人とも、そこにいるんでしょう?」
入ってくる四人に笑顔を向けながら、サリーの背に乗った彼女を見て少し驚いてから笑みを深めた。
「ずいぶん仲良くなれたみたいね。よかった」
「えぇ、母様。でも、母様が起きないと名前を教えてもらえないのですぐに連れてきました」
「うん? どういうこと?」
ミストは首をかしげて、マンティは溜息をつきながら、説明する。
「お前に一番に呼んでほしいんだとよ」
「僕たちも気持ちがわかるから、無理に聞けないんだよね」
苦笑するフィンにサリーが人型に変わりながら、彼女の背をそっと押した。
「私の名前は絢華。あなたの四人目の子どもで、次女で末娘になります」
「私はあなたの親になるミスト・アルカディア。あなたの他に大切な二人の息子と大事な一人の娘がいる伴侶もいない母親。これからよろしくね、絢華」
ミストは新しい娘を抱きしめ、絢華もそれに応える。
そして、申し訳なさそうに腹部へと手を触れた。
「ごめんなさい。痛かった、よね?」
「大丈夫よ・・・・そうね、いい機会だから私たちがここに来たことを話しましょうか。サリー、包帯を換えたいから手伝ってくれない? フィン、マンティはカーテンを閉めて」
「はい、母様」
「はい、母さん」
「あぁ」
ミストは背をベッドから離し、服を脱いでゆく。
露わとなっていく上半身の肌の各所には火傷の痕と多数の傷が残り、最後に腹部の包帯と背中の傷が晒された。
「・・・・・この火傷の痕は?」
絢華の呆然とした表情と問いにミストは触れられないようにそっと、絢華の手を取っていた。
「絢華。私の話を聞いてくれる?」
ミストは少しだけ間を置いて、絢華の手を取ってまっすぐ目を見つめた。
「裕福な家で生まれた私は、村で一、二を争う変人だったの。
頭が良くて、何だって理解できる存在だったけど、錬金術を学んだのを機に様々な研究に熱中しては、食事と睡眠を忘れていろんなものを作った。
でも、私は人間関係を作るのが壊滅的だった。そんな私にもたった一人だけ幼馴染であり、親友がいた」
首にかけたネックレスを引っ張り出し、スライドさせて二つに分かれる。その中央には紅と蒼の鉱石が輝いていた。
「名前はルテナ・ラーフェス。女性の身でありながら騎士を目指し、才でなく努力でそれを叶えかけた努力の天才。
私たちは真逆の存在だった。でも、だからこそ私たちは互いに必要とすることができた」
ミストが智ならば、ルテナは武。
ミストが蒼なら、ルテナは紅。
ミストが創生者ならば、ルテナは破壊者。
互いが互いを補う存在のように、血の繋がりよりも深い何かに繋がっているんじゃないかと錯覚してしまうような対の存在。
それがミスト・アルカディアとルテナ・ラーフェスの関係。
「この子たちを生み出した時も私の次にこの子たちを抱いて、祝福してくれた。けど、この子たちを村は、他の人間は祝福してはくれなかった」
三人がいつの間にか人型から変わり、ミストを包むように寄り添った。
その首元にはミストが持つ物と同じアクセサリーが輝いていた。フィンは橙、マンティは金、サリーは白、それぞれの色の家族の証のようなもの。
「私たちが住んでいた研究所は火に包まれ、私はこの子たちを守ることに必死で自分の怪我なんてこれっぽっちも気づいていなかった。駆けつけてくれたルテナと合流して、必死に逃げていく中で支柱の一本がこの子たちを潰しかけた」
気が付いたら、体は動いていた。と、ミストは笑いながら続けた。
「背中の火傷と足はその時に、ね。
ルテナが助けてくれていなかったら、こんなものじゃ済まなかったかもしれない・・・・命からがら外に出たら、今度は矢の雨だった」
炎の中を潜り抜けた先にあったのは、人間の醜いとしか言えない嫉妬とそれにとってつけられたお飾りの建前。
矢の雨はミストたちを射抜くはずだった。
「それをね、ルテナは守ったのよ。この子たちに刺さりかける全ての矢を払って、私を射抜くはずだった矢をその身に受けて・・・・・空に逃げたときにはもう体中を矢だらけにして、それなのに最後まであの子は私のことばかりだった。
私の自慢の親友、たった一人だけの理解者、この子たちの誕生を私に次いで喜んでくれた私の半身のような存在だったの」
絢華を自分たちの中に引き込みながら、抱きしめる。
「あなたにも会わせてあげたかった」
「きっと、ルテナさんだったら可愛すぎて抱きしめていただろうね」
フィンの楽しげな言葉、マンティが続く。
「あぁ、あの人は見ために似合わず、可愛いのが好きだったからな。
俺たちのこの姿も好きでよくブラッシングしてくれたな」
「私はよく羽を隠して、一緒に山を走っていました。
ルテナさんは私たちのもう一人の母のような、いえ、父かもしれませんね」
苦笑に近いサリーの言葉にミストが頷き、少しの間消えていた笑顔を見せる。
「フフフ、ルテナが私の伴侶、ね。それはいいわ、今度からそう言うことにしようかしら」
「会ってみたかったなぁ、母上がそこまで言う大切な人」
絢華の『母上』という言葉に反応して、三人が同時に人型に戻り絢華は三人にもみくちゃにされるように抱きしめられた。
「僕たちの新しい末の妹だ! あぁもう、可愛いなぁ!! 絢華は」
「あぁ! 俺たちの家族だ。何があっても守ってやるぞ! 絢華」
「絢華、大好きですよ」
「ちょ、兄上、姉上、痛い。痛いってばぁ」
ミストはそれを見ながら、服にしまってあるいくつかの鉄くずなどを取り出しその場に簡易の術式を描く。そして、最後の仕上げに額に手を当てて考えるようなしぐさをしてから目を開けると火花が散るような音と共に一つのアクセサリーが出来上がっていた。中央に光る鉱石は黒、家族でお揃いの十字の剣のアクセサリー。
ミストは子どもたちを見ながら、隣にうすぼんやりとした姿で立っている親友に笑いかけた。
<元気そうじゃないか? ミスト>
<それは皮肉かしら? ルテナ。あなたが居ないから、こんなに怪我してるのよ? 守ってくれるって言ったくせに、さっさと死んじゃうんだもん>
声には出さない、彼女たちにしか聞こえない会話。言葉にとげはなく、ただ互いに楽しむように会話は行われていた。
<それは謝っただろう?・・・・あの子が新しいお前の娘か、次は竜でも子にする気か? まったく、そんなに子沢山になってどうするんだ。お前は>
溜息をつきながらも楽しそうに、その言葉に対してミストは意地の悪い笑みを浮かべた。
<あなたが父親だそうよ?>
<何? 誰がそんなことを>
<サリー。今度から、あなたのことを父親として名乗るからよろしくね。お父さん>
<ハハッハハハハ、楽しいだろうな。それは>
笑って、ルテナの影は薄れてゆく。ミストは目を細めながら、睨んでいる。
<私、あなたを生き返らせることまだ諦めてないから。絶対、この中にあなたも入れてみせる。この大切な家族の中にね>
<それは楽しみだ。その代償をどうするか決めてあるのか?>
<この世界の神を代償にする。そして、空いた神の席を私たちが座って、私たちだけの箱庭を別に作り上げる>
傲岸不遜なその言葉にルテナは満足そうに頷きながら、消えていく。
<それでこそ、私の親友。楽しみにしてるよ、その日を>
そして、完全に消えた。ミストは目を閉じて、心の中だけで決意を新たにする。
「さぁ、みんな。食事にしましょう」
そう言って、彼女は笑う。親友が不在の間、家族を守るのが自分の役目。それを誇らしそうに、子どもたちに支えられながら彼女は世界へと立ち向かっていく。
×
数年後、世界のどこでもないある場所である家族が一生終わることのない生活を送っている。
「ずいぶん、子どもが増えている気がするんだけど・・・・気のせいか? ミスト」
頭を抱えているのは一家の大黒柱である父親、ルテナ・ラーフェス。
「気のせいじゃないわよ、ルテナ」
その表情を実に楽しそうに眺めているのは母親である、ミスト・アルカディア。
「ドワーフのグランでしょ?」
長男、グリフォンのフィン。
「マーマンのウォルトだろ? 確か」
次男、マンティコアのマンティ。
「ハイエルフのキーシャでしょう? ウォルトは一か月くらい前だったような?」
長女、ペガサスのサリー。
「ワーウルフのグリッド? キーシャは二週間前じゃなかったっけ?」
次女、自動人形の絢華。
「ミスト! 何考えなしに子ども作ってるんだ!!」
「せっかく、広い場所を手に入れたんですもの。この際、家族が増えてもいいかなって思ってね。ここがいっぱいになるくらい家族が居たら楽しいと思わない? ルテナ」
そんな言い争いをしながら、家族で幸せに過ごしましたとさ。
そこには多種多様な者たちが一つの家族となって暮らしている。
ごく稀にそこに迷い込み、帰って来た者は皆一様に『家族とは種族でも、人種も関係ない互いを愛し合う尊いものだったのだ』と言い、子どもを残し、それを伝えた。
そして、帰ることのなかった者たちはそこで幸せに彼女たちの家族として迎え入れられたそうな。
家族愛を書いてみました。
私はどうも人外が好きなようでして、書いていると気分が乗るんですよね。
感想、誤字脱字報告お待ちしています。