40 「守れなかった者」 「守りたかった者」 「放浪」 「曖昧な答え」
迷走作品です。
王道の主人公の目線を書くのを、書けない状態で無理に書いたらこうなりました。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
では、本編をどうぞ。
ごくごく短い睡眠の中で、俺は夢を見る。
救うことが出来なかった、守ることが出来なかった、共に戦う中で支えることすらしてやれなかった、愛した女性たちが俺へと微笑みかけてくれる。
「あなたは何も悪くないのよ? どうか、自分を責めないで」
俺の右肩の傷に触れる紅の髪を伸ばした、金の瞳の女性 ―― エスカーナ。
「この傷が、あなたが必死になって僕らを守ろうとしてくれた証でしょ? マサキ」
俺の左肩の傷に触れるのは野原の心地よい緑の色の髪を短くまとめ、苺のような瞳の少女 ―― プレリー。
「私が弱かった。あなたの背を守りたかった、あなたの剣となりたかった。そして、結果的にそれはあなたを傷つけてしまった」
俺の右目を通る傷跡を撫でるのは明るい栗色の髪を一つに縛り、エメラルドのような強い輝きを持つ深い緑の瞳 ―― シエラ。
「それは無理だ、俺は俺を・・・・お前たちを守れなかった俺を一生許すことはできない。どれだけこの体が傷つこうと、どれだけの者が俺を称えても、意味がない。
俺が守りたかったのは! 俺が欲しかったのは!!」
夢の中でだけ、彼女たちの前でだけ、俺は泣く。
現実では泣くことも無駄と切り捨てられるというのに、彼女たちの前でだけ俺は感情を偽ることができなくなる。
この世界に突然落とされて、戸惑い迷う俺を笑顔で迎えてくれた心優しき修道女だったエスカーナ。
その優しさが、世界に落とされて孤独だった俺を癒してくれた。
村で出会い、俺に多くのことを教えてくれたプレリー。
その底抜けの明るさが、俺を周囲に溶け込ませてくれた。
己の中に気がつけば存在してしまった強大な力の前に戸惑う俺に、基礎を叩き込んでくれた騎士見習いのシエラ。
その芯がぶれることのない信念が、俺を立ちあがらせてくれた。
俺は心の底から三人を愛し、守れるだけの力を持っているはずだったのに。
俺は作った傭兵団の初仕事へと行っていて、俺を迎えてくれた村を、俺を救ってくれた愛しい人たちを、大切な存在を守れなかった。
傭兵団を腹心に任せ、愛馬を全速力で走らせた先で待っていたのはもう助からぬほどの怪我を負った二人を、同じくボロボロになった体でそれでも守ろうと立ちあがるシエラの姿だった。
怒りで我を忘れるのは、後にも先にもあれ一度だけだった。
俺は自分の怪我にも気づかずにただ腕の中で息を引き取る三人を抱いたまま、腹心が声をかけるまで立ち尽くしていた。
「四人で生きれれば、俺は何もいらなかった」
「知ってるよ、バカ」
「私たちもそうです。いえ、そうでした」
「それでも・・・私たちは決してあなたが私たちを引きずることを望まない。あなたには生きて欲しい。私たちがあなたの枷となるなら、いっそ思い出ごと捨ててほしい」
三人は俺へとそうささやくと、消えていく。
夢が覚める時間が来たのだと、わかってしまう。
「・・・・それだけは絶対にありえない。三人が居たから、俺はここに居るんだ」
夢で薄れてゆく自分の手を眺め、不意にどこからか落ちてきた三枚の花びらを握る。
「三人を忘れた俺は、俺じゃない。たとえ、誰が『西永 雅貴』と呼んでも、俺はそれを認めない」
三人の声を、思い出を、温もりを俺は抱えて生きていたい。
他の誰でもない三人が、俺に生きることを望むから。
「会いたいな、もう一度・・・・夢でなく、現実で」
×
「兄貴!」
「あぁ・・・・どうかしたか?」
俺は首を軽く振ってから、夢の残滓を振り払う。現実にはもう、それはないのだから。
「ワリィ、兄貴。寝てたか」
「気にするな・・・・どうせ、眠れない」
立ちあがりつつ、マントを羽織る。両肩の傷を隠すためと、もう夢の中でしか愛しい人が触れることのないこの腕を全てから隠すために用意した黒の飾り気のないマント。
「・・・・まだ、夢に見るのかよ」
「お前が気にかけることじゃない・・・・俺はむしろ望んでさえいる」
「姉貴はそんなの、のぞんでぇねよ!」
エスカーナと同じ赤い髪、それを短くまとめた好青年。名をエルド、エスカーナの実の弟だった。
義理の弟になる筈だったエルド。もうなれない、俺の家族になる予定だった存在。
「知っている」
短く答えて、俺は若干下にあるエルドの目を見た。
「なら、何で?!」
「忘れる?
前を見る?
未来に生きる?
他の誰かを愛する? どの選択肢をしろと、お前は言う?」
俺は鋭くなっているだろう目で、手塩にかけて育てた弟分を見つめた。
「不可能だよ、全て。
本来ならば、今すぐにでも後を追いたいのを踏みとどまって、俺はここに居る」
自分の背丈ほどある大太刀を背負い、腰にはシエラの剣をさす。首元には婚約指輪のないこの世界の風習でエスカーナとプレリーの合作だった、婚姻の証である四人分の魔石のペンダントを揺らし、愛馬の鞍を手に取った。
「俺は自分の世界に捨てられ、この世界でエスカーナ、プレリー、シエラの三人に救われた。
俺が生きるのはそれだけで十分だ」
「ざけてんじゃねぇぞ! クソ兄貴!!」
俺はエルドの振りかぶった拳をあえて受け、一歩も後ろに下がりはしない。
「姉貴が! プレ姉が! シエラの姉御が!!
そんなアンタを望んでると思ってんのかよ?! そんなアンタに惚れたのかよ?!
ちげぇだろうがよ!」
俺への苛立ちを少しも隠そうとしない弟分に対して、俺の気持ちはどんどん冷めていく。怒りすら抱けない。
「その相手がいない世が、どれほど虚しいか。どれほど無為に見えるか。お前にわかるのか? エルド。
太陽がのぼる昼間も、俺にはこの世界が薄暗く見える。
月が明るく夜も、俺には雲がかかっているように気がする。
草木が芽吹く春も、草木が緑に色づく夏も、動物たちが活気づく秋も、空気の涼やかな冬も全てに霞がかかっているんだ」
まるで全てに色がなくなり、自分だけが曇りガラスの向こう側から景色を見ているかのように。
「三人が生きていた時は全てが輝いて見えたのに、全てが愛しかったのに。
世界だって、守りたいと願ったのに」
俺は自分のごつごつとした大きな手を見つめる。三人が『好きだ』と言ってくれた手、『私たちを包んでくれる、大きくて優しい手だ』と言ってくれた手。
「もう、俺の手には何もないんだよ」
「・・・・・兄貴」
「傭兵団をやっているのも惰性だ、もう俺が居なくても機能するようにもなってきた。
俺が抜けても、問題のない善良な集団にな。俺は一人で旅にでも出よう」
そう思い、俺は斜め掛けの鞄へと財布と小刀、常備している保存食(乾パンと干した果物、干し肉)、愛馬用にいくらかの麦を袋に詰める。
「今から行く気かよ?!」
「前々からリオルたちには伝えてはいた。飛び出すのもいつかはわからないとも、な」
「勝手すぎる! 前のアンタは
「死んだ。三人が死んだ日に、俺は一度死んだ。
ここに居るのは惰性で生きる者だ」
弟分の言葉を最後まで言わせずに俺はテントを出た。
×
あてもなく、海に漂う流木のように俺は愛馬と共に旅を続けた。
何がしたいわけでもない。何かあるわけでもない。
ただ三人がくれた常識だけと力だけで生きていく。
その旅の中で俺はある日、一人の獣に出会った。
×
ある満月の夜のことだった。
「エクス、どうした?」
街道を行く途中だというのに愛馬がふいに足を止め、何かを警戒するように首を伸ばして耳を立てていた。
「エクス? 血の匂い・・・・か」
愛馬に任せて街道を外れていくと広い草原を血に染めて、魔獣たちを舞うように殺していく、荒々しい女が居た。
必要な部分しかつけられていない軽鎧。それはどれほどの戦場を超えればそんなに傷がつくのかと思うほど傷だらけだというのに、役目を終えずに女を守っていた。
振るっているのは中型の双刀。使い古されて大切にされてきたことが持ち手でわかり、女の腕の延長化のように魔獣の命を奪っていく。
見えている腕も、足も、顔も古傷が隠されることもなくさらされていた。
腰に見えるのは短剣。それは命を奪い続けている女には、不似合いなほど温かな色合いで。
背中には偃月刀のような槍。それは金の満月が似合う獣のような女には、縁のなさそうな信念を表しているように見えた。
楽しそうに命を奪い続けた女は俺を見やり、笑う。
「誰だか知らんが・・・・人の戦っているところ見て呆けるとは死にたいのか?
クローフィ!」
そう言って女は呼ぶと黒とも、赤とも取れる色をしたエクスの倍はある大きさの紅蓮の馬が駆けてくる。俺は何とかその突進をかわしながら、女はその馬の勢いを殺すことなく飛び乗った。
「馬の扱いは悪くないな。騎士のような少し硬い動きだが、それも経験で徐々に崩れたと見た。
もしくはアレだな、騎士に類するものに手習い程度に受けたのか」
金色の瞳は細められ、それは得物を吟味する獣ようだった。だが、殺意はない。
「殺意はな、垂れ流すものじゃないんだよ」
俺の思考を読むように女は言葉を紡ぎ、俺は背中の大剣へと手をかけていた。
「戦場だったら垂れ流してもいい、あそこは殺意が行き来して当たり前の場所だからな。クク、殺意ってのは・・・・・」
背中の槍を外して、馬上で悠然と構えると女は軽く目を開いた。
もう危険なものは何もない筈だというのに、恐ろしいほどの圧力がかかってくる。ここにあるのは草原と月と、あの女だけだというのに。自分がとても小さく、無力な何かであるかのように錯覚する。
俺は自然と大剣を引き抜き、エクスへと指示を出すがそれよりも早く俺の首元には槍の穂先がかかっていた。
「こうやって一点に絞るものなのさ・・・・まぁ、私の殺意で剣を引き抜けただけでも上出来だけどな。ハハハハ」
そう言って降ろされる穂先を見ながら、女の顔を間近で見る。右半分を通った刀で斬られたような傷跡、額から左目にかけてバツ印のような傷跡。見れば見るほど怪我をしていないところがない女だった。
嘲り笑うわけでもない、軽い笑み。
だが、本心を隠しているように感じるのは何故だろうか?
「何を・・・・・失ってきたんだ?」
恐怖で震える体と、震える咽喉から出たのはそんな言葉だった。
驚くこともなく、女は目を細めた。本人ではなく、言葉を理解しているのだろう紅蓮の馬が俺を睨みつける。
「クローフィ、いい。
同じ問いをしたら、アンタは答えるのかい?」
馬の怒りを宥めるように、さっきまで楽しげに戦っていた存在と同じとは思えないほど優しい手つきで首を撫でる。
「あぁ、答える。アンタが強くあることに興味を惹かれたからな」
「強い・・・・・・ね」
女は少しだけ考える仕草をして、槍を肩に担いだ。
「今晩、私はここで野宿する」
そう宣言して、馬を降りて慣れた手つきで火を起こす。
「私の昔語りを聞きたきゃ、聞けばいい。ただし、代金はメシだ」
遠回しに『狩りをして来い』と言われ、俺は女に問うた。
「アンタが逃げないって保証は?」
「私が、お前なんかから逃げる特は何だ?」
「言いづらいことじゃないのか?」
「クローフィ、そこのバカを馬上から落としちまえ。
お前の同族の背に乗らせていることが無駄で、不愉快だ」
「ヒンッ!」
その声とともに俺の体は宙を飛び、わからぬままに草原の魔獣の死体の上に落ちた。焦ったような蹄の音が聞こえ、俺の頭を覗きこんでくるのはやはり愛馬のエクスだった。
「ブルルゥ」
気遣うような声を出して、乗るように示してきてくれた。
「なんだ・・・あの馬。というか、本当にあいつは馬なのか?」
蹴られた腹にはくっきりと蹄の跡が残り、痛みが襲ってくる。おそらくしばらくの間、痛みは引かないだろう。
「狩りに行くか」
馬にも、女にも、ここまで圧倒的に差を見せつけられると清々しい気分になるんだということを、俺はこの世界に来て数年たった今になって思い知った。
×
遅かったな、まぁいいさ。
私の名前はラティルス・カーディナルス。別の大陸の英雄だった存在さ。
そう、『だった』のさ。
私はその名を捨てて、故郷と人が呼ぶだろう場所から去った。それが今の現状だ。
捨てた経緯、か。長くなるぞ? まぁいいか。
私はある一族の長の娘だった。一族は古くから都の王たる血筋と対等な友人関係を築いて来て、その上、武にも優れている・・・・今思えば、おかしな一族さ。反乱なんて考えずに、友情だけでその立場を貫いてきた義賊に近い一族。
母は『舞姫』と呼ばれるほど美しく戦う人でね、もっとも私が幼い頃に死別したが・・・・自分の技が似てないと知るのは早かったよ。姉妹や兄弟の剣とは違う、刀を握ったのは自分に母と似るところがないと気づいたからだろうな。
自分と似た存在を、一族からも、人からも捨てられた異質な者たちを私は恋人と、親友と腹心と共にかき集めて傭兵団を作った。
まず失ったのは恋人だったな。傭兵団の初陣で子どもを斬ることにためらった私が生んだ過失で、だ。私はこの手で恋人の命を奪った。
『お前が奪ったわけじゃない』? 最後まで聞け。
私が奪ったんだよ、致命傷を受けた恋人の命の灯火を私が最後に刈り取った。まるで死神のように、私があいつを殺した。
初見でわかる致命傷だったからな。殺してやるのが情けだったのさ。親友でも腹心でもなく、私が殺した。なによりもあいつがそれを望んだ。
あいつは私に呪いをかけた。死ねない呪いをな。約束という鎖を私に縛り付けていきやがった。
その後、私は必死に死ぬために戦場を駆け廻ったよ。
多くの部下を見送って、血に塗れて、多くの恨みを抱かれた。
次にある大戦が起きた。
そこで私は一族と、最愛の妹と、親友と、腹心と、妹のように可愛がっていたある少女を失った。
部下は皆、私を誘ったよ。『共に帰りませんか』とね。
それもできたさ、そうすればよかったのかもしれん。
だが、私の居場所はな。もうあの国にはないのさ。
獣の軍勢は人へ戻り、騎士はあるべき仕事を果たし、王族は民のために尽くす。実に立派な国になってるだろうな。
私には無理だ。争いがないところで、私は生きられない。
だから、海を渡った。クローフィと失った者の欠片だけを持って、私は今ここに居る。
×
語りは終わりだとでもいうようにラティルスは肉へとかぶりつき、自分で持っていた酒を呷った。
「腰の剣と、槍がそうなのか」
「何故、そう思った?」
視線を合わせることなく、ラティルスは食事を進めながらそれを聞く。
「アンタに不似合いだ」
「・・・・・だろうな。私とは気性が真逆な最愛の妹と、私とは正反対の親友のものだ」
気を悪くするわけでもなく、食い続ける。
「お前は私が強いと言ったな」
「あぁ」
「だが、私は自分が誰よりも弱いと思うな。
戦いでしか自分の価値を見いだせず、『英雄』という立場から逃げ、守りたいと思った全てをこの手から失った。
あとに残ったのは・・・・・ただの力と、思いだけさ。
お前は本当に全てを失ったのか? まだ、守れるものがあるんじゃないのか?」
俺を、いや俺の首元の首飾りを指差して、ラティルスは言う。
「私にもう家族も愛する者も、部下も、親友も、帰るべき場所もない。
お前がこの世界の住人じゃなかったとしても、お前はまだあるじゃないか」
そして、草原の岩を指差した。そこにうごめいたわずかな人影が映った。
特徴的な赤い髪、見間違えるはずがない。愛した者と同じ、その血筋の色だから。
「・・・・私にはそれが羨ましいよ」
串を放り捨てながら、ラティルスは立ちあがる。クローフィへと触れながら、慣れた手つきでその背に跨る。
「俺は・・・・・やり直せるのか?」
立ち去ろうとするラティルスに最後に俺は一つだけ、問うた。
「知らん」
短く答えて遠ざかっていく彼女は、少し離れてからこちらを振り向いた。
「死人相手は誰もやりなおせんさ! だが、お前には生きて残っているじゃないか!
せいぜい私の二の舞にはなるなよ!!」
「アンタはずっと一人なのかよ!」
俺がそれだけ叫び返すと、それに負けないほどの大声で彼女から最後の返事が返ってきた。
「私が一人? ずっと居るさ、見えないだけでな!」
そう言って彼女は、紅蓮の馬と共に走り去っていった。
×
それ以降、俺が彼女に出会うことはなかった。
彼女はきっとどこかで今もあの紅蓮の馬と共に駆け抜けているのだろうか、戦いに明け暮れていつか自分が死ぬまでそれを繰り返すのだろうか。
守るべき者を完全に失った彼女、それを見てようやく俺はただ現実見ていないだけだとわかってしまった。まだ、大切な者は残っていたのにただ自暴自棄になって逃げていただけだ。
・・・・俺は守りたいんだ。
今度こそ本当に全てを失う前、彼女がそれを教えてくれた。
感謝を伝える方法はないからこそ、いつか死んだときに彼女と出会ったときに恥じない自分であるために俺は今日も生きている。
いかがだったでしょうか?
・・・・最後がやっつけ仕事な気がします。
曖昧な答えであり、曖昧な終わり方ですね。
感想、誤字脱字報告、お考えになった四題お待ちしています。




