24 「怪人」 「バイト」 「裏事情」 「憧れ」
今回の話も絶対これ、主人公の視点じゃないだろうという王道から外れた作品となっております。
というか、書いてる作者自身当初の予想から大きく外れた作品となっております。
楽しんでいただけたら幸いです。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
では、本編をどうぞ。
「――――以上がこれからの作戦だ。異論、改善点、疑問点がある者はいるか?・・・・いないようだな。
では、会議はこれで終了とする。解散」
総督の言葉に組織の主力である幹部たちが席を立ちあがり、それぞれ退室していく。
私はそこでいまだに席に座って腕を組んだままの総督に紅茶を差し出した。
「・・・気が利くな、相変わらず」
「そうですか? 普通ですよ、これくらい」
慣れた手つきで他の幹部たちが使ったカップと茶菓子が乗っていた(今日は手作りの紅茶のパウンドケーキだった)皿を片づけていく。みんなにも好評だったし、『おかわり』まで言って貰えた。今回はおかわりの分は作らなかったから、今度作るときこの量の倍は作っておこう。それにこの後、一般戦闘要員のみんなにも配らないと。
「ケーキ、本当にうまかったぞ。おかげで会議も順調に終わった」
眉間に深いしわができた強面の総督が口元だけの笑みをこぼす。
「君が入ってから、連中の出席率も上がった。本当に助かっている」
「会議が順調なのも、出席率も、偶然じゃないですか?」
というか、私はその以前を知らない。私がここに拾われて、雇われてからというもの席の一つでも空いてるところなんて見たことがない。
「それにこれはバイトであり、大切な仕事場であり・・・・・私の趣味ですから」
笑って言える。これだけは。この人たちが『悪の秘密結社』が私にくれたもの。
これは私―― マリア・フォレスト ――が彼らに救われた話。
正義によって全てを失った私に居場所をくれた、優しい秘密結社の話。
そして、私が今ここで総督の××として傍に居る理由とそうなった過去を語る物語。
×
私はこの世界の人間じゃなかった。
私が住んでいた世界はこの世界で言うファンタジーの世界で、妖精も幻獣も、神すらも願えば会えるし、真摯に祈れば叶えてくれる。友になることすらもでき、伴侶となることも出来た。
この世界で魔法と呼ばれるものもあって当たり前で、ただ科学は発展せずに自然と共に生かされていることを実感する。この世界に染まった今の私には少し不便で、でも愛しい生まれ故郷だった。
その世界で私は神獣である白き狼を守る一族の長たる父の娘として生まれた。
母は昔から決められた婚約者で、森の巫女の血筋でその歌声は全ての者に安らぎを与え、癒しをもたらした。父はそんな母を愛し、私の知る誰よりも強く穏やかな人で多くの者に慕われていた。
私はそんな二人の娘であることが嬉しかったし、誇りだった。
母のように優しくあろう、父のように強くあろう。そうあることを自分に課して生きた。
巫女の教えが私に命の尊さを教え、森の民としての生き方が私に揺るがぬ心を与えた。そんな日々が続くと思っていた。
いつか私が婿を迎え、子を産み、その子が育ち、両親が亡くなり、私の子が伴侶を迎え、私が伴侶と共に老いて、死んでゆく。そんな日々があると信じていた。
だが、そうはならなかった。
見たこともない五色の衣服をまとった者が神獣を奪おうとし、それを止めようとしたみんなを光にしていったから。
私はそれをずっと見ていた。
私を守って次々と剣や槍に刺され、光となっていく親しき人たち。
私を抱える母と、家族を、里を、同朋を、神獣を守ろうと立ちふさがる父に五色の戦士は連携攻撃で父を光に変えた。
そして、私を守って母すらも光に変わり、涙すら流すことを忘れた私を五色の戦士が狙いを定めた瞬間―――――黒く、紅い、闇色のマントをはためかせた人たちが私を守るように立ちふさがってくれた。
黒い光。『そんなものはない』と言われるだろうが、私にはあの色が光に見えた。
「遅れて、すまなかった」
黒き仮面に隠れた顔から聞こえたその声は、父が楽しげに酒宴を行っていた時に聞いたことのある声で。
「わたし、いかなきゃ」
本来ならほかに言うべき言葉はあっただろう。だが、ふいに零れた言葉は自分でもよくわからなかった。ただ、呼ばれている。そんな気がした。
「・・・・・そうか、行ってきなさい。
私たちがここを守ってみせる。『将軍』『教授』『人斬り』『狂王』誰一人として通すな。それと『女帝』、お前は彼女を守るためについていけ」
「了解っと、ここの里の人には世話になったし、可愛いマリアちゃんのためだものね」
「けして、彼女の邪魔だけはするなよ」
「するわけないでしょ、私あの子の友達うん十年やってきたんだから知ってるし」
軽口をたたいている聞き覚えのある優しい声、私を抱き上げて香る、いやじゃない香水。
「久しぶりだね、マリアちゃん。行こうか、神さまのところでしょ?」
あえて軽く、明るく笑ってくれる露出度の高い蝙蝠や蛇のような衣装をまとった彼女の目は少しだけうるんでいて、そんなことすら嬉しくて、悲しかった。頷く私を抱えて、彼女はまるで野をかける鹿のように軽やかに走り出した。
私が目を開けた時は白き祠の前で、私は彼女の手から解放された。私はまるで何かに導かれるようにそこに入っていく。
この祠は母しか入ってはいけない場所だった。選ばれた者が、呼ばれた者だけが白き狼のもとに行くことを許される。それを判断するのは長であった父の役目だった。
中も白い、何で作られたかもわからない白い社があり、そこに白き狼が蒼き眼を輝かせて、私を待っていた。
【マリア、我が問いに答えよ】
「はい、シリウス様」
互いに名乗らずともわかるという不思議な感覚、それすら疑問に思うことはない。
この世界ではそれが当たり前だから、神や妖精、幻獣たちは名乗る必要などない。
彼らがそこに現れる、それ自体が最早彼らがその存在に出会うことを許した証。
【我の一族を殺した者たちは我を欲すか?】
「おそらくは」
話は父たちがしていた。そして、交渉決裂した瞬間に武器を握ったと尽きかけた命で伝えてくれた。
【我が一族は残っているか?】
「いいえ、いいえ!」
【皆、死んだのか?】
「はい・・・・・おそらくは誰も、私を守って・・・・・・私を残して!
あなたを、この村を、守ろうと、父も、母も、み・・・んな」
必死に答えようとする私の声は嗚咽と涙で声にならない。
そんな私にシリウス様は大きな体躯で私を包むように寄り添ってくれた。
【マリアよ】
その声には怒りが宿されていた。
【彼奴らを許せぬか?】
「はい!」
【彼奴らが憎いか?】
「はい!!」
喉が燃えるように痛む中で、シリウス様の静かな問いに私は強く答えた。
【ならば、我も共に戦おう。
我に居場所を与え、我を邪神から神としてくれた者たちの血筋を殺した者たちを我は許さぬ】
蒼き瞳が紅に変わる瞬間を私は確かに見た。
【我は今一度世界を渡り、邪神となろうぞ!】
白かった筈の場所が黒く変わり、私自身を黒く染めていく。
少しも怖くなどなかった。
シリウス様の怒りも、悲しみも、記憶さえも伝わってくる中で私はただそれを受け入れていく。
体を覆う黒いローブにはしる紫と黄のライン、幾重にも布が巻かれるように作られた漆黒の帽子の中央には赤き宝玉、口元を隠すようにつけられた黒き布は少しも呼吸を阻害しない。そして、手に握られたのは赤き宝玉が先端につけられた二メートル近くはある黒き杖。
「マリアちゃん・・・・・選ばれたのね」
「はい」
その姿を見た『女帝』さんは一瞬なぜか悲しげに、だがすぐに悪そうな笑みを私に見せた。そして、私もそれに対して少しだけ照れるように笑った。
「行きましょうか。『魔女』」
「えぇ、『女帝』さん」
この姿となってわかる。正義が神によって選ばれるように、悪もまた選ばれる。
それに私は選ばれただけ。悪として。
痛みと共に邪神を纏って立ちあがる、かつての森の巫女の血筋。それが私だ。
私は悪だ。
彼らの同朋であり、正義の敵となった存在だ。
だが、それでいい。
私は正義を許さない。
私から平穏を、家族を、里を、暮らしを奪った正義をけして、許しはしない。
「風よ、疾く導け」
そうささやけば、『女帝』さんと共に総督たちのもとに一瞬でついた。
「戻ったか、『女帝』・・・・・・新しき同朋をつれて、か。同朋よ、名乗り上げよ。そして、その力を皆に示せ」
「はい、総督」
『将軍』『教授』『人斬り』『狂王』が下がったタイミングを見計らって、私は空へと浮かび上がる。そして、黒き杖をまっすぐ地上に並び立っている正義の使徒に向けた。
「正義の使徒共よ、よく聞くがいい! 我は黒き獣の仕えし、闇の魔女・シリウスなり!!
そして、屈辱と痛みをもって我が名をその体に刻みこむがいい!!
グローゼ・ヴィエーチェル!」
雷がはしり、風が真空刃となって五色の戦士を襲った。
一瞬でスーツは傷つき、何人かは膝をついていく。
「アハハハハ、その程度か。その程度で総督様にたてついていたのか?
身の程を知れ! 弱き、惰弱なる正義よ。
無様に地に堕ちよ!! アースクェイク!」
後ろの総督たちを風の魔術で保護しつつ、大地は割れていく。
もう少し、あと少しで殺せる。
ドクドクと心臓の音が聞こえ、私はもう一度杖を振り下ろそうとした。
【マリア、これ以上はお主の体が・・・】
「ゴッド・ソル!」
【避けよ! マリア!!】
脳に響くシリウス様の声に私は反応できない。苦し紛れに赤の戦士が打った攻撃が肩にあたる。
「だから、何・・・?」
あふれ出る血、風すら維持できずによろめく体。
だけど、その程度がなんだというのだろう?
「今だ! みんな、力を貸してくれ!!」
五色の光りが集まっていく。憎々しい白く、色とりどりのまばゆい光。
「悪は滅びる定め、それを庇う全てはあってはならない。
聖獣すら悪に染めた貴様を俺たちは決して許しはしない!!」
(【こいつらは今、何と言った!?】)
私たちの考えはシンクロする。そして、二人分の怒りが湧き上がる。
「シリウス様、力をください。どんなものも打ち砕くことのできる力を。一瞬でもいい、あいつらを殺せれば命なんていらない」
【ならば、我もまた命をかけよう。繋がれ、極限となることを望み、祈れ】
力が欲しい。欲しい。こいつらを殺せればいい。この正義という名の、私の敵を打ち払いたい。
黒き風が私を包むように、そして色が変わっていく。黒は白を生みだし、色を失ったようなそのローブと装備にあるのは一点の射抜くような蒼き宝玉。
〈白き魔狼・フェンリルフォルム〉
どこからか聞こえたその声を私は気に掛けることもなく、白き杖をつきつけた。
「シート・シァーシュカ」
五色の光りを、どこからか現れた白き盾と剣がどうということなく弾きあしらう。
「ヴォールク・リオート」
氷で作られた多くの狼が襲っていく。
「ミエーチ・ヴィチローク」
そよ風が不可視の剣となって、戦士を襲っていく。
『それ以上はさせません!』
金の女神が倒れた戦士たちの前に立ち、光が戦士たちを包んでいく。
「逃がす、と思っているのか!」
「もうよい。『魔女』」
総督の低く、よく響く声が私を止めた。
「ですが! そうと・・・・く」
体がふらつき、変身が解けていく。そんな私を誰かが受け止めてくれた。私の記憶はそこで途切れた。
×
起き上がるとそこは見たこともない灰色の天井、私の知らない風景。そして、ベッドらしきもので眠っていたのだろう私を囲むようにして六人の男女が眠っている。
誰が誰だかおおよそ見当はついたが、私はそっと体を起こした。
「・・・・シリウス様、ここって別の世界ですか?」
小さく呟き、内側にいるシリウス様に語りかけた。
【そうだろうな・・・・・寂しいか?】
「わかりません。もうみんながいないことも、ここが別世界であることもまるで実感がなくて、涙も出てこない。それに私は・・・・一時の感情であんなにも簡単に人を殺そうともできた。
全部が夢のように信じていたいのに、体がそうじゃないことを語ってる」
包帯を巻かれた体、確かにある記憶、そして、精神に混ざるように共に居るシリウス様。
全てが現実だったことを言外に伝えていた。
【お前は一度に多くのものを失いすぎた。無理もない。
だが、受け入れよ。今、目に映る全てが現実だということを】
「・・・・はい、シリウス様」
受け止めるしか、選択肢はない。
もう、全てが起こってしまったのだから。
時は戻らない。故郷はもう、ない。里も、家族も、親しき人たちも全て。
【我はしばし眠る。お前も少しでも多く休め】
精神内でシリウス様が眠りについたのがわかり、私は誰も起こさないように立ちあがった。体中のどこもかしこも痛いが、我慢できないほどではない。
とりあえず、部屋を出て、何をしたいわけでもなかった。何も知らないから、どこへ行けばいいのかもわからない。
でも、誰もいないところ行きたかった。
どれほど歩いたかはわからない。
ただ、声が届かないぐらい遠い部屋がいいと思って、突き当りの部屋まで行った。
扉を開いて、薄暗いそこで誰もいないことを確認してから私は固い壁に拳を叩き付けた。
今、抱くべきは疑問じゃない―――考えるべきことはここで生きていくこと。
今、やるべきことは泣くことではない―――行うべきはここを知ること。
今、喚いている暇などない―――知るべきことはこの世界のことと組織のこと。
頭では分かっている。でも、この行き場のない喪失感はどこにいけばいい? どこに向ければいい?
拳を何度も何度も壁に叩き付けて、手の感覚がなくなり始めた。
プランッと赤くなった手が力無く垂れ下がっても、まだ足りなかった。頭をぶつける。鈍い音が響いて、壁に寄りかかる。
「あぁ、痛い」
痛いはずなのに、泣けない。
手も、頭も、体中の怪我からも血が出てるのに、まだ足りない。
「マリアちゃん、ちょっと! 何やってるの!?」
「『女帝』さん?」
私は声がした方を振り向くと、血相を変えた『女帝』(変身なし)さんがいた。
「泣けないんです・・・・・失ったのに、全部。痛くても、泣けないんです。辛いのに、苦しい筈なのに」
私はおかしくもないのに笑っている気がした。
気を失えば、これは夢になってくれるだろうか?
あの日に戻ってくれるだろうか?
ただの穏やかに日に母の歌を聞きながら、父と一緒になって料理を作ることができるのだろうか?
「ごめんね、私たちがもっと早く助けに行けていたら、死ななかったかもしれない。ミリスも、マシウスも・・・・・あなたは失わずに済んでいたのに」
そっと背中から抱きしめられる。そう時間は経っていないはずなのに、人の温もりが妙に懐かしく感じた。
『マリア、歌いましょう。顔に感情が出ないときでもね、歌だけは正直にその人を伝えてくれるの。歌にはその人の全てが現されてるんだから』
不意に母の言葉が浮かんだ。
「やわらかな日差しに包まれて 嬉しかったあの日々を 思い出す」
母の歌はいつも即興だった。
子守唄も、讃美歌も、祝歌も、聖歌も、鎮魂歌すらもそんな歌を書に書き写して皆に伝えるのはいつも父だった。
だから、私は歌を作ろうと思った。母に歌ってほしくて、父に聞いてほしくて、こっそりと歌を書き溜めた。
「瞳をとじると そこにいる もういないはずの愛しき人たち」
この歌は喜びの歌の筈だった。私が綴った最初の曲で、出会いに感謝する歌の筈だった。
「声が聞こえる 優しい声が 楽しそうに 語り合う」
次のお祭りの日に母が歌ってくれる筈だった。
「時のとまった記憶の中で あなたたちがくれた多くのものが心地よすぎて」
父が皆に自慢するのだと、珍しくそわそわしながらその日を待っていた。
「瞳を開いたとき 言葉にもできない悲しみと 苦しみがこみ上げてくる」
友人たちにも内緒で、言わずにいることが少しだけ後ろめたくて、喜んでくれるか不安で、少しだけ秘密を抱えていることにドキドキしていた。
「あなたがいない あの子もいない みんながいない」
(あぁ、本当だね。母さん)
声だけは正直で、歌だけは素直だ。
「全てを白き光が奪っていった」
全部、歌詞にのっていく。
真っ赤になった手、そこに少し固まりかけた額の血に触れた。
「戻りたい 戻れない 戻らない あの日々を想いて」
一滴の涙がそこに落ちた。
返してほしかった、あの日を。
「立ち止まることを 今だけはどうか 許してほしい」
【マリア・・・・・】
「マリアちゃん・・・・・」
ギュッと抱きしめられる。
温もりがここにもある、だけど、代わりじゃない。そうはなれない。もう二度とこの手には戻ってこない。
『失ってしまったら、もう二度と会えないこと。同じ存在などいないということ。それが命だ。そして、私たちは何かの命を奪わねば生きてはいけない。この世で最も生きることに貪欲で、奪う側である私たちは命に生かされている。それを決して忘れてはならないんだ、マリア。
でも、だからこそ私たちとは、命とは尊い。
儚く、脆く、弱いそんな存在だからこそ私たちは集い、支え合い、子を残す。自分たちがここに居たことを名も知らぬ未来へと続いてほしいと願ってな』
父の言葉が蘇る。
狩りをして、命を初めて奪った日。料理された獲物を前にして、食の進まぬ私に教えてくれた。
「父さん、母さん・・・・みんな」
『マリアはいつもそうやって無理するんだから、目が離せないのよ』
『バカ! 一人だけで狩りに行くやつなんているか!!』
『料理うまくなったわね、マリア。今度は何を教えてほしい? 言って御覧なさい』
『おっと、力仕事なら手伝わせろよ。お前が人並みに力を持っていても、だ』
兄、姉のいない私にまるで妹に接するように叱ったり、褒めてくれたり、からかったりしてくれた人たちがいた。
『姉ちゃん! 俺にも弓、教えてくれよ!!』
『マリア姉さん、薬草を教えてください』
『いやー、マリア姉は私と遊ぶのー』
『おうた、うたって』
里の子どもたちはみんな私の可愛い弟妹達だった。
『マリア、よくやるわねぇ。体壊すんじゃないわよ? 心配してるのよ』
『まったく、お前は甘すぎんだよ。嫌なら嫌って言えばいいんだ』
『お前はちょっとこっち来い、口の悪さを矯正してやる。マリア、無理はするなよ?』
『マリア―、こっちで私とお茶でも飲もうよ』
大切な幼馴染であり、親友たちがいた。
全てが光となって消えていった。
痛みに顔を歪め、守れないことを悔しそうに、死ぬことに恐怖を抱いて、私に怪我がないことを嬉しそうに、残して逝くこと心残りにして。
「みんな・・・・・」
涙が雨のように降りだした。
「マリア・・・・・これが何かわかるか?」
泣いている私にかかったその声に私は顔をあげた。総督が大きめの袋を私の前で口を開けてみせてくる。
「あぁ・・・・あああぁあ」
私の世界で神は死ぬと新しき世界となり、幻獣や妖精は死ぬと森へと還り、新しき存在となって生まれ変わる。
動物と植物は生と死を繰り返し、ごく稀に神となる。
そして、人は死ぬと大地に還ることなく、鉱石となる。
その鉱石は亡くなった人が持っていてほしいと望んだ人に渡され、その人が死んでもその近親者たちによって大切に受け継がれていく。
誰も加工など考えず、紐で包むようにして首にかけるのが常識だった。
大切な誰かの命を包む紐だけは皆、こぞって工夫を凝らしていた。だから、組み紐は男女関係なくできることが当たり前だった。
総督が持った袋に入っていたのはみんなの命だった。
どれが、誰だかはっきりとわかる。触れることで伝わってくる。
大きさも、形も、輝き方も、色合いすらも、似ることはない。まったく同じものは存在しない、みんなの命。
「うわあああぁぁぁーーーん! みんな! みんなぁ・・・・・」
私は袋を総督が奪うようにして、抱きしめた。
≪泣くな 泣かないでよ 泣いちゃいや 泣くなんてらしくねぇ≫
≪ごめん ごめんな ごめんよ すまない 悪いな 一人だけで残してしまって≫
≪でも だけど≫
≪私たちはあなたのもとを決して離れない≫
≪あなたは一人じゃない 独りぼっちなんかじゃない 一人にはさせない≫
≪だから、私たちが持っている全てをあなたにあげる≫
たくさんの声がした。みんなの声がした。
誰も、彼も聞いたことのない声なんてなくて、嬉しかった。
袋が故郷の緑と暖かな日差しの色に輝き、一つになろうとしていく。私はそれを受けながら自分の中にシリウス様以外の力が入っていくのを感じていた。
【・・・・やはり、あの森の神はいなかったのではなかったのだな。
あの民たちの存在こそが一つの神であったか・・・・実に奇妙なものよ、一つの神たりえる民が、邪神だった我を神と崇めるなどとはな】
苦笑、喜び、ほんの少しの呆れ、シリウス様はそれでも嬉しそうだった。
「『欲』が『邪』なら、邪じゃない人間も神もいませんよ。
それに・・・・あなたを邪神だと断じたのも人間です」
様々な色が混ざり合った手のひら大の一つの鉱石、一目見ただけだと黒にしか見えないそれは角度を変えることによって様々な色に変わっていく。
これがあの里が、あの世界にあった証。みんなが、生きていた証。
「どんな存在だって真っ白なはずがない。神さまだって、人だって、全部」
その鉱石を大切に手で包み、胸に抱く。
「総督、ありがとうございます。みんなの命を持ってきてくださって」
「親友の・・・・マシウスの友として、これくらいはな。
それにあそこの里の者にはなにかと世話になった。こんなことじゃ返せないほどの恩を、な」
総督は私に背を向けて、歩き出していた。
それと入れ替わるようにして眼鏡をかけた知的な女性が私の額の怪我へと何の前触れもなく消毒液が染みたガーゼを当ててくる。
「~~~~!?」
(しみる! しみる!?)
「動くなよ? 怪我人。
怪我人は、医者に治療行為に関するものをどんな痛みが伴っても受ける義務がある。しかも、自分で怪我を増やす馬鹿な怪我人には特に痛いようにやらなければ覚えない。
わかったか? 怪我人」
口元に薬草に似た香りを出す筒状のものを加えながら、口元だけで笑うその女性はだぼだぼの白衣につけられたポケットから慣れた手つきで治療道具を引っ張り出していた。
ポケットを探る手元を見ている様子は一切なく、髪をまとめている使い古された紐は見覚えがあるデザインだった。
「その紐・・・・・母さんの?」
「あぁ? あぁ、そうか。お前は、あいつの娘か・・・・・・・」
「『教授』、アンタ何をいまさら寝ぼけたことを・・・・」
『女帝』さんがそんな『教授』さんに呆れたようにため息をついているが、眠そうに半開きにされたその瞳は私の目を見ていた。
「あんな状態の里で、怒り以外の何を思う? 一応、アタシの故郷だったんだぞ?
もっとも奇人変人、科学にはしった親不孝もんだけどな。結局、医療に携わってんだから、わかんないもんよ。
ま、そんなアタシを友達なんて言って、考えたばっかのデザインの髪紐をくれたあいつも相当の変わりもんだったけどな」
最初に作った組み紐もまた私たちの里では特別な意味を成していた。
その中で、他にない自分だけのデザインの最初の組み紐は特別視されていた。
大抵は親か、伴侶となる人に渡すまでは自分で持っている物なのだが、母はそれを『親友に渡したのよ』と嬉しそうに語ったことがあった。
「まったく・・・・アタシなんぞにやらんでも、あいつのなら誰も彼もが欲しがっただろうにさ。最後までよくわからん奴だった」
溜息をつきながら言われたその言葉とは裏腹に、その目元は嬉しそうで、今にでも涙が零れてしまいそうで。
両手に包帯を巻きつけ終わり、それと同時に『教授』は立ちあがった。
「さて、また怪しい研究でもしようかね・・・・・あの白い光どもを抹殺するために」
縛ってなおも長い髪を手で払いつつ、それと入れ替わりに現れたのは『将軍』さんだった。
故郷でも少数民族であった鬼人の名残を見せたその額には立派な角が二本、突き出ていた。
「・・・・・マシウスの娘、よく似ている」
彼らが少数民族である理由は簡単だ。鬼人族はそもそも互いの角で念を送ることで会話以上の言葉を持っている部族であり、言葉を必要としない。他民族との交流の才は言葉を習得しなければならないので、そもそも集落を出ることが稀なのだ。
里ではごく稀に言葉を習得するために下りてくる者たちと他の土地の仲介をしていた。父の顔の広さにはいつも驚かされた。
「似ていますか? 似てないって言われることの方が多いんですけど」
そう私は二人の娘でありながら、祖父母の血の方が濃く出たらしく似ていると言われたことは少ない。容姿を気にしたことはないし、祖父母も尊敬しているから気にはしてないんだが。
「その瞳と、心の在り方・・・・・似ている。幼き日のマシウスと同じ」
表情は動かないが、目を逸らさずにこちらを見るその目は優しげだった。
「闇、光、どちらでもない。人間の強き眼・・・・共に戦う。守る。『魔女』、同朋」
それだけ言うと『将軍』は私に握手を求めようとして、怪我をしていることに気付いたのかその手は私の頭の上にのった。
「頼む」
「はい、『将軍』さん」
順番制なのか次の人が後ろに控えていた。
「やぁ、僕は『狂王』。狂った王様さ」
楽しそうに王冠を指先で回しながら、私を見つめる目は不思議なことにひどく懐かしく感じた。
「僕が何故、『狂王』なのか。不思議かい?」
「不思議じゃないわよ、バカ。マリアちゃんの精神衛生によくないから死になさい」
「『女帝』はいつも僕には手厳しい。マシウスも僕が赤子だった君に触れようとするのを嫌がったけど、ミリスだけは違ったな。
まったく・・・・あんな男より、僕が君の父親になりたかった」
「おっと、手が滑った」
どこからか液体の入った△の入れ物が飛び、それは見事に『狂王』さんの頭にあたり割れた欠片が飛び散る。
手が滑ったにしてはとてつもない速さで飛んできたその先には、『教授』さんが手の埃を払っていた。
『君の父親になりたかった』
父の子としては喜んではいけないだろうが、たとえ実ることがなくとも母を想ってくれた人がくれる言葉の中でこれ以上の賛美の言葉はないだろう。
「ありがとうございます。母さんをそんな風に思ってくれて、それと私をそんなに愛してくれて」
『狂王』さんは少しだけ驚いたような顔をして、小馬鹿にしたように笑い続ける笑みは消え父と同じような穏やかな笑顔を向けた。
「やっぱり、君はミリスの娘だねぇ」
意味深な言葉を呟きながら、手をプラプラと振りながら去っていった。
その次に私の前に現れたのは、私は見たことがない一枚の布を纏ったような服を着た女性だった。
巫女として人の前に立った母と同じ、神聖な空気がそこに流れていた。
その瞳は私を見ていながら、心の淵を覗かれているようでどこか恐ろしくさえある。だが、私をいつでも壊せるだろう彼女はけして私を壊さないという確信もあった。
「・・・・二つの神をその身に宿しながら、人として生きるか。何とも険しき道をゆく童よ」
若い、いや、『女帝』さんや『教授』さんに比べれば、幼くすらあるその姿でその倍、いや数十倍は生きているかのような言い方だった。
「血に酔い、闇におぼれ、神から邪神へと移り変わった余とは全く違う新しき闇・・・・人の中にある不安定さ自体が童を闇へと落としたか。それもまたよきかな」
「『人斬り』、今日はその子なの?」
「あぁ、こやつが出たがるのは珍しくてな・・・・・眠っていたというのに起きてきた。もう、眠ったようだな。
『魔女』よ、私の中には多くの私がいる。まぁ、まちまちだろうが気にするな・・・・・里の者を守れずにすまなかった」
簡単に一礼して『人斬り』さんは私を抱え上げた。
「まずは休め。何を始めるにしても、お前は怪我を治すことを優先しろ」
「安心しろ、ベッドから逃げないように私が見張る。患者に逃げられたなど、医者の恥だ」
「アンタ、縛り付けるとかはなしよ?」
「それなら僕がとっておきの催眠薬を」
「『狂王』、そんなことしてみろ。貴様の給料は綺麗にゼロにしてやる」
「・・・・俺が見守る」
≪私たちが内側から抑え込みますよ≫
【フフ、お主を見守る者は多すぎるな。マリア】
内からも外からも聞こえてくる多くの声に、安心感を抱きながら目を閉じる。
私はけして、独りぼっちではない。その事実だけがただ嬉しくて。
「でも 私は一人じゃない あなたたちが残してくれた 日々 存在が私を励ます
代わりではない 違う喜びとして 痛みを重ねて今を生きよう
出会いと別れを 生と死を繰り返す中で また巡り合うその日まで」
『さよなら』、その言葉だけは好きじゃなかった。だから、私は歌の最期をこう締めくくろう。
「それまではどうか あなたが笑顔でありますように」
いかがだったでしょうか?
久しぶりに一万字超えましたね、これとは別のバージョンの案もいつかちゃんと形にしてあげたいものです。
・・・こんなにシリアスになる予定じゃなかったんですよ、そっちだと。
とりあえず、詩の内容はこっちにも貼っておきますね。
やわらかな日差しに包まれて 嬉しかったあの日々を 思い出す
瞳をとじると そこにいる もういないはずの愛しき人たち
声が聞こえる 優しい声が 楽しそうに 語り合う
時のとまった記憶の中で あなたたちがくれた多くのものが心地よすぎて
瞳を開いたとき 言葉にもできない悲しみと 苦しみがこみ上げてくる
あなたがいない あの子もいない みんながいない
全てを白き光が奪っていった
戻りたい 戻れない 戻らない あの日々を想いて
立ち止まることを 今だけはどうか 許してほしい
でも 私は一人じゃない あなたたちが残してくれた 日々 存在が私を励ます
代わりではない 違う喜びとして 痛みを重ねて今を生きよう
出会いと別れを 生と死を繰り返す中で また巡り合うその日まで
それまではどうか あなたが笑顔でありますように
マリアが考えた方も形にしてあげたいんですけどね。
感想、誤字脱字報告、お考えになった四題お待ちしております。




