20 「季節外れ」 「狐」 「夜」 「一人」
01の続編です。
正直、書いた作者本人もこれの続編を書くとは思っていませんでした。
彼女たちの話はあれ以上どうしようもなく、完成していると思っていました。
ですが、書いてしましました。
そんな生まれの作品ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
では、本編をどうぞ。
秋の十五夜には少し外れた月夜の中を、一匹の狐が小高い山の上で月を眺めていた。
暗い闇の中で金の月を眺めるその身は異色の銀。
(私は何を捜している?)
銀狐は己が異色であることを知っていた。
そして、異色であるが故に賢しくなければ生きて行けぬこともわかっていた。だからこそ、彼女は強くあること、知恵を得ることを己に課した。
本来ならば長く生き、歳を経てからでなければ得られぬ妖怪の力すら銀狐は生後一年ほどで習得し、その姿と早熟すぎてしまった彼女は少ない銀狐の中でさらに異端であった。
煩わしい周囲の目を避けるように集落からは早々に旅立ち、一人であることは彼女にとって当たり前だった。
だが、彼女は己が誰かを捜している気がした。
集落を飛び出したことも、己の全てがそれをするためだけに生まれたのではないかと錯覚してしまうほどに。
誰かも、知らずに。
何かも、わからぬまま。
どこに居るかも、あてもなく。
どんな姿かも、知らぬというのに。
ただ、月が金に輝き、空が紺に染まるときほど――― それを強く感じる。
そして、こんな夜に彼女は決まって同じ夢を見る。
『大丈夫?』
『二人の時は『様』は付けないって約束でしょ? ×』
『もう、×は意地悪なんだから』
『私は・・・・あなたにも傍にいてほしいのよ。×』
『どうして? どうして、あなたはそこまで私に尽くしてくれるの?』
『死なないでよぉ! ×』
『傍に居て、見守っていてよぉ』
何もない闇の中が、そんな誰とも知らぬ声によって色づいていく。
名を呼んでいるらしきところだけはいつも聞き取れずに、色づいた世界の最期はいつも暖かな雨が降る。
(あの声は誰なんだろう?)
わからない。どうしてあんな夢を見るかも、どうして多くの言葉だけが彼女にかけられるかも、そしてそれが己にとってどんな関係なのかも。
だが、どうしてかその声の主を彼女は求めていた。
出会ってどうしたいのかなど、考えられはしない。
ただときたまその多くの言葉に、別の言葉が混じるのだ。
『あなたのことを、誰よりも愛しているからですよ。×』
『ありがとう・・・・×』
いつもの言葉とは違う。
何が違うのかをしいて言うのならば、それは既視感。
抱いたことがあるかのような思いだった。
(まぁ、いい・・・・・いつか縁があれば、出会えるさ。会えなかったら、それまでのことだということ)
そう思い、彼女は目を伏せてから森へと駆け出した。
日の下でも、月の下でも目立つその体で狩りは容易ではない。かといって、人の姿をとって狩りをするのは別の問題が発生する。
妖怪となった時点で彼女に食事はあまり必要ないのだが、それでも食欲がなくなるわけではない。それならばと果物だけを食べていた時期もあるが、やはり狐は肉食であった。すぐに物足りなくなってしまった。
彼女は狐の姿で川へと入り、魚を数匹慣れた手つきでくわえて人へと姿を変えた。銀の長い髪を腰まで伸ばし、夜闇にまぎれる紺よりも深い黒にも似た和服を纏った姿で妖術を使って火をつける。そして、懐から出した串へと内臓を取り払い、香草を詰めた魚を焼き始める。
「銀空姉さま?」
一匹の狐が人語を介して、そんな彼女に駆け寄ってきた。
「やっぱり、銀空姉さまでしたか。どうして、人の姿に?」
「何しに来たの? 金華」
彼女はその狐を冷たく睨みつける。
魚を焼きながらも、彼女はいつでも動けるように金華と呼んだ狐から目を離すことはない。
「相変わらず同族がお嫌いなんですね。銀空姉さまは・・・・・どうして、そこまで嫌うのでしょう?」
金の狐はその姿を人にかえ、緋の着物と金よりも淡い輝きを放つ山吹色の髪を肩で短く切りそろえた小柄な少女がそこに現れた。
「私が同族嫌いで誰か困る?」
「困りますよ。主に私が」
「そう、それならどうでもいいわね」
銀空は心底どうでもよさそうに、いい色で焼けた魚の一つを取り他の魚が焼きすぎることのないように炎から遠ざけてからかぶりつく。食べた瞬間、わずかに銀空の口元はほころぶ。作った本人も納得の出来だったようだ。
「どうして、集落を飛び出されたの?」
「私があそこに居たくなかったから、それだけでは理由として不足かしら?」
銀空は一本の魚を骨と頭も綺麗に食べ終わり、二本目にかぶりつく。
「姉さまが戻ることを願うものがいたとしてもですか?」
金華は炎を挟んで、対面している銀空を見つめていた。金華の紅の瞳と、銀空の蒼の瞳が一瞬だけ交差する。
「あなたの力と知恵、その二つがどれほど人を惹きつけていたかあなた自身はどれほど知っていますか?」
「だから?」
串を炎へと放り、三本目を手に取った。金華はその言葉に顔を怒りでゆがめた。
「姉さまはなにも思わないのですか?!」
「思わないわね。
どうだっていいから飛び出した場所に、私が何かを抱くなんてない。それにあそこにあった私への思いは恐怖と嫉妬、物珍しげな視線。同族の中でも近しい筈の銀狐の者たちすらね」
銀空は狐の姿に戻り、炎を風の妖術で掻き消した。
「私は一人でいい。群れずとも私は生きて行ける」
「銀空姉さま!」
「あなたはそうではないでしょう? 金華。
あなたは望まれてそこにいる。同じ腹から生まれ、異色な私の実の妹でありながら私の背を追いかけてきてくれたあなたは次期長としても期待されている。
金の色に生まれたものはあなたに憧れ、あなたを敬う。今も、これからもそれは増え続けことでしょう。
私はそうじゃない。私は銀、生き急がなければ生き残れない。知恵を得て、強くならねば死しかなかった。そして、私はその中でさらに自分で孤独を選んだ。
もう私を追うのはやめなさい。そして、忘れなさい。私という存在を。
あなたに姉などいなかった」
銀空は当たりの匂いに気づき、顔をしかめた。
(もう来たのね。腰巾着ども・・・・・鬱陶しい)
銀空はその場から風を使って飛び上がり、空を駆け去っていく。
「姉さま!!」
地上から聞こえる声も、先程までいたところに放たれた風の刃や狐火も全てがなかったかのように、興味すらないかのように。
空を見れば金の月、空に輝くは多く星々、それを包むは紺の空。この世で彼女が二つ目に愛する景色が広がっていた。
「綺麗だわ・・・・・とても、とても」
(でも、何かが足りない)
美しいその景色に一抹の物足りなさを感じながら、銀空は星の海を駆けだした。
×
(・・・・少し調子に乗って、妖力を使いすぎたわね)
銀空はどことも知れぬ街の道端で狐の姿のまま、歩いていた。
「おい、こんなところに銀狐がいるぞ!」
「しかも、かなりの上物だ。仕留めて、売っちまおう!」
そんな言葉を聞き、彼女は疲弊した体で駆け出した。いつもの彼女ならば森へと行こうとしたのだろうが、彼女は何かに導かれるように町の中央へと走った。
×
『元気そうですね。藍』
「空!?」
私は夢の中で、ずっとそこに居たように微笑んでくれた彼女へと抱きついていた。
『おっと、藍。危ないですよ』
全然体勢を崩していないのに、彼女はそんなこと言ってくる。
ずっと私の傍に居てくれた親友、ずっと私の代わりをしてきた影武者、ずっと私を守ってくれた優しい忍。
「空! 空!! 空!!!」
言いたいことはいっぱいある筈なのに、伝えたいことはたくさんある筈なのに、言葉は言葉にならない。名前を呼んでいるだけなのに、抱きついているだけなのに、どうしてこんなに嬉しいんだろう。どうしてこんなに涙が零れてくるんだろう。
『落ち着いて、藍。それに今こうして、五年ぶりにあなたの夢に出てきたのはどうしても伝えておきたいことができたからです』
「えっ?」
どうして今更なの?
どうしてもっと前じゃなかったの?
空は私の問いを察するように、私の髪を手で梳いた。
『あなたに伝えたいことは山ほどあるけど、未練をあなたに背負わせるつもりはない。
私はあなたの幸せを誰よりも願う者。だから、そんな悲しそうな顔をしないで。藍』
彼女の服は私の前でだけ、ごく稀に着ていた紺の地に白い水仙をあしらった着物。髪は背中に降ろしたまま、その目元はいつもつけていた眼帯は外されていた。
「空ぁ・・・・・」
『これまで神谷殿と共によく頑張りましたね。そんな藍に神と呼ばれる者が、あなたに笑顔になってほしいと望んでくれました』
私の頭を撫でるその手は優しい。何も変わらない、私の親友がそこにいる。
『私は今宵、別の姿となってあなたのもとに戻ることでしょう。
さぁ、起きて。私がそこで待っていますからね。またすぐに会いましょう、藍』
その目は彼女がかつて死ぬ寸前に見せた時と同じ、満ち足りたもので。私はそれに言葉も、笑みも返すまもなく覚醒していった。
×
「藍? こんな夜ふけに、庭園に居るなんてどうかしたのか?」
灰色の髪に紅の瞳、浴衣を纏った男性が突然庭園に出ていた妻に問うた。漆黒の髪、白い肌、夜闇のような青を帯びたその瞳は月を見ていた。
「空が夢に出てきたの。優しく微笑んで、『私は今宵、別の姿となってあなたの元に戻ることでしょう』って」
「縞殿が?」
今は亡き、彼女の影武者であった影縞 空。
国と藍姫を守るために命を捧げた影たる忠臣。その存在は秘匿とされ、その功績はこの国の長とその一握りの者たちしか知ることはない。
墓を作ることも、名を書に記すことも許されない。彼らを守りし者の名だった。
「おかしいよね、今更。もう五年もたつのに・・・・・今まで一度だって夢に出てきてくれなかった空が、来てくれたんだもの」
その手には紺一色が覆ったトンボ玉の中に金に光る月が一つぽっかりと浮かんだ模様、銀一色の髪留め部分のかんざしが握られていた。
「空は一度だって私に嘘をつかなかったから・・・・・・信じたいの」
「藍・・・・・・」
男はそっと妻を抱きしめる。
ガサガサッ
「?!」
「・・・・・空なの?」
突然の物音に男は身構え、女性はその音へ問うた。
×
「・・・・・空なの?」
銀空はその言葉を発した女性を見た。
(彼女だ。私が探していたのは彼女だ)
「・・・・・・藍?」
銀空の口からは知らぬはずの名が零れ、その身を銀狐から人へと変える。
「空なのね?」
呼ばれる名が『私』の記憶を呼び起こす。
「藍、藍・・・・・・えぇ、えぇ! 私は影縞 空。あなたから名をもらい、命を拾われ、あなたの幸せを願って逝って・・・・・今、ここにあなたを、あなたの先を守りたくてこうして地獄より舞い戻りました」
銀空は思い出す。あまりにも多くのことを、そしてそんな多くの情報よりもたった一つ、たった今目に映る女性に出会えたことが、その全てを些事とする。
「あなたを守りましょう。
この永久に滅びることなき体を、これから続くあなたの血筋に捧げましょう。私は守護者となりましょう」
「そんなことどうだっていいの!
空が帰ってきてくれたもん。おかえり、おかえり! 空」
互いにその存在を確かめるように抱きしめ合う二人を、一人の夫と四人の弟子だった者たちが優しく包む。
あるべきものがようやく揃ったのを祝福するように月が詠い、星々が瞬いていた。
いかがだったでしょうか?
本当はもう少し狐たちと関連付けて続けようかとも考えたのですが、そうするとせっかく再会を果たしたというのに別れてしまいそうだったのでやめました。
こちらは別の話として今後書けたらいいなと考えています。
それと余談というか戯言ですが、狐と狼が出ることが多いのは作者の趣味です!
感想、誤字脱字報告、お考えになった四題お待ちしています。




