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12 「タヌキ」 「甘味処」 「散歩」 「雨」

昨日よりは長く、まとまっている作品だと作者は思っていますが・・・・どうでしょう?

楽しんでいただけたら、幸いなのですが・・・・


読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

では、本編をどうぞ。

 あぁ、今日は何て日だろうか。

 久しぶりに散歩の出たというのに、途中で雨が降るなどと・・・・・・出たときは快晴だったというのに。

「困ったな・・・・・・どこかに雨宿りができるといいんだが」

 小走りをしながら、私はあてもなく雨の中を彷徨っていた。

 だが、ここは生憎山の中、そんな都合の良い場所などある筈もない。山を越えるまで走るのも一つの案だが、雨の中であまり汗をかきたくはない。だが、雨の中で一夜を過ごすのも無茶があるだろう。

「はぁ、どうしたものか」

 その時、草むらで何かがガサガサと音をたてた。

 普段ならば、気づかない程度の音だったが、私は何気なくその草むらを見た。

 そこには縄に足を取られ、動けなくなっていたタヌキ。雨で体力はなくなってきたのだろうその動きもどこか弱々しい。

「・・・・・・よし」

 しばらく迷ったが、私はその縄を解いてやることにした。

 どうせこの雨だ。猟師とて、外に出ようとは思うまい。

「フー! シャー!!」

 威嚇し、前足で引っ掻いてくるタヌキに私は軽く笑みながら、話しかけた。

「大丈夫だ、何も危害は加えないと約束する・・・・・・縄を解くから、少しだけじっとしていてくれると助かる」

 上着を脱ぎ、軽く絞ってから少しでも雨に濡れないようにかばってやる。縄はけして固く縛れるようにはなっていないのだが、動いたらしまるという役目を果たしてしまう。

「フゥー!! キシャァ――!!」

 爪で腕を切られるが気にしても仕方があるまい。どうせ、雨に濡れて良い日だとは思ってないのだから、今日はどんなことがあっても許せてしまうような心の余裕もある。

「大丈夫・・・・・もうすぐ、解けるからな」

 よし、解けた。縄をそこらに転がしながら、私はタヌキへと手を広げて促した。

「お行き・・・・もう、罠になんかにかかるんじゃないぞ?」

 タヌキはキョトンとした顔をして、私を見上げていたが仕草でわかってくれたのだろう。数歩離れて、こちらを振り向いた。

 本来ならばそれはこちらを警戒するものなのだろうが、その時の私にはタヌキの問いが聞こえた気がした。

『何故、助けてくれたの? いいの?』

「・・・・・何でだろうな? なんとなく、は答えにならないだろうか? ふむ」

 私は空を見た。

 薄暗い灰色に包まれて、雨が止むこともなく振っている。こんな空の下に居るのはきっと、私たちぐらいなものだろう。

「雨の神が、私をここに導いたからだろうな」

 私は脳裏に浮かんだ言葉を笑いながら、言っていた。

「だから、気にせず行くといい・・・・・」

 タヌキはもう一度、私を見て走り去っていった。その後ろ姿を見送って、私はゆっくりと立ちあがった。

「さて、帰るとしようかな・・・・・もう、どれほど濡れても同じだろう。それに」

 私はまた空を見上げた。

「雨も悪くはないのだな」

 雲が覆って見えない青空だが、心は晴れやかなものだった。


                      ×


「ゴホッ、ゴホッ」

 タヌキを救った日の雨によってか、私は風邪となりここ数日、床に就いていた。自業自得もいいところであり、苦笑しか漏れない。

「ごめんください」

 そんな声が戸の方から聞こえ、私は体に鞭打ちながら起き上がる。

「近くに店を開いた者です。今日はそのご挨拶にと思いまして、伺ったのですか・・・お風邪ですか?」

 戸口に立ったのは翠の着物をまとった、茶の色がうっすらとかかった黒髪の女性だった。その手には蕎麦と、別の風呂敷に何かが包まれていた。

「ゴホッ、ゴホッ、これは申し訳な・・・い」

 崩れ落ちてゆく体を柱につかまり、何とか支えるが膝もそのまま柱に沿うように崩れていく。

 情けない、女性の前だというのに。

「大変! すごい熱・・・・」

 そんな女性の言葉を遠くに聞きながら、私の意識は遠のいていった。


「ここ・・・は?」

 さっきまで寝ていた布団に丁寧に寝かされ、その隣には優しげに微笑む先程の女性がいた。

「・・・・申し訳ない! 客人にこんなことをさせてしまって」

 慌てて起き上がろうとする私の肩を、女性の手が触れた。

「いいんですよ、寝ていてください・・・・・出過ぎたことかもしれませんが、おかゆも作らせていただきましたので食べてください。蕎麦と和菓子もありますので」

 女性の手が私の額を撫で、私はその心地よさに目を閉じかける。

「あぁ、そうだ。私の名は山藤 志狼(やまふじ しろう)と申します」

「私は(りん)と申します。すぐそこで甘味処を開きました・・・・・これからもどうかお願いします」

 その名乗り合って、私は少しの違和感を覚えながらゆっくりと目を閉じた。


                     ×


 霖殿が作ってくれた粥と蕎麦、そして和菓子のおかげでなんとか風邪は完治した。

「何か礼をしなければなぁ・・・・・・・女性が喜ぶものとはなんだろうか?」

 礼よりもまず挨拶に行くべきか、ならばついでにおやつに和菓子を買っていくのも悪くはないだろう。礼などの細かいことはそのあとにでも考えればいい、私はそう考えて支度を整えて外に出た。

「あぁ、雨か・・・・・まぁ、いいか」

 冷たく湿った空気が肺を満たす。私は傘を被り、駆け足ですぐ前にできた彼女の甘味処へと渡った。入ると彼女は笑って、私を待っていた。

「はい、手拭いをどうぞ。志狼様」

「かたじけない・・・・・・この度は本当にありがとうございます。看病していただくだけでなく、食事まで作ってくださるとは本当に申し訳なかった」

 霖殿は笑いながら、手を前で振りながら温かいお茶を出してくれた。

「大したことではございませんので、どうかお気になさらずに・・・・・・そうですね、お礼と言ってはなんですが、どうかこの店をこれからもご贔屓にしてくだされば」

 悪戯をする少女のように笑うその笑みに私は吸い込まれるように魅入り、私もまた自然と笑みがこぼれた。

「無欲な方だ・・・・・・それではまず、団子をもらえますかな。霖殿」

「えぇ、少々お待ちください」

 そうして、二人で穏やかな時間が流れて行った。

 雨と言うだけに他の誰も来ない間、私と霖殿の二人きり、何を話すわけでもなく和菓子を食べる私とそれを見る彼女。普通ならば気まずい筈の空気が心地よく、私は初めて伴侶として共に居たいと心の片隅で願っていた。


                      ×


 時が移ろうのは早い。

 とても、そうとても。たった二年で、私は霖殿のことをこれほど思ってしまうほどに。

「フフ、また雨か・・・・・・・悪くない」

 私は晴れの神よりも雨の神に愛されているようだ、彼女に想いを伝えようと決断した日も雨。実行に移すと決意した日も雨、ここまで来ると前向きに受け取ってしまいたくなる。

「・・・・・あのタヌキも元気に過ごしていればいいが」

 思えば雨に好かれ始めたのはあれがきっかけだったような気がする。

 ただの気まぐれにしか過ぎなかったことだが、あの小さな命を救ったことが私に何かしらの運をもたらしたというならば・・・・・

「感謝しなければな・・・・・ただ、少し多く貰いすぎている気がしてならないよ」

「何がなのですか? 志狼様」

 声に振り返るとそこには、想いを伝えようと思っていた女性が傘をさして立っていた。あぁ、美しいな。

「あなたと出会う少し前に出会った者がくれただろう物に・・・・私には過ぎた幸福に感謝をしていたのです」

「過ぎた幸福・・・・・ですか? それは?」

 問うてくる彼女の目は純粋な興味、私はそれを見てさらに笑んでいた。

 私は不器用な人間だ、多くの憎しみの中で偽りを持って生きられるほどできた人間ではない。まして、力があるわけでも、財を持っているわけでもない。

「・・・・雨の神に導かれて、私はあなたと出会う前に一つの命を助けました。私はそのあと風邪で寝込みましたが、それがあったからあなたに出会えた」

 先祖から貰った命、父より学んだ誠実なる心、母から貰った尽きぬことを知らぬ愛情を、他者へと向けるのは当然。しかし、私は今、この女性に捧げたいと願っている。

「あなたが、私に過ぎたる幸福です。どうか、私の妻となってはくれませんか?」

 雨の中に出ていき、あの日のように雨をその身に受けた。

「嬉しいです、志狼様・・・・・・・ですが、私に、そんな資格はありません」

 彼女は傘を手放し、雨に濡れだした。その目から流れる何かを私に見せまいとでもするように。

「私は嘘つきです・・・・・・とても、とても、ついてはいけない嘘をついてしまっている。許されてはいけない・・・・自分自身を許せないほどのそんな、嘘です」

 出会ってから、初めて見る彼女の涙。

「私は許します・・・・・・どんな嘘であっても、私はあなたと出会えたこの二年間幸せだったから。たとえこれが、泡沫(うたかた)の夢であってもかまわない」

 彼女をそっと抱きしめる。ただの夢でもいい。彼女と出会い、想いあうことがなくとも共に居られたこの日々を私は幸福だと叫ぶだろう。

「・・・・・・私があなたを偽っていても、ですか?」

「かまわない」

「私が・・・・・・・人でなくとも、ですか?」

「あぁ、あなたが美しいあやかしであろうと、鬼であろうと・・・・・私はあなたを愛しましょう」

 偽りなどない。どこにも。

 ただ、この言葉には真実しかありはしない。

「・・・・・・・私も、あなたの伴侶となりたく思います。志狼様」

 私はその言葉に、彼女を抱く手に力を込めた。

「私はあなたを幸せにします」

「いいえ、それは違いますよ? 志狼様」

 雨の中で彼女は私の口元へと指を押し付けて、笑ってくれた。

「二人で、幸せになりましょう」

 その言葉に私は呆気にとられ、彼女の唇をよけずに押し付けられた。

 私たちは幸せだった。


 この瞬間、時が止まってしまえばいいと思うほどに傍らにいる存在が愛おしかった。




―――――――――――そして、幸福と言うものは出来上がった瞬間から壊されていく。雨に交じって降りかかってくる矢によって


「霖殿!」

「志狼様!」

 彼女は私を突き飛ばそうとしたが私はさらに彼女を強く抱きしめて、体を反転させる。当たる弓矢から彼女を庇いながら、私はひたすら駆け出していた。だが、歯痒いことに守りきれない。

「志狼様・・・・・離れてください、これは私を・・・」

 走りながら胸の中で何かを言っている彼女の手を、体を私は決して離さない。

「離さない・・・・絶対に離しはしない。僧のように無欲だと思っていた私に・・・・・ようやく・・・欲しいものが・・・できたのだ」

 走っていることだけしか、わからない。

「私は・・・・欲しい。あなたとの生活が・・・・ともに歩む人生が・・・・あなたとの子が・・・・・」

 欲しい。愛しい彼女との時間が、彼女との子が、幸福を飽きてしまうほどの時間が、他者など気にすることもなく過ごせるどこか山の奥でこの愛しい者を守るだけの力が。

「私は今、人生の中で・・・・一番・・・・・欲深い」

 走っていく中で思うのは・・・・・今は亡き父母のこと。

 父は誠実な人間だった。全てに対して、仕事にも、伴侶にも、私にも。

 だから、早逝した。いや、された。

 父よ・・・・・私はやはり、あなたの息子だ。伴侶に嘘をつけない。

「聞いてくれ・・・・・・霖殿よ。私の体に流れる血は・・・・鬼なのだ」

 母は人ではなかった。だが、母は命の危険を顧みずに私を産み落とした。

 そして、五年足らずの私との生活に、深き母の愛を残していった。

「人とあやかし・・・・・・あってはならぬ愛の末、生まれた私を・・・・・・あなたは嫌うか?」

「!?・・・・いいえ、いいえ! そんなことはあり得ません!!」

 矢の雨の中であっても幸せだと感じてしまうのは、この手にあるのが愛しい人だからだろう。

「ありがとう・・・・・・そう言って貰えると、私は人であることを拘らなくて済む」

 父よ、どうか見ていてほしい。あなたの息子である私の姿を。

 母よ、どうか許してほしい。あなたが禁じたことを破ることを。

「私も離さないが・・・・どうか強くつかまっていてほしい」

 額から異物が生えてくる感覚、体中から力が解放されていくような高揚感。

 不老も、不死もない人間とは変わらぬ体に、宿る母(鬼)の力。

 母を嫌ったことも、力を疎んだことなどない。

 母はただ、父を愛しただけ。私を愛してくれただけだ。

「志狼様・・・・もちろんでございます」

 突き刺さる矢のせいだろう、弱々しくなってしまった彼女の手が私の肩と腰を掴んだ。

 私も彼女の肩と足を掴んで、抱え上げる。

 

 たとえ私たちの体がもう助からないとわかっていても、最期は夫婦二人で迎えたい。

 そう願うのは私たちを出会わせてくれた雨の神、どうか私たちを導いてくれ。


                    ×


「ここならば・・・・平気、だろうか?」

 場所は山の奥の大きな樹の下。息は切れ、動くたびに血が滴る体が、間もなく尽きるだろう命の時を教えてくれていた。霖殿をそっと地面におろしながら、私は膝をついた。倒れかける私を彼女が支えてくれた。

「志狼様! なんて無茶なことを・・・・・」

「あなたもだ・・・・・あなたによる何かで守られてたことはわかっています・・・・あなたの怪我がその証拠でしょう?

 互いにもう、長くないとわかっていても・・・・・・傍にいて、くれますか?」

「当たり前・・・・ですよ、志狼様」

 十に届かぬほどの矢が彼女の体のあちこちに刺さっている。

 私が守りきれなかったばっかりに・・・・不甲斐ないなぁ。

「あなたは・・・! 初めて会った時から、優しすぎる」

「優しくなど、ないさ」

 体を横倒しにされ、彼女が私の頭を膝に置く。

 あぁ、心地よいな。

「私のこと・・・・・聞かないのですか?」

 不安げに私の顔を覗き込む彼女に、私はゆっくりと首を振った。

「言いたくのないならば、無理に聞くことでもないさ・・・・・私はどんなあなたでも、あなたを愛しているから」

 私の姿は鬼のまま、本来はこの姿が私の姿だ。

 母に禁じられたとき、力によって封をされていただけであり、私が持っている力でいつでもその封をとけたのだ。

「私は・・・・・・あなたに助けられたタヌキですよ」

 その言葉に、私の心の片隅で納得していた。あの日に抱いた違和感はこれだったのか、私の勘もなかなかだと褒めてしまいたくなる。

「・・・・・・そう、だったのか。私に過ぎた幸福を与えてくれたのは・・・・あなた自身だったのか、それは・・・・嬉しいなぁ」

 私はそっと彼女の頭に触れ、撫でる。

 偶然の出会いだと、タヌキの感謝からの運が廻ったのだと、思っていた。

「あなたが・・・・くれたのだな」

「違いますよ・・・・・・・私が優しさを・・・・あなたから貰ったのです」

 互いが互いに貰ったと言いあう。不思議なものだな、巡り合いとは。

「フフ、あぁ、幸せだなぁ」

「そうですね」

 私はゆっくりと訪れてくる睡魔へと、身を委ねる。

「眠く・・・なってきたな」

「そうですか・・・・・・では、ともに眠りましょう。あなた」

 重たい瞼に映る霖は美しい。私の顔に彼女の顔が近づき、口づけを交わし合う。

「・・・・私と、出会ってくれて・・・・・ありがとう。霖」

「こちらこそ、ありがとう・・・・・志狼」

 私たちはそのまま重なり合うようにして、永遠の眠りについた。


いかがだったでしょうか?

まったく景色や人の描写がなく、主人公である彼から見た世界、思っただけの視点で書いてみました。

これはハッピーエンドであり、バッドエンド。どちらでもあるし、どちらでもないのかもしれません。彼らは間違いなく死の瞬間幸せであり、その瞬間が死という不幸であること。

矛盾かもしれません。

ですが、だからこそ物語は、文章は楽しいのではないでしょうか?


感想、誤字脱字報告、お考えになった四題お待ちしています。

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