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10 「ハサミ」 「黒のポニーテール」 「区切り」 「他愛のない会話」

今回は友情ものです。

書いているときは苦戦しましたが、その苦戦がとても楽しかった記憶のある珍しい四題でした。

書く主人公が割とさらっとスペックが高いな、と自覚したのもこの作品でした。


そして、この場を借りて私信を。

Yさん、誕生日おめでとう。


読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

それでは本編をどうぞ。


 私の名前は朝霧 霞(あさぎり かすみ)。どこにでもいる女子大生で、実家から比較的近いところに通っている。

 身体的な特徴は160後半の身長と、高校のとある時から伸ばし始めた長いポニーテール。胸は・・・・・ノーコメントでお願いします。遺伝! そう、これは日本古来から続く偉大な遺伝子によるものなんだ!!――――えっ? 日本人の着物は体の出るとこ出てないと実は映えない? うるさいやい・・・・・。

 あぁ、一つだけ自慢できることがあった。私は将来有望視される陸上選手だってことかな。 テレビとかにたまに出るし、オリンピックにも今んとこ一度だけ出場しました! 次も出るつもりだし、陸上だけは死ぬまで続けていくと思う。大袈裟だけど、これは私の生き様みたいなもんだからねー。


 これは多分、私の話。うーん、少し違うか?私の話なんだけど、私だけじゃない私の親友たちの話でもあるし、これは別に暗い話なんかじゃない。

 いや、見方によっては暗いのかもしれない。でも、少なくとも私は自分に悲観なんてしてないし、親友たちにもそう。

 だから、これは日常の話。私が話す、私の話。


                      ×


 私はその日、六時前に目が覚めた。

 今日は木曜、一週間の中で最も中途半端な日。今日の日付を、身支度を整えながら見つめ、まだ起きていない両親や兄弟たちに気を付けて台所で夕飯の残りで適当に食事を済ませる。肉じゃがとご飯、漬物をゆっくり味わい、起きてきた母についでにお茶を入れてもらう。

「おはよう、霞・・・・・・早いわね」

「おはよ。今日、私帰って来るの遅いから夕飯は外で食べてくる」

「別にいいけど・・・・・」

 母は一度いぶかしげな眼をしたが、カレンダーを確認して何かを納得したように目を伏せた。

「わかったわ・・・・・・はい、夕飯代。食事だけはちゃんと取んなさいよ?」

 財布から万札を出して、私の前に置かれる。こんなにいらんのに・・・・・。

「お釣りもあげるから、好きに使いなさい」

「はーい」

 私は母の好意に甘えることにし、万札をポケットに突っ込む。食事を終えて、お茶を飲んで、支度をしてから自分の部屋の窓に立って軽く勢いをつけて飛び上がる。右隣の家の鍵が開いたままの窓に飛びつき、窓を開けて侵入を成功させる。

・・・・・・・念のために言っておくけど、これは不法侵入ではありません。ここ北郷家の娘である北郷 静留(ほんごう しずる)は私の幼馴染であり、唯一無二の親友だから家族公認で許されてるから、問題はないのです!

「お邪魔しまーす。静留、いないだろうけど、入るよー」

 部屋は主に青とオレンジによって統一され、ベッドも綺麗に整えられていた。

 机には少しの愛らしい小物たちと、シンプルだけど綺麗なアクセサリーが置かれていた。そして、その中でも箱に入れられたまま置かれた銀の指輪、静留の好きなカーネリアンの石が付いたそれを私たちの前だけで嬉しそうにつけていた。

 壁にかけられたコルクボードには多く写真には埃がかぶらないように透明なシートがかかっていて、貼られているのは幼いころから私たちの三人―――もう一人の幼馴染である香坂 奏馬(こうさか そうま)―――で撮った写真ばかり。

 最近はあまり互いに時間が取れずに撮っていないから最後の写真は高校二年の夏、三人で海に行った時の物だった。満面の笑みの私が二人を前に押し出すようにして結ばれた二人の手、突然の私の行動に戸惑って顔を赤く染め上げた二人を、頼んだ人にグルになってもらってタイミングよく撮ってもらった。

 まだショートカットの私と腰まで伸ばした静留の髪、剣道をやって面が蒸れるからと言って短く刈り上げた奏馬。もちろん、ちゃんと並んで撮りなおした物もあるけどこれがお気に入りなのか真ん中のどこからでも見える場所に貼られていた。

「・・・・・静留らしいよ、本当に」

 苦笑が零れ、写真をスッと撫でる。

 三人で取られた写真の多くは晴天で、私たちがどこかに行くときは決まって晴れていた。三人して『晴れの神さまに愛されてるんだ』ってよく言ったなぁ。

「さてっと、もう行こうかなぁ・・・・・・ま、どうせ今日は学校も、バイトもないんだけどね」

 窓を飛び越えて、自分の家の中庭に降りる。もちろん、靴はバッグの中に用意済みです。毎回のことだから慣れてるし、陸上で一通り種目やったしねー。

「さて、次は奏馬の部屋に侵入するんだが、これはちょっとコツがいるんだよなぁ」

 ポニーテールを指先でパタパタといじりながら、私は近くに隠しておいた錆びた金属バッドを塀にかける。私はその場で軽く体をほぐす運動をして、飛び跳ねて準備良し。

「足かけ準備良し。目測良し。窓ロック確認OK」

 指さし確認しつつ、少しだけ後ろに下がって勢いをつけて走り出す。

 タッタッタッ タンッ タッ タン! ガッガッ ガシッ

 最後のところで飛び上がりながら、金属バッド(足場)に右足を乗せて全体重をかけて飛び上がる。壁を数度蹴りながら、窓の冊子を掴んで懸垂の要領で体を持ち上げ、窓を開けて一回転。

 よしっ、侵入成功!

 昔、これ奏馬に見られた時は呆れ顔で『陸上選手やめて、スパイにでもなっちまえ・・・・お前』なんて言われたっけなぁ。静留は『忍者みたいでかっこよかったよ』って笑ってたっけ。

「うーん、相変わらず男のくせに綺麗な部屋だこと」

 眺めるとそこには綺麗に片づけられた部屋、本棚とベッド、机、趣味の一角ぐらいしかないこざっぱりとした部屋。

 うん、いじくり回したくなるよね。ここまで綺麗だとさ。

 なんとなーく、静留の部屋と同様に机の上に目がいき見てみると、そこには青いフォトアルバムが置かれていた。何も書かれずポツンと置かれたそれに手を伸ばして、中を見る。

 静留の部屋のコルクボードに飾られた物と同じ、私たちの思い出がいっぱい詰まっていた。

 しかも、マメなことに空いている欄に日付と一言、二言コメントまで書いてあるし。幼い字が、どんどん大人になっていく過程がはっきりと伝わってくる。

 他に友人や部活の写真もあるだろうに、私たちの写真しかそこには入ってなかった。そして、机の角に陰に隠れるように置かれた写真立てに飾られていたのは

「ハハ、バーカ」

 机の上に置く写真ぐらい静留と二人きりの写真を飾ればいいのに、そこに置いてあったのは―――――静留の部屋にも飾られていたあの夏の写真。

 この似た者カップルめ! 不覚にも泣きそうになったじゃないか!

 私はそう思いながら、また窓から飛び降りた。

「さて、母校巡りでもしましょうかねぇ♪」

 私は足取り軽く、自分の思い出巡りを決行することを今決めた。

 まずは近くの公園から、スタート。

「のどかだねぇ、ここは」

 昔よりも多少遊具が減ったそこには、昔と変わらずに親に連れられた子どもたちが遊んでいた。あの頃、大きく感じた遊具はとても小さくなっていて時の流れ・・・・・というか、老いを感じるわ。

「あー! あさぎりせんしゅだー!」

「うーん?」

 子どもの一人が私の足元に寄ってきて、無邪気に笑いかけた。私もその女の子の笑顔に笑いながら、目線を合わせた。

「そだよー、よく知ってんねぇ」

 頭を撫でながら、私はその子の後ろをテトテトとついてきた男の子と女の子を見ていた。

「一人でいかないでよー、みゆちゃん」

「そうだよぉ、みゆ」

 あ、なんか懐かしいなぁ。この光景。私たちもこんなだったっけ。

 何だって先走る私の後を、静留が慌ててついて来て、奏馬が呆れてついて来てたんだよね。

「友達を置いていっちゃだめだよ?」

 無論、昔の自分のことは棚上げです。

 私の視線に男の子の後ろに隠れる女の子、似てるなぁ。本当に。

「はーい。ごめんね、せいちゃん、たくま」

 素直に謝る少女を私はそっと撫でてあげる。

 人見知りしてるのだろう女の子にも笑いかけながら、男の子は私を見定めているようだった。

「このひと、りくじょうのあさぎりせんしゅなんだよ」

 自分のことのように胸を張る女の子の言葉に、男の子と女の子は驚いたように私を見上げた。

「ホントに?」

「本当だよ」

「じゃぁ、あのくびわ、かけてるの?」

「あぁ、アレかぁ。あるよ、ほらっ」

 三つ巴の欠片とその中央にある手裏剣のような形のパネル、テレビに出たときやたらと取り上げられたこれは、私のトレードマーク扱いだ。困ったもんだよねー。

 同じ物を頼む人がいないように、私たちのは特注品だからいいんだけどさ。安い量産品としてはあちこちで出回るようになってしまったのは、正直気分悪いけど。

 見せてあげると子どもたちはキラキラと目を輝かせていた。

「いいなぁ。ほしいなぁ」

 私を一番に見つけた子がそんなことを言ったので、私はその子たちに手招きして小さな輪を作った。

「実はこれね、私のだけしかないとか。好きな人が二つ持っているとか言われたりしてるんだけど・・・・・あとの二つは私の小っちゃい頃からの二人の友達が持っているんだよ」

 みんなみたいなね、と笑って、私は言葉を続けた。

「三人で初めてバイトしたときに、こっそりお金出し合って三人だけのオリジナルの物をつけようって言ってね。世界に一つしかない三人だけのを作ったんだ。

 誰にも内緒だよ? 本当は私たち三人しか知らないことなんだから」

 私は悪戯っぽく笑いながら、子どもたちは嬉しそうに、楽しそうに、驚いたようにしていた。

「だからね、君たちは大人になった時もずぅっと仲良しでいられたら、その時に自分たちの物を作ればいいんだよ。

 私たちのマークじゃなくて、自分たちだけの三人だけのマークをね」

 順番に頭を撫でてあげて、遊んでおいでと言うようにそっと背を押してあげた。男の子の後ろに隠れていた女の子が最後にこっちに振り向いて、私に近づいてきた。

「おねえさんはその友達のこと、好き?」

 どっちの意味だろう・・・・。うーん、子どもだから深く考えない方がいいかな。

「うん、大好きだよ。それにとっても大切・・・・・どこに居ても、それこそ走ってる時でも、二人のことを考えちゃうくらい好き」

 少女ははにかみながら、私を見上げた。

「おんなじ。わたしもふたりのこと、だーいすき♪

 わたしたちもおねえさんたちみたいになれるかな?」

 そんな少し不安げな顔をして、聞いてくる女の子に私は優しく頭を撫でてあげた。

「きっと、なれるよ。

 三人が離れたくないとか、仲良く居たいって思うなら必ずね」

「うん!」

「せーいちゃん! はやくあそぼうよぉ!」

「せい! はやくぅ!!」

「ばいばい、おねえちゃん」

「うん、ばいばい」

 そんな子どもたちに手を振りながら、私は公園を離れた。

 世の人たちが馬鹿だとか、間違っているとかは言うつもりはないけど、これは勝利のマークでも、博学な人たちが長ったらしく語るような御大層な考察なんてない。

 三つで合わさっているマークと言う理由で選んで、揃うパネルを誰が持つかと聞かれときに二人が一斉に私を指差したからそうなっただけ。ただの友情の証、中学の時から作ることを決めていて、実行に移しただけ。

「笑っちゃうよ、本当にさ」

 歩きながら、堪えきれずにそう小さく吐き捨てた。

 今は小学校へ向かう道、いわゆる通学路だった場所。

 歩いているだけでいろいろなことを思い出す。三人でかけっこしながら帰った日もあれば、しゃべるだけで家に着いちゃったときもあった。私が休みの時は二人してお見舞いに来てくれて、どんなことがあったのかを話してくれたなぁ。誰が休んでも、同じことしたから病気はすぐにうつって三人して順番に休んでさ。

 そんなことを考えてると、あっという間についてしまった。全体的に白い、とにかく白い学校。いやー、目に悪いよね。絶対知ってる先生居ないだろうし、来といてなんだけどさっさっと離れようかなぁ・・・・。さっきのぐらい小さい子だと無害なんだけど、小学生とか中学生って半端に世間知ってて苦手なんだよね。でも、陸上教えてくれたのはここだしなぁー。

「やっぱ、やめとこ」

 回れ右して、私は中学に行くのも同じ理由で辞め、次は高校へと歩く。全部、地元だとこういう時、楽だよねー。歩いていける範囲なんだもん、少し距離はあるけど。それは我慢、我慢。まだ、卒業して二年くらいしか経ってないし、知ってる先生もいるだろうし。

 高校の敷地内に入ってすぐにあるものを無視して、校内に入ってゆく。高校は中学と違って割と自由でいいよなぁ、私のことを知っている学生がサインを求めたりするのを適当にあしらいつつ久しぶりの職員室に入る。

 うん、煙草の匂いがするよね。禁煙のはずなのに・・・・・。

「あら、霞ちゃん。久しぶりねぇ」

「ども、松川さん。久々に母校訪問に来ました」

 顔見知りの事務員に頭を下げて、椅子に座ってお茶とお菓子をもらう。すあま、うまー。

「それで、今日はどうかしたの?」

「なんとなく、ですよ」

 私は笑いながら、お茶をすする。松川さんも「そう」といって、目を伏せた。授業で会うわけでもなく、部活の顧問でもなかった松川さんは単なる顔見知りと言うだけだった。

 だが、何だろうか。雰囲気が相談しやすい人で私たちはなんとなく、仲良くなっていた。

「すっかり有名人になって、変わっちゃったかと思ってたけど、変わらないのね。霞ちゃんは」

「ハハハ、私はただ陸上をやってるだけですからね。少しだけ舞台が大袈裟になってるだけで、やってることは高校と変わりませんって。

 走って、走ったその先のゴールとか、限界とかを超えてるだけですよ。その分、勉強はからっきしですしねー」

 頭に触れて少しおどけながら、私は笑った。みたらし団子も、うまー。

「おぉ、来てたのか。朝霧」

 職員室に入ってきたのは三十後半に届くか、届かないほどの中肉中背の教師。

 陸上部の顧問としても、クラス担任としても私が三年間お世話になった先生だ。あ、饅頭もおいしいなぁ。

「ども、来嶋先生」

「生徒共が騒いでたぞ、有名人が来たってな。どうするんだ? あれの収拾」

 私は少し頭を抱えながら、考える。

「久しぶりに学食でカレー、食べたかったのになぁ。『ポークカレー 万歳盛り』」

 この高校、無駄に学食うまいんだもんなぁ。生徒は勿論、OG、OBは値段タダ同然だし。 あの安い肉を使っていながらも出す味はおもわず『おかーさぁーん』と叫びたくなるような、心に刻まれた懐かしさを呼び起こしてくれる何かがある。

 何が万歳盛りなのかって? 盛り方が王道なのにその量と皿の大きさから、いつしか生徒間でそう呼ばれるようになってて、誰かがメニュー表作って名前を変えちゃったんだよねー・・・・・やったの私だけど。

 やった後みんなやたらと『グッジョブ!』って妙に私を称えるわ、学食のおばちゃんも苦笑いしてそのあと一品おまけしてくれたっけなぁ。

「じゃ、逃げますわ。あと、お願いします」

 私は窓枠に足をかけて、飛び降りる体勢をとった。

「・・・・・いまだにそれ、やってんのか。朝霧」

「やってますよ、楽ですもん」

 呆れる来嶋先生に私は場所を確認しながら応対する。

 あー、少し危ないかな? でも、行ける気がする。

「朝霧・・・・・・ここ、何階か言ってみろ?」

「五階ですよね。なんとかと馬鹿は高いところが好き。私も高いところ好きですけど、先生方も馬鹿なんですかと、在学中何回思ったことやら」

 大袈裟に手で身振りを付けて、職員室に常備されている不審者対応用の棒を一本持つ。

「先生、これ借りますよー。下に置いておくんで、回収はそっちでお願いしまーす」

「はぁ、お前は相変わらず滅茶苦茶だな・・・・・・任せろ、お前たちにこの高校は借りがある」

「私じゃなくて、静留と奏馬だけですよ。私はただ好き勝手にしただけでしたからねぇ、今も昔も・・・・・それじゃね、松川さん。また来まーす」

「またね、霞ちゃん。応援してるわよ」

 そう言って私はそこから飛び降りた。

 他の事情を知らない職員の悲鳴と、顔見知りの複数の職員からため息が聞こえた気がするけど気にしなーい。というか、五階は少し危なかったかなぁ。タンッと、三階のベランダに着地しながら、さらに飛び降りる。

 この衝撃で地面はさすがに足に来そうなので、思いっきり地面に向けてさっき職員室で借りた棒を突き立てることで衝撃を逃して、するすると棒から降りる。校内から歓声と、おそらく私を追ってきただろう複数の生徒が追いかけてくる。私、お腹すいてんだけどなぁ。

「走りか・・・・・フフフフフフフフ、私の走りを見せつけてやろうじゃないか。諸君! 追いつけるものなら、我に追いついてみよ。フハハハハハハ」

 どこかの王のように笑いながら、私は駆け抜けた。うん、我ながら超大人げないくらいマジの走りだったよ。あぁ、食べたかったなぁ・・・・・『ポークカレー 万歳盛り』。


                     ×


 高校から逃亡後、走ることが楽しく(ハイに)なって町内一周などとしていたらすっかり夕方になってました。私はバカだ、究極型の陸上バカだ。

 私はコンビニでおにぎり六個とお茶を三本、それとから揚げを買って、ある場所でむしゃむしゃと食べていた。

「やっぱり、おにぎりはツナマヨと昆布だよね」

「私は梅とおかかが好きなだなぁ」

 私の右隣りには静留が座り、袋から二つのおにぎりを取って食べていた。

 少し高めの声、それなのにきつい印象を与えないのはそのゆっくりとしたしゃべり方にあるのだろう。

「新作系を試すのが、コンビニの楽しみだろ?」

 鰻チマキとカツ丼にぎりを奏馬が袋からだし、かぶりつく。

 男らしい渋い声、信じられないだろうけどこれで前は綺麗なテノールだったんだよね。うん、私も信じられない。録音してあるけど。

 私がここに来たら、二人は突然現れた。まったく、困ったもんだね。人のご飯をたかるんだからこの二人は。

 ま、そのつもりで買ってきたんだけどさ。

「ほい、お茶」

「ありがと、霞ちゃん」

「サンキュ、霞」

 二人にほうじ茶を渡して、私も自分のお茶を飲む。目の前にあるそれらを見ながら、私はつぶやく。

「久しぶりだね、二人とも」

「テレビで見てるから、私は久しぶりって気がしないなぁ」

 微笑みながらそんなことを言う静留は、少し誇らしそうに私を見てくれる。

「俺もだな、まったく俺たちの幼馴染はとんでもないことしてるなって、見てんだぜ?」

 私の肩を叩いてくる奏馬を殴り返しながら、私はゆっくりと立ちあがった。

「私は走ってるだけ、周りがそういうだけだよ。

 私はただの朝霧 霞、二人の幼馴染で、親友で悪友ってだけ」

「結果を残したのは、霞ちゃんだよ。

 周りにあなたが居ることを、すごいってことを証明したのは誇るべきことでしょ?」

 私の右手に静留の手が重なり、肩に寄りかかられる。

「静留だって、今医大生じゃない。

 そんな頭と器用さを使いそうな仕事、私には出来ないもん」

「だよなー。

 俺も霞も、勉強はからっきしだもんな」

 後ろから歩いてくる奏馬は肩をすくめて、笑う。

「そういう奏馬だって、警察官になるために頑張ってるじゃん。

 たまたま私の陸上は結果が早く出るってだけで、二人だってすごいよ」

 私は振り向いてそういう。幼いころからの三人の夢、私が陸上選手、静留が医者、奏馬が警察官。子どもが描いた夢を私たちは必死に追いかけて、誰かがこけそう(諦めそう)になったときは支え合った。三人がそれぞれ描いた夢は、三人で達成したようなものだ。

 静留が医者の現実にぶつかったとき、奏馬が自分に自信をなくしたとき、私が陸上の記録が伸びずに悩んだときも、残りの二人が必死に考えた。時に叱咤激励をし、へたくそな芝居を打って、残酷でも現実を見せながら私たちは三人で乗り越え続けた。

「三人で乗り越えてきたことでしょ? 全部さ」

 私は言葉と同時にネックレスを取って、手のひらに乗せた。

「そうだね。誰か一人でも欠けてたら、私たちはここに居ないもんね」

 パチリッと音をたてて、静留もそれに重ねてくる。

「まったくだな。親には感謝だよなぁ、偶然とはいえあの立地条件にさ」

 パチリッと奏馬の三つ目が収まる。

 改めて思うけど、対立しあうとかの意味がある三つ巴を友情の証にするって私たちって変だよなぁ。

 でも、私たちの友情は対立なんかで壊れたりしない。『対立するなんてことはあり得ない』、三つを別れるように描かれたこの螺旋が誰にも断てぬ絆を意味するように祈り、対立を否定した強い肯定でありたいと願ったから。互いに互いを追うように終わることのないこの()を、大切にしたいと望んだ。

「ねぇ、二人とも。幸せだね」

 静留の言葉に、私はらしくもなく涙を零す。

「あぁ、だな。オイオイ・・・・・泣くなよ、霞」

「・・・・だってさ、ここに居るだけで。来ただけで二人は全然変わってない。

 あの日々の続きが、ここにあるんだもんね」

 声を出さずに涙だけを零す私に、静留がハンカチを当ててくれて奏馬が私たちを包むように抱きしめた。

「そうだね、本当にあったらよかったのにね。こんな日々が、三人でこうして他愛もない会話を、またしたかったなぁ」

 静留の口ぶりはまるで今が本当じゃないように、これがただの夢だと知っているように。

「でも、俺は後悔なんてしてねぇぞ?

 三人で夢を目指して、支えあって、静留と恋して、そりゃぁ、夢を実現できなかったのは悔しいけどよ。お前が俺たちの分を走ってくれてんじゃねぇのかよ」

「わかってるよ、バカ奏馬」

 悪態をついて、私は奏馬を殴った。

「お別れじゃないから、さよならは言わないよ。霞ちゃん」

 消えていく静留に私は手を伸ばすが、首を振って珍しく厳しい目で見てくる静留の目に手を止めた。

「・・・・・・わかってるよ、静留。私は私のできることをするから、その結果見守っていてよね」

「うん、ゆっくり待ってるからね」

 私は止まった手を精一杯振った。

「あばよ、悪友」

 静留の肩を抱きながら、手を軽く上げる奏馬。

「じゃぁね、悪友」

 届かぬ拳を親友であり、悪友へと向けた。

 二人は私に背を向けてどこかへと歩いていく、私がまだ行ってはいけない遠い場所へと。

 それが二度目の別れだった。



 目覚めたそこは墓地、私の幼馴染である親友と悪友が並んで眠る場所。

 私はその前に改めて二つずつおにぎりとお茶を置いた。

 二人は三年前の今日、高校に侵入し、銃を乱射した馬鹿共によって殺された。


                   ×


 馬鹿共が打った凶弾が静留に当たり、静留を助けようと前に出た奏馬の心臓に弾丸を受けて倒れる。その姿を見た私は目の前を真っ赤になって、狂うことなくただ暴走した。

「お前たちは・・・・・・誰を傷つけた? 二人を? 私の親友を? 悪友を? 許さない・・・・許さない!・・・・ 許さない!! 死ね・・・死ね! 死ね!! いヤ、チガうナ。ワタシがコロシテ、あゲルよ? ワタシガコノ手デ、キサマラをコロス!!」

 陸上で鍛えられた肉体は私が予想していたよりもはるかに異常だったらしく、掠めはしても弾丸を受けることはなかった。

 ただ速く走って、一人の急所を蹴りあげ銃を落とさせる。落ちた銃を空中で受け止めながら、持ち手を胸元に叩き付けて悶絶させる。

 もう一人に狙いを定めて、私は手近にあった椅子を盾にしながら叩き付ける。

 後ろから打たれ銃の音に反応して、私は振り向きざまに顔に弾丸が掠めるが気にしない。先程の銃を回転させながら投擲し、一人の頭に当てた。

 それで倒れたことを確認しながら、私は砕ける椅子の欠片を受けながら次の椅子を持ち、壊れゆく椅子を放り投げた。

 三人とも倒れたことを確認しながら、私はさらに椅子を振り上げようとしていた。

「コロス、コロス。フタリヲキズツケタ、キサマラヲコロス」

 冷たい声、怒りを通り越して無感情にすらなっている声で私は、一切の躊躇なくそいつらを殺そうとした。

「霞!」「・・・・霞ちゃん」

「エッ・・アれ・・・・・・・奏馬・・・? 静留・・・?」

 血に濡れて動ける筈もない二人がクラスメートたちの手を借りて、私の体に寄りかかっていた。私の体も血に濡れ、温かい二人の命が私に降り注いでいく。

「駄目だよ? 霞ちゃん・・・・・・目標を見失っちゃ駄目。

 こんなことのために、霞ちゃんは陸上したんじゃ、ないでしょ?」

 血を傷口と口元に溢れさせながら、静留は私に苦しげに微笑んだ。私は涙を零して、それを支えた。

「馬鹿が! 何、トチ狂ってんだよ。

 俺たちで描いた夢を、こんなことで壊すんじゃねぇよ!」

「・・・・・けど、そうだけど!

 でも、二人が居なきゃ、三人で見たくて描いた夢なのに!!

 二人が見守ってくれたから・・・・支えてくれたから、走ってこれた夢・・・なのに!」

 私はさっきの表情はどこに消えたのか、泣きじゃくる。

 強く、強く二人を抱きしめた。離したくない、離れてほしくない。

 私の親友と悪友。代わりなんていない、誰にもなれない唯一無二の存在。

「見てるよ・・・・・どこでだって。見えるよ、走りぬく霞ちゃんの姿が」

「・・・・そうだな。きっと、かっこいいだろうなぁ。霞のことだもんな、世界だってとれるさ」

 二人の目に光がなくなっていく。

 優しくて、心強くて、穏やかで、私が知ってる誰よりも夢に挑む情熱にあふれていた二対の光りが失われてゆく。

「嫌だよぉ! 早く救急車を!! 早く! 早く!!」

 私は当たりかまわず怒鳴り散らす。遅い、遅すぎる救急車に殺意すら覚えた。

「私たちは間に合わないよ・・・・・でも、霞ちゃんはちゃんと治療して、元気になってね? その顔の傷も・・・・・綺麗に消えるといいなぁ」

 倒れる二人を支えながら、私の顔の斜めに入った傷跡に静留の手がそっと触れた。

「バカ! 私のことなんてどうでもいい!!

 二人が生きてれば、三人でいられれば、私の怪我なんてどうだっていい!!」

 その手を必死につかんで、力が抜けていくのを私は誰よりも近くで感じていた。

「元気でやれよ、な・・・・・霞」

 二人は自分のポケットから、何かを取り出した。

 それはアクセサリー、三人で一つの三つ巴の私たちだけの特注品。

「身勝手な・・・・お願いだけど・・忘れないで・・・・ね」

「泣け・・・・・そしたら、さ・・・・・前向いて・・・走れよな」

 私は遅すぎる救急車が来るまで二人の遺体を抱えて、泣き続けた。誰もそれを止めずにいてくれた。


                     ×


 私は思い出を振り払うように墓石を見た。すっかり真っ暗になってしまった墓地に居るのは私だけ、並んで作られた墓。

「ねぇ、二人とも。私、これからも走り続けるよ。ずっと、ずっと二人が『頑張りすぎだ』って言うくらい走り続ける。

 二人が今も変わらずに私の中に居てくれて、見ててくれるって信じてるからさ・・・・・でも、一つだけ三年もたったから区切りをつけようと思ってさ」

 私はポケットからハサミを取り出して、ポニーテールを無残に切った。

 三年間、二人が居なくなって寂しくなった背を補うための飾り。

「寂しい、悲しいって言って泣くのはやめる。代わりにさ、笑うことにするよ」

 ポケットから出すのは二人のアクセサリー、私は音をたててはめていく。三つそろった巴紋が月の光りに輝き、私の笑みも月に照らされる。

「私にはこんな素敵な友達がいたんだって、今だって見守ってくれる親友と悪友がいるんだってね」

 私はそこに、見える二人の幻影に胸を張った。

「時間かかりすぎたけど、足は止めなかったから許してほしいなぁ。

 二人がそんだけさ、私の中ですごい割合占めてたんだよ? 二人して、いなくなるんだもねぇ。この似た者バカップルは、本当に困ったもんだよ」

 自分の顔にある傷跡に触れた。静留の願いは届かず、私の顔に傷は残ってしまった。

「傷、残っちゃった。静留、知ってるだろうけどさ、怒らないで聞いてほしいんだ。

 コレ、消さないのはワザと」

 そう、本当は整形でいくらでも消すことができた。

 家族は、特に母は消すことは望んでいたが、私はそれに対して頷かなかった。

「二人が死んじゃったのにさ、私の怪我は全部治っちゃうのは嫌だったんよね。変な理屈だけどさ」

 全部をなかったことになんてしたくなかった。

 二人を忘れることなんて絶対になくても、私自身がいつか事件のことまで都合よく忘れてしまうのだけは嫌だった。

「・・・・うん、ぼちぼち帰るね。また、来るからさ。

 今度、持ってくるのは何にしようか? 花でもいいけど、奏馬は好きな花がないから難しいんだよね。やっぱり、無難におにぎりとお茶にしようか?」

 私は笑って、墓地に背を向けて歩き出した。

『今度はお菓子がいいなぁ。いつもので』

『そうだな、なんか面白そうな新作買ってこいよ』

 墓地を出る寸前にそんな言葉が耳を掠めて行って、私は笑って呟いた。

「了解。ポッキーと腹抱えて笑えそうな変なもの買ってくるからさ、覚悟しときなよ? 静留、奏馬」

 私はそんな約束をして、親友と悪友に背を向けて走り出した。


                      ×


 私の背にはずっと、見守ってくれる親友と悪友がいる。

 誰よりもずっと、支えてきてくれた二人に、私が全力で駆け抜ける姿を見てほしいから私は今日も走る。

「さぁ、行きますか。今日も私が誰よりも早くゴールするところを、誰よりも近くで見ててね? 二人とも」

 答えぬそれを指で弾き、私はスタートラインに立った。


いかがだったでしょうか?


どのあたりまで幼馴染たちが生きているように見えてましたか?

書いた後、それだけが気になっていて・・・・実弟には私の書いている時の癖を知っているので、割と最初のほうでわかってしまったらしいんですが。


感想、誤字脱字報告、お考えになった四題お待ちしています。

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