04.父と娘
4.
仕事ばかりで構ってやれず、会話も覚束ない娘との仲をとり持つきっかけにしようと、
街のオモチャ屋でプレゼントを買い、さあ家に帰ろうと走り出した雪の降るクリスマスイブに、トラックに引かれて死んだ。
幽霊になったのはそれから意識を取り戻して3日後のことだった。
いやー、死んだわー、パーペキに死んだわー。と頭をボリボリ掻き毟ったのはその直後のことで、
家族のことが気に掛かったのはそれから1分後のことだった。
『…………はぁぁぁぁぁ』
後悔なら、それこそ地面に降り積もっている雪くらい出てくる。
そして現在、鉛のようなため息を吐いて、俺は天井で逆さになりながらあぐらをかいている。
ああ、妻にはこれから迷惑かけるなあ、とか、
幽霊って足あったんだなぁ、とか今更なことを思いつつ、
カーテンを閉め切った為に、昼間なのに薄暗い娘の部屋でぷかぷか浮いていた。
勉強机に伏せって泣きじゃくっている娘の姿は痛ましい。
後悔なら、それこそ地面に降り積もっている雪くらいに出てくる。
――でも、一番の後悔は。
「どうして、私……私っ……ごめんね、パパ、パパぁ……!」
あの日の朝、仕事へ出る俺の背中へ向けて
『大っ嫌い! パパなんか死んじゃえばいいんだ!』と声を掛けてしまったことを、
こんなにも悔やんでる子どもに対して、何もしてやれないことだ。
死んだのは、まあ、よくないが、いい。
トラックの運ちゃんも悪いっちゃ悪いが、俺が間抜けだった。
妻にも苦労を掛けるが、アイツなら何とかするだろう。愛のパワーってヤツのおかげでそう確信できる。
でも、
「ひぅ……っ、ぐす……パパ、……ごめん、ごめんなさい……ごめんなさい……」
中学に上がり立てのこの子に、
こんなにも大きくて重い物を背負わせてしまったことが、不憫でならない。
なんとか姿を見せようと奮闘して、出来る限りの努力はした。
だがどれもことごとく失敗して、今に到る。
幽霊の直感ってヤツで解る。
もうタイムリミットはケッに火が付きそうな位に迫っている。
『成仏しなきゃいけない時間』ってののギリギリだ。
『これが未練ってのかよ――胸が痛いね、まったく』
独り言と共に嘆息が漏れる。
結局、親になってからというもの、俺は可笑しな一人芝居をずーっと演じていたような気がする。
死んでからもそれに興じたってんだからまったくお笑い種だ。
ああ、この世界に神がいるならまったく道化だと笑っているのだろう。あの世に行ったら一発殴らねばならない。
『よっ……と』
掛け声一つで重力に従い、俺は床へ降り立つ。
小さく丸まった娘の背中と、机の上に置かれたグシャグシャになったプレゼントの箱がとても痛々しい。
最後くらい、この子にちゃんと向き合って、言葉を掛けてやらなければならない。
それが俺の親としての勤めで――最後の、願いだ。
『あのな――それ、メチャクチャ悩んで買ったんだぞ。
年頃の女の子の喜びそうなものなんてよく解らんかったしな――
ああ、そういえばママにも『貴方のセンス最悪ね』っていってプレゼントするたびによく叱られたもんだ。
って、話がそれたな。スマンスマン。
そのキーホルダー、喜んでくれたら、嬉しい。
今はまだ無理でも、いつかそのグチャグチャになっちまった箱を開けて欲しい。
で、笑って欲しい。最悪だって罵りながらでもいいから、笑って欲しい。
今みたいに泣くんじゃなくて、お前には笑顔で居て欲しいんだ。だから恵美って名前にしたんだぞ?
あのな――恵美。パパな、もう行かなくちゃいけないみたいなんだ。
だから、最後に、独りよがりでも、一言だけ、言わせてくれな。』
テクテクと扉の方へ歩き出しながら、俺はドアノブを握り締める。
瞳を瞑り、スゥ、と息を吸う。そして、言った。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
背後から声がした。
ハッとして振り返ると、そこには目じりいっぱいに涙をためながら、
無理矢理作った笑顔で、泣きはらしたぐしゃぐしゃの顔で、手を振る恵美の姿があった――
【細かすぎて伝わらないけど好きなシーン04/ この一連の流れ】
前日こっそりその計画打ち明けられて、料理の前で子供とテレビ見ながら「パパまだかしらねー?」って、なにも知らずに微笑む妻の姿もあったはずです。