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プロローグ

完成済みの長編小説です

定期的にアップしていきます

       第0章 プロローグ


 校内に激震が走ったのは、二学期が始まる九月一日だった。

 本来なら各教室でホームルームがあり、夏休みの思い出話が飛び交っていただろう。しかし、校門をくぐった生徒は校舎に入れず、そのまま体育館へと誘導された。教師は一様に顔をこわばらせ、質問には口をつぐんだ。九時から予定されていた始業式は中止となり、三十分繰り上げての全校集会という形に急きょ変更された。パンデミックを思わせる物々しい雰囲気からして、尋常でない事態が起こっているのは明らかだった。

 封鎖された校舎では、大勢の警察関係者が慌ただしく行き交う。八時まではパトカーのサイレンが鳴り響いていたため、早めに登校した生徒は異変に気づいていた。体育館では誤った情報が飛び交い、教師は収束を図るため整列を呼び掛ける。集会が始まる頃には、テレビ局と新聞社のヘリコプターが到着し、あっという間に数機が旋回し始めた。

 開始時間になると一斉にドアが閉められ、ヘリの爆音は少しだけ和らいだが、声が通りにくい状態は続く。神妙な面持ちの教頭が登壇し、マイクのスイッチを入れると、乾いた反響音が閉鎖空間を揺るがした。まるで身体に電圧がかかったような仕草でマイクを落とす教頭。すぐに体勢を立て直し、重大な発表があると前置きした後、尊い命が失われた事実だけを報告した。至る所から驚きの声が上がり、顔を見合わせる生徒たち。スピーカーから冥福を祈る言葉が切なく響くと、館内は深い悲しみに包まれた。

  生徒の遺体が見つかったのは、北校舎と南校舎に挟まれた中庭。状況からして北校舎の教室から落ちたとみられる。第一発見者は教師より早く出勤した事務職員。現場を確認した教師らの話を総合すると、生徒は全身を強く打ったらしく、すでに死後硬直が始めっていたという。灰色のコンクリートは赤く染まり、シャツからスカートまで血がべっとりと付着していた。校舎を見上げると、真上の一カ所だけ窓が開いていたそうだ。

 普通に考えれば自殺の可能性が高いようだが、不可解な点がいくつもあった。亡くなった生徒は特に悩んでいた様子はなく、夏休み中にも頻繁に図書館で勉強する姿が目撃されていた。学校での成績や対人関係には問題がなく、自ら命を絶つ動機が見つからない。また、落ちたとみられる教室は、生徒との接点において説明がつかなかった。もし事故だとしたら、なぜ夜の校舎に忍び込んだのかが最大の焦点となってくる。ひそひそ話を続ける生徒のみならず、壁際に並ぶ教師の間でも憶測が広がった。

 前日に出勤していた教師によると、午後六時前に学校を出る際は、まったく不自然な点に気づかなかったという。遺体が発見されたのは翌朝の午前七時二十分。つまり亡くなった生徒に異変が起きたのは、昨日の深夜から未明にかけてということになる。

 小高い丘に建つ聖城高校は、文武両道を掲げる進学校。三年生は早々に部活を引退し、夏休みは予備校に通うなど、現役合格に向けて猛勉強の日々を送った。二学期になると、入試はすぐそこまで迫っている感覚に陥る。だから、三年生にとって九月一日は単なる始業式の日にあらず、クラスの仲間と受験に向かって気持ちを高め合う区切りの日でもあった。そんな特別な日に起きた予期せぬ事案に、心をかき乱されたのは当然だった。

 体育館では教頭に代わり、校長がマイクを握った。警察の対応に追われて一歩出遅れた感は否めないが、落ち着いた振る舞いが周囲に伝染し、場の雰囲気が変わりつつあった。そして何より、できる範囲で現状を説明する姿勢は、生徒たちに安心感を与えた。

 館内が落ち着きを取り戻すなか、手足の震えが止まらない生徒が数人いた。スピーカーから聞こえる校長の言葉は耳を通り抜け、同級生が亡くなった事実だけが身体に重くのしかかる。ぼう然と立ち尽くす男子の近くで、腰から砕け落ちるのを必死で堪える女子。

 周囲と一線を画す彼らは、昨晩、無断で校舎に忍び込んだ訳アリの生徒だった。

 いずれも受験を控えた三年生で、肝試しを兼ねたゲームをするために侵入。夏期講習の打ち上げみたいな軽いノリで参加したまではよかったが、一夜明けたら窮地に追い込まれていた。個人差はあるにせよ、誰もが一度は最悪のシナリオを描いたはずだ。本格的に警察が介入しているのであれば、遅かれ早かれ無断侵入はバレる。そして次に考えられるのは事情聴取で、捜査が長引けば受験勉強に悪影響を及ぼすのは必至となる。

 彼らが無茶を承知で学校の規則を破ったのには理由があった。入学した年に新型コロナウイルスの影響が拡大し、楽しみにしていた学園生活の出鼻をくじかれた。長期間の自宅待機を余儀なくされ、分散登校が始まったのは五月の半ば。全員そろっての授業開始は、さらに一カ月を要した。その間、新しい友達は作れず、休部状態だったクラブへの入部を断念した生徒もいた。多感な時期に受けた心の傷は計り知れないものだった。

 そして彼らを最も失望させたのが夏休みの縮小。期間が大幅に削られただけではなく、直前にコロナ感染の第二波が訪れ、再び外出自粛ムードが漂った。高校に入って初めての夏休みは思い出を作る機会もなく、淡々と時間だけが過ぎていった。二年生になると少しは状況が好転したものの、描いていた高校生活とはかなりの隔たりがあった。だからと言って、規則違反は許されるものではない。だが、抑制された高校生活を送っていたのも事実。イベントを企画している時、胸の高まりは相当なものだった。罪の意識はほとんどなく、これぐらいなら許してもらえるだろうという甘い考えが頭の中を支配していた。実際、ゲームの最中は、別世界にいるような感覚を味わった。仲間とスリルを体験する高揚感は、受験勉強でたまっていた鬱憤を晴らしてくれた。

 現実世界に戻れば、最悪の事態が待っていた。軽率な行動を悔いた。顔を上げて正面を見ると、校長に代わって生徒指導の主任教師がマイクを握っていた。今後の予定や注意事項など、どうでもよかった。現状で最も知りたいのは捜査の行方。もしも事件となれば、夜の学校に忍び込んだ者に、おのずと疑いの目が向けられる。だから一刻も早く、全員による話し合いが必要だった。同じ境遇の仲間と意見を共有し、少しでも楽になりたかった。

  予定されていた午前の授業や、午後からの部活はすべて中止になった。生徒たちは体育館を出ると、そのまま校門へと導かれた。学校からの指示はもちろん自宅待機。だが、コロナ禍を経験した生徒たちには、お願いベースの要請など通用しない。下校途中、カラオケや食事に行く相談が漏れ聞こえ、体育館で見せた深刻な表情はどこにもなかった。

 一方、訳アリの生徒たちは悲壮感を漂わせながら帰宅を急いだ。お茶にでも誘われたら面倒だし、あの話になったらまずい。自然と防衛本能が働き、顔見知りとの接触は避けた。けれど自宅に戻ってみたら、孤独感にさいなまれた。焦燥感を抑え込むため、無理やり机に向かっても、勉強が手につくはずもなかった。ため息をつくたび、頭に浮かぶのは仲間の顔。今すぐにでも話し合う場を設けたい。でも、いざ自分が招集を掛けるとなると、及び腰になってしまう。身体の奥底に疑心暗鬼が存在し、自然にブレーキを踏んでしまうのだ。

 そんなときゲームに参加したメンバーの一人に不審なメールが届いた。見覚えのないアドレスだった。怪しげなファイルが添付されていたのでスルーしようと思った。普段ならそのままゴミ箱行きだが、胸騒ぎがしたので開けてみた。

 何のことはない、ただの画像ファイル。所々に濃淡はあるものの、のっぺりとした写真が表示された。夜景である以外に確かなのは、人が写り込んでいないことだった。

 漠然と目の前に広がるモノクロームの世界。じっと見ていると、闇の中へ引き込まれそうになる。ただの悪戯かもしれないが、ウイルス感染を覚悟して開けたからには、納得いくまで調べるしかなかった。まずは手っ取り早い方法で画面を明るくしてみると、写真は中央付近で真っ二つに割れた。下半分は黒で塗りつぶされ、グレーと化した上半分には薄っすらと幾何学模様が浮かんでいた。ひょっとして建物だろうか。それにしてもブレがひど過ぎる。そこで画像処理ソフトの登場となった。安価ながら、パソコンの付属ソフトとは格段にスペックが違う。明るさに続いてコントラストを調整していくと、気になっていた四角い模様は窓枠と判明した。構図に違和感を認めたので、百八十度回転させた。

 やはり天地が逆だったか。これならしっくりくる。

 黒い部分は夜空の闇で、下の灰色はいつも見ている校舎だった。

 待てよと思った瞬間、息が止まりそうになった。不測の事態に備えていたものの、心臓に突き刺さるような衝撃は、許容範囲をはるかに超えていた。

 この絵柄を撮るには、空中に浮いた状態でなければならない。

 精神状態が不安定な人間は、悪い方向へと想像を膨らませるものだ。

 真っ先に浮かんだのは、人が中庭に落ちていく光景。

 恐ろしいほど何の根拠もない。ただ、午前中に学校で噂を聞いた。亡くなった生徒の所持品の中で、スマートフォンだけが見つかっていないと。日頃から写真に精通している者にしか思いつかない、現実離れした発想だった。

 放心状態から復帰した後、いくら熟考しても出てくる答えは一つしかなかった。

 自殺か事故か、それとも他殺か。いずれにせよ、重要な証拠になるのは明らかだった。

 バレなければ問題ない。安易な気持ちで計画した夏の思い出作りは、これからの人生をも狂わせる火遊びとなってしまった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 


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