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人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋  作者: 黒彩セイナ


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11/14

血筋と才能

 頭首が呼んでいる。鶴岡にそう言われ、青紫は一縷の元を訪れていた。

 正座をし、一縷と向かい合う青紫。

 一縷の膝の上には、ミミが体を丸め、気持ちよさそうに寝ている。

「この一帯の森で、祓い屋を名乗るものが、妖怪を見境なく祓っていると噂を耳にした。おそらく、未熟な祓い屋が、一門に入りたいとその存在を示しているのだろう」

 多くの祓い屋は黒羽、漆原のように名門一族出身者か、九条のように旧家の出身者で、代々、力を継承し祓い屋している者が多い。だが、稀に妖力を持った素人が、独学で祓い屋になることもある。それがまた厄介なもので、奴らの中には術の使い方が甘く、中途半端に妖怪を封じ込めたりする。その尻拭いを一門がしているというわけだ。

「妖怪といえど、見境なく払うのは、私たち黒羽一門の美学に反する。何より、私たちの私有地で事は起こっているのだ」

 一縷のいう通りだ。黒羽一門は膨大な土地を所有しているが、その一帯の森で事は起きている。好き勝手させてしまえば、一門の顔が立たない。

(しかし、これは私が為すべきことではない)

「みなにお前が頭首としてみなを認めさせる、良い機会だと思わないかい?」

「お祖父様、昨日も言いましたが、私は頭首になる気はありません。それに、頭首に相応しいのは美月です、私ではない」

 華奢だった体は鍛え抜かれ、傷もあった。美月は頭首になるために、血の滲むような努力をしてきたはずだ。

「私にはお受けできかねます」

 そう言い、青紫は腰を上げ部屋を出て行こうとする。

「まあそう言うな。紫苑にも、もう随分と会ってないだろうに」

 その名に、青紫は足を止める。

「せっかくだ、会いに行ってやりなさい」

 部屋を出ると、青紫は大きくため息をついた。

(お祖父様もずるい方だ。あんなこと言われたら、断れないじゃないか)

 頭を抱える青紫。ふと、気配を感じ見ると、そこには美月が立っている。

「美月……」

「お祖父様から、話聞いた?」

「ええ……」

「サポート役に僕も行くようにって。出発は正午、僕の部下たちも連れていくから、遅れないでね」

 そう言うと、美月は青紫に背を向けて歩き出す。

「美月……!」

 思わず呼び止めた青紫に、美月は足を止める。

「私は……」

(なんて、言えばいいんだ……)

 振り向いた美月は、思い詰めた表情をする青紫を見ると、いつものように明るい笑みを浮かべた。

「そんな顔しないでよ。頭首になれなかったのは残念だけど、兄さんがいてくれれば、僕も心強いし、一門は安泰だよ」

(違う……そんなことを言わせたいんじゃない。そんな顔を、させたいわけじゃない)

「……じゃあ、また後で」

 そう言うと、美月は行ってしまう。

 客間の襖を開けると、正座をした優子が青紫を出迎えた。青紫はテーブルを挟み、優子の正面に腰を下ろす。

「お祖父様のお話は何でした?」

 聞きながら、優子は急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。

「ここら一帯で、妖怪を見境なく祓っている、未熟な祓い屋の対処をしてほしいとのことでした」

「では、すぐにお仕事へ?」

「……本当は行きたくないのですが」

 この依頼を受けてしまえば、頭首になることを認めているようにみえてしまう。あらぬ誤解はされたくない。だが、断ろうにも、もう断れない。

「お祖父様は、私が頭首になることを望まれています。ですが、家を出た身で、今更、頭首になるなど都合が良すぎる。美月も……辛い思いをしていますし」

 美月のあんな表情は初めて見た。

「青紫さんの気持ちは、どうなのですか」

 急須をテーブルの上に置いた優子は、青紫にそう問う。

「……えっ?」

「美月や他のことは抜きにして、青紫さんがどうされたいのかが、一番大切なことなのではないでしょうか」

(私の、気持ち……? 考えたこともなかった)

 今までの人生、己が半妖であるがばかりに、何かを諦めることが当たり前だった。何かを望むことは、許されないと思っていた。

 青紫は目の前に座り、自分を見据える優子を見る。

(だが、私は彼女と共に生きることを望み、選んだ)

 貪欲になるなどもってのほか、だが、あともう少しだけ、何かを望んでもいいのなら……。

 テーブルの上に置かれた青紫の片手を手に取る優子。

「私は、あなたを信じています。あなたがどんな選択をしても、私は、あなたの側にいます。決して、一人になどしない」

(ああ……この感じ)

 この不思議な感覚に、根拠なんてものはない。優子といると、何でもできそうな気がする。

「……私は、お祖父様の力になりたい。一門を支えたい……」

 そう言った青紫に、優子は優しい笑みを浮かべる。

「では、お仕事に行く準備をしましょうか」

 青紫は優子の手に、もう片方の手を乗せると、力強く頷いた。


 昼ご飯を済ませると、青紫は優子と一縷に見送られ屋敷を出て、近隣の森へとやって来た。先頭を歩く青紫、傍らには庵がいる。少し間を空け、後ろに美月と一門の三人が後に続く。視線を感じ、横目で後ろを見ると、一門の三人はじっと青紫を見ていた。その視線は監視されていると言う感じだ。

(まぁ……様子を伺っているだけだろうが)

 三人は美月の直属の部下らしいが、青紫のことを良く思っていないのだろう。当然と言えば当然だか。

 しばらく歩くと、洞窟が見える。洞窟の入り口は縦に二メートルほどの高さがあり、中は真っ暗で何も見えない。

 青紫は洞窟の前で足を止める。

「まずは、この森の主に話を聞くとします。ですが、この洞窟に住む妖怪は人嫌いなので、私に任せていただきたい」

 青紫の問いに、一門の三人は美月を見る。頭である美月の答えを待っているようだ。

「いいよ、分かった。僕たちは何もしない」

 美月は快くそう言う。

「ありがとうございます」

 洞窟の入り口に立つと、青紫は片手を押し付けるようにして、洞窟の前に構える。そして目を閉じ、意識を集中させる。洞窟の入り口には、この洞窟に住む妖怪が張った結界がある。その妖怪の結界を好意的に掻い潜る事ができるのは、青紫のみだ。

 透明な膜がしなるような動きを見せると、ピンと糸を張るように伸びる。そして、透明だった膜は紫色に光はじめ、青紫が放つ青い光と共鳴し合うかのように混ざり合うと、結界が消える。

「入っていいそうです」

 振り向いた青紫はそう言うと、洞窟の中を進んだ。青紫は神経を尖らせ、肌でその妖怪の存在を感じる。二百メートルくらいだろうか、真っ暗な暗闇の中を進み続けると、青紫は足を止めた。

「ふふっ……久しい奴がきたね。と言っても、そうでもないのか?」

 青紫の頬にそっと頬が擦り寄せられる。

「会いたかったよ、我が息子」

 閃光のようにろうそくに火が灯り、オレンジ色の光が洞窟を包む。青紫は自分を抱き囲む巨大な白い龍を、笑みを浮かべ見上げた。

「私もです。紫苑」

「元気そうで何よりだ。すっかり男になったな」

「あなたの元を離れて、もう十年経ちますから」

「十年など、大した時間ではないだろうに」

 紫苑の返答に、おかしそうに笑う青紫。

「あなた方妖怪からしたら、そうなのでしょうね」

「クククッ……人間の時は、我ら妖怪に比べれば瞬き程度……半妖であるお前は、時の流れをどんな風に感じているんだ?」

 青紫はわざとらしく肩を落としてみせる。

「思いの外、人間と同じ感覚です。肉体も見ての通り、大差ありません。強いて言うなら……異能を使えるかどうかです」

 おかしそうにそう言いながら、青紫は片手から冷気を出す。

「人間の妻を娶ったと聞いたが、それは本当か?」

「ええ、美人さんですよ」

 青紫の言葉に、紫苑は鼻で笑う。

「今日は一緒じゃないんだな?。会えなくて残念だ」

「今度、来るときは、一緒に来ますよ」

「そうしてくれ」

「積もる話もありますが、今日、私がここに来た理由……あなたならお分かりでしょう」

 青紫の言葉に、紫苑は目を伏せる。

「そろそろ黒羽の者が来ると思っていたが、まさか、こんな大所帯とはな」

 そう言い、紫苑はおかしそうに、青紫の後ろにいる美月たちを見る。

「それに、小狐も一緒だ」

 紫苑は目を細め、興味深そうに庵を見ると、青紫に視線を戻す。

「最近多発している、妖怪を見境なく祓う祓い屋の件だろう?」

「ええ、何か知っていることがあれば、教えてほしいのです」

「そうだな……あれは、数日前のことだ」

 紫苑は暇つぶしに、小物たちを脅かしてやろうと思い、この洞窟を出て、森の中を浮遊していた。だが、いくら飛び回っても小物たちの姿は見えなかった。仕方がなく地に降り立つと、見かけない男がいたという。紫苑は木の影から男の様子を伺った。男は、怯える小物たちを壺の中に封じ込めると、ゴミのように地面に捨て、その場から立ち去って行った。あんな中途半端なやり方は、黒羽の者ではない。気になって、当たりを飛び回っていると、他の場所でも壺が捨てられて、中には妖怪が封じ込められていた。壺の中からは、妖怪の声が聞こえた。怖くて泣いている者もいれば、怒り狂っている者もいた。

 紫苑は自分の背に目を向ける。そこには、四つの壺が置かれている。庵は壺を手にすると、青紫へ振り向く。

「どの壺も、大した妖怪は封じ込められていないようです」

「小物を相手にして、自分が大きくなった気でいるのでしょう。未熟な祓い屋がしそうなことですね」

「その程度の封印なら、私が解いてやってもよかったが、面倒ごとは避けたい。そのうち黒羽の者が来るだろうと思っていたしな。お前がどうにかしてやってくれ」

 そう言うと、紫苑ニヤリとした悪い笑みを浮かべる。

「無論、祓ってしまっても構わないぞ。異能の使い方は、教えただろ?」

 紫苑の言葉に、青紫は控えめな笑みを浮かべる。その姿に、紫苑は意外そうな顔をする。

「壺は全て回収してください」

 庵は頷くと、置かれていた四つの壺を持っていた袋の中に入れる。

「ありがとうございます。あとは、封じ込められた妖怪に話を聞くとします」

 立ち去ろうとする青紫を紫苑は引き止める。

「気をつけろ青紫。あの男からは嫌なものを感じた。とても邪悪なものだ」

 足を止め振り向いた青紫は、紫苑の頬に片手を伸ばす。そっと自分の頬に触れた青紫の優しい手に、紫苑は驚いたように目を見開く。

 青紫は穏やかに微笑むと、紫苑から手を離す。遠ざかっていく青紫を考え深そうに見つめる紫苑。ふとその視界に、青紫の後に続く美月の姿が入る。

「小僧。お前からも、邪悪なものを感じるな」

 紫苑の言葉に、美月は足を止める。

「お前、闇を抱えているだろ?」

 面白がるような笑みを浮かべ、興味深そうに問う紫苑に、振り向いた美月は笑みを浮かべる。

「何のこと? 僕は闇なんて抱えてないよ」

「私の目は騙せないよ。私は人間の心の闇が大好物なんだ」

 紫苑はシルバー色の瞳を光らせながら、ペロリと唇を舐め言う。

「だから、兄さんのことも気に入ったんでしょ? 兄さんは、神への導きを示す八咫烏。でも同時に、闇を映す鏡でもある」

 紫苑は黙って美月を見つめると、何かを考え込むように俯き、ふと笑う。

「それだけじゃないさ……」

 何かを懐かしむように目を細めると、もう振り向くことなく出口へと進む青紫の背中を見つめた。

「小僧、力を求めすぎるなよ。それはいずれ、己の滅亡を意味する」

「ご忠告どうも」

 美月はそう不敵に微笑んだ。


 洞窟を出ると、青紫たちは人気のない、森の奥へとやって来た。庵は木こりの上に壺を並べると、青紫の後ろに下がる。少し距離を空け、壺の前に立つ青紫。四つの壺の中にいる妖怪は、妖力の強さが少しずつ違う。おおかた、力試しでもしていたのだろう。

 四つの壺の中に、一つだけカタカタと音を鳴らし、左右に揺れ動いている壺がある。中からは強い怒りの妖気を感じる。この感じだと、出ようと中で暴れているのだろう。最後にしてもいいが、暴れられては面倒だ。

「美月、あとの三体を頼めますか? 私はこいつをどうにかします」

 青紫はカタカタと揺れ動く壺を指差して言う。

「分かった。壺を三つ、こっちに持ってきて」

 美月は一門の三人にそう指示を出す。

「よろしいのですか美月様。あの三つはどう見ても、弱小の妖怪です」

「そうですよ、あなたほどのお方が、どうして青紫様に使われないといけないのですか」

「私たちの頭は青紫様ではない。あなた様なのです」

 流石に我慢しきれず、思わず出てしまった言葉だったのだろうが、美月は嗜めるような視線を一門の部下たちに送った。その視線に、部下たちは怯む。

「いいから、兄さんいう通りに」

 納得は言っていないようだが、一門の三人は大人しく美月の指示に従う。

 決して、美月を軽んじているわけでも、その力を信頼していないわけでもない。青紫は美月を危険から遠ざけたいと、後の三体を頼んだのだが、思わぬ反感を買ってしまったようだ。

「若、この妖怪、怒り狂って攻撃してきそうですね」

「ええ、力づくでも押さえ込んで、話を聞いた方がいいでしょう。ですが、あまり手荒な真似はしないように。庵は念の為、封印の用意をお願いします」

「分かりました」

 壺を前に、青紫は片手を構えると、呪文を唱え始める。徐々に揺れを強める壺。灰色の煙が壷の中から出ると、呪文を唱えていた青紫の手に力が入る。

「解き放たれませ解き放たれませ__」

 青い光が放たれると、壺の中から花柄の着物を着た、華やかな髪の長い妖怪が出てくる。

「ドコダァァァァ祓い屋……!!」

 思った通り、髪の長い妖怪の気性は荒く、青紫に気づくと、一気に距離を詰めてくる。至近距離になり、髪の長い妖怪は着物の帯で青紫を締め上げる。青紫の体は宙に浮いた。

「若……!」

 髪の長い妖怪は、髪の毛を九尾の尻尾のように逆立って、血走った目で青紫を睨んでいる。

「貴様はさっきの祓い屋ではないな。言え!! あいつはどこに行った!!」

 猛烈な怒りを露わにする髪の長い妖怪に、青紫は冷静に問う。

「私たちもその者を探しているのです。よければ、話を聞かせてもらえませんか」

「ハッ! 祓い屋の言うことを信じろと? お前たちは小賢しい手を使って、我らを消し去るではないか」

「危害を加えるつもりはありません。私は情報が欲しいだけですから」

 青紫の言葉の真意を見定めるように、髪の長い妖怪は目を細めると、何かに気づいたようにハッと目を見開いた。そのまま少しの間、観察するようにじっと青紫を見据えると、呟いた。

「まさかな……」

 青紫が首を捻っていると、巻きつけられていた着物の帯が外される。

「いいだろう、話をしてやる」

「ありがとうございます」

「……」

 笑みを浮かべる青紫を、髪の長い妖怪は何も言わずじっと見る。

「あなたを封じ込めた祓い屋は、ここら一体の妖怪を見境なく払っていると聞きました」

「ああ、小物から中級までやられている。私は心の赴くままに旅をしていてな、近道をしようとこの森に入ったのだが、そこであいつに遭遇した」

「どんな人物でしたか」

「……男だった。ここらでも見たことない奴だったな。高飛車そうな態度で、あれは自分の力過信しすぎているいるようなタイプだろうな」

 封印されたことがよほど癇に障っているのか、髪の長い妖怪はへそを曲げた様子でそう言う。

「祓い術の腕の方は?」

「私が言うのもだが、そこまで高い腕はないだろうな。ただ、小賢しい手を使ってくる。私を封じ込めた時も、周りにいた小物たちを人質にしていた」

 なるほど、それで、他に三つ壺があったわけか。

「参考になったか?」

「ええ、とても。あなたのおかげで、作戦が立てられそうです。そこまで素直に話してくれるとは思わなかったので、少し驚いていますが」

 髪の長い妖怪は、何かに思い耽るように目を閉じると、ゆっくりと目を開けた。

「……懐かしかったのだ」

「え?」

「昔、お前によく似た人間に会ったことがある。そいつも、お前のように掴みどころがなく、表面上には笑みを浮かべていた。……だが、お前と違って、いつも寂しそうだった」

「……それは、私と同じ、祓い屋の女性ではありませんでしたか」

「いや、そいつは妖怪だ」

(妖怪……)

「人間に興味があったのか、よく森を出ては、人間に紛れているのを見かけた。赤い瞳に、漆黒の翼……そう、あれは八咫烏だ」

 髪の長い妖怪の言葉に、青紫は大きく目を見開く。

 何という因果なのか。

「……おそらく、それは私の父だと思います」

「なんだと?」

 髪の長い妖怪は前のめりになる。

「私の母は人間、父は八咫烏。私は半妖です」

「……そうか」

 髪の長い妖怪は、妙に納得した様子を見せる。

「お前からは不思議な匂いがしていたが、半妖だからか。お前がいるということは、あいつは、好いた者と一緒になれたんだな。……よかった」

 髪の長い妖怪は、目を細め、優しげな笑みを見せる。よかった。その一言には、何とも言えない温かみを感じだ。

 そこへ、封じ込められていた他三つの壺から妖怪を出した美月が、青紫の元へ戻って来る。

「これは……思ってたよりも、強い妖怪が封印されていたね。手を貸すよ、兄さん」

 美月は片手を構え、呪文を唱え始める。

「ッアア……!!」

 髪の長い妖怪は、美月の呪文に苦痛の声を上げる。青紫は美月の前に立つと、手で止めるよう制する。

「必要ありません」

 キッパリと言い切る青紫のその姿に、美月は驚く。

「……どうしたの兄さん、いつもの兄さんなら、情報を聞き出したら、即刻祓ってる」

「この妖怪は祓わずとも、私たちを危険に晒すことはしません」

 見合う青紫と美月。どのくらい見合っていたのか分からない。美月は肩を落とすと、青紫から視線を逸らした。

「分かったよ」

 美月は構えていた片手を下ろす。髪の長い妖怪は苦しみから解放されると、体から力が抜け、その場に座り込んでしまう。青紫は髪の長い妖怪に片手を差し出す。

「大丈夫ですか」

「ああ……」

 髪の長い妖怪は、青紫の片手を掴むと立ち上がる。その様子を美月は覚めた目で見ていた。

「今日はこの辺にして、お祖父様に報告しましょう」

 そう言った青紫に、美月は笑みを浮かべる。

「そうだね」

 青紫が背を向けると、美月の顔からスッと笑みが消える。

「……そんな手ぬるい方法じゃ、祓い屋としてやっていけないよ」

 美月のその呟きは誰に聞こえることもなく、風となって消えた。


(青紫さん、もうすぐ帰ってくるかしら……)

 立ったたまま、落ち着きなくと客間をぐるぐると回る優子。

(あんな状態で、仕事に行った美月も心配だし……)

 見送りの際、美月に声をかけた優子。美月は気丈に振る舞っていたが、どことなく元気がなかった。

 青紫は頭首になりたいわけではない。あの言葉通り、一門と一縷を支えたいだけ。だが、現状、それも一門が認めることは難しいだろう。周りと違うと、普通ではないと忌まわしがられても、自分を曲げず己の道を突き進んできた青紫。胸が張り裂けそうな痛み、腹の底から沸き上がるような強い憎しみを抱えようとも、歩みを止めない。それは、とても辛く、険しい道だろう。しかし、青紫の隣には優子がいる。優子は肩に乗せらた紫色のスカーフに、そっと片手を置くと、目を閉じた。

(……これか先、たとえどんな事が起きようとも、私は、青紫さんと生きる)

 一門がどう思おうとも、どれだけの人や妖怪が青紫を忌まわしく思おうとも、自分だけは、青紫を信じ、側にいる。それは、青紫に深い愛情を抱く優子の、決して揺るがない決意だ。

 開かれた優子の凛した瞳は、強い光を放っている。

「優子さん」

 振り向くと、襖にミミを腕に抱いた一縷が立っている。

「青紫たちが戻ってきたみたいだよ」

 優子が正面玄関に到着すると、タイミングよく門が大きな音を立て、開かれる。青紫の姿が見えると、優子は安堵した表情をする。

「ただいま戻りました」

「おかえりなさい」

 青紫は優子を見ると、優しく微笑む。

「封じ込められた妖怪に、話を聞くことが出来ました」

 一縷は満足げに青紫に頷く。

「詳しいことは、中で聞くとしよう」

「はい。優子さん、後で一緒に庭園を散歩をしませんか?」

 青紫の提案に、優子の顔にはパッと華やかな笑みが浮かぶ。

「いいですね」

「さっきに行って待っていてください。お祖父様との話が終わったら、すぐに行きますから」

「分りました」

 優子は一度、寝室に戻ると、軽く身なりを整え、庭園に向かった。

 少しでの時間でも、青紫と一緒に過ごせるのはやはり嬉しい。今か今かと青紫が来るのを待っていると、後ろから足音が聞こえる。青紫だと思い、優子は笑顔で振り向くが、そこにいたのは美月だった。

「美月……」

「やあ、優子」

 空元気な美月を前に、優子の表情は不安げに曇る。そんな優子を気遣っているのかいないのか、美月は仮面のように張り付けた笑みを浮かべ、優子の前に立つ。

「いやーさっきの兄さん、すごかったんだよ。苛立ってた妖怪を沈めて、冷静に話をしたんだ。妖怪も兄さんを信用して、心を開いていた」

 そう言うと、美月からスッと笑みが消える。

「まるで、人が変わったようだった」

 俯き、そう呟く美月。その顔には、あの時のように、影が差している。そんな美月に、優子はだんだんと不信感を抱く。顔を上げたかと思うと、また仮面のように張り付けたな笑みを浮かべる美月。

「優子ってさ、妖怪、好きでしょ? パーティーの時も、煙たがることなくあいつらに親切にしてた。だからかな、冷酷無慈悲に妖怪を祓っていた兄さんが、妖怪に優しくなっちゃってたのは」

「……美月、どうしたの。なんか変よ」

「別に変なんかじゃないよ」

 美月は表面的にはにっこりとした笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。美月は優子に近づく。危機感を持った優子は、無意識に後ろに下がる。

「どうして逃げるの」

「逃げてないわ」

「逃げてるよ」

 優子は後ろを一瞥する。すぐ後ろには、鯉が泳ぐあの池がある。また一歩、一歩と近づいてくる美月に、優子はその場から動かずにいた。

「兄さんはいいよね。何があっても、自分の味方でいてくれる奥さんが側にいてくれて」

 言いながら、美月は腰を折り曲げ、優子の頬を撫でる。至近距離で迫った美月の顔を見て、優子は腑に落ちた。

(……やっと分かった。どうして、美月と一緒にいると、落ち着かなくなるか)

 その笑顔が、嘘を塗り重ねているからだ。

「美月……あなた、何をしようと」

 美月は不敵に笑うと、素早い動きで懐から札を取り出し、優子の額に貼った。優子は即座に気を失い、前に倒れ込む。美月は両腕で優子を抱き止めた。

「……馬鹿だな、優子は。僕のことなんて気にせず、早く逃げればよかったのに……」

 そう呟くと、美月は優子の両膝に腕を通し抱き上げる。そして、庭園から歩き去った。

 美月が立ち去り少し経った頃、青紫が庭園にやって来た。優子の姿がどこにもないことに、青紫は疑問を抱いた。池の前には、青紫が優子に贈った、紫色のスカーフが落ちていた。青紫はスカーフを拾い上げる。

(どういうことだ)

 優子の姿はどこにもなく、スカーフだけがここにあった。

「優子さん、どこへ……」

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