自重しない主人公
朝のギルド。
いつもより少しだけ空気がざわついているのは、冒険者たちの稼ぎ時でもある「霧の森」の収穫期が近いからだろう。
そんな中、俺たちスローライフのテーブルには、ちょっとした“金山”が積み上がっていた。
「うちが昨日狩った『フォレストバット』の魔石、思ったより高く売れたで!」
ニアが胸を張る。細い腕なのに、袋いっぱいの魔石を軽々抱えて。
「私は素材中心。こっちの《高級樹皮》が良い値で売れたわよ」
ミカリは冷静に言うが、口元はほんの少しだけ緩んでいた。
俺も机に袋を置く。
「俺も……まあ、それなりには稼いできた」
3人の成果を合わせると、そこそこの額になった。
しかし――
「……まだ足りないね」
ミカリが苦い表情をする。
パーティハウスの頭金には、あと倍は必要だ。
ニアが腕を組んで唸る。
「そらまぁ、今日もいつも通りクエスト受けてけば、時間はかかるけど……」
ミカリも頷く。
「地道に積み重ねるのが安全よ。昨日だって昇太が倒れかけたんだから」
「ぐうの音もでない……ま、まあ素材の偵察を兼ねて、“ちょっと”森を回ってくるよ」
俺はそう言った。
ミカリがむっと眉をひそめる。
「また無茶する気じゃないでしょうね?」
「ほんまや、昨日のアレ見とったら心配しかあらへんで?」
俺は軽く笑って誤魔化す。
「大丈夫。今日は偵察だけだから」
もちろん嘘だ。
――目的はひとつ。
魔石を喰う。
もっと強くなる。
それだけだ。
⸻
ギルドの裏口を抜け、まだ朝靄が残る街道へ。
太陽が完全に昇りきる前に、俺は森へ足を踏み入れた。
(……さて。ラノベならゆっくりストーリーに合わせて成長していくんだろうけど、おれは絶対そんなマネはしねえ。)
森の湿気が肌にまとわりつく。
昨日の戦闘データを整理するには、絶好のタイミングだ。
俺は手に付いた朝露を払いつつ、ひとり歩きながら考え始める。
⸻
スキルの特性を確認するのは、
いわば“実験”の前準備だ。
《頑丈》
・視認した攻撃限定でダメージ軽減
・見えない一撃はアウト
→ だからこそ“死角”の敵が天敵。
(死角を作らないために戦いに慣れないと…)
《火事場の馬鹿力》
・瀕死寸前でだけ発動
・使えば強いが、常用したら死ぬ
→ 本当に追い込まれた時の切り札。
《魔石喰い》
・説明不要の反則仕様
・この異世界で“最強のチート”になる可能性
(ヤバい能力だからこそ、誰にも言えない)
そして──
今日は、これらの運用を“実験”する日だ。
⸻
森の奥に入ると、最初に姿を現したのは──
◆アシッドスライム
ヌルッ……と、足元を這うように浮かび上がる青緑色の塊。
光を反射してゼラチンのように透けているが、その中には“ぷくり”と膨らむ魔石の影。
こいつは低級だが、とにかく魔石が食べやすい。
「まずはお前からだ」
拳を叩き込み、一撃で散らす。
弾けた液体が土に落ち、煙を上げる。
◆ゴブリンファイター
鉄片の盾と棍棒を持った、装備ゴブリン。
こいつは耐久が高い分、スキルの検証に向いている。
盾撃ちをわざと正面で受け、
《頑丈》の軽減率を確かめる。
(昨日よりも痛くないな)
連撃を誘い、こちらも正面から殴り返す。
◆フォレストウルフ
灰茶色の体毛――
ところどころに深緑の差し色が混じっているのが特徴だ。
瞳は琥珀色で、木漏れ日のようにぎらつく。
体表は密度の高い毛で覆われており、遠くから見ると森の影に溶け込む。
遠吠えと同時に、6体が飛び出してくる。
(…身体の色が違う個体が1体いるな…)
群れの中に、通常のフォレストウルフよりも一回り大きく、身体全体が白銀色の個体がいた。
(…色違いなんて見たことないな…あいつには注意をしておこう)
すれ違いざまに一閃。
返しの爪も視認できているため《頑丈》がオートで発動。
「軽っ……!」
色違いのフォレストウルフは通常の個体に比べ、少し動きが速いように感じる。
なんとか群れを倒すことに成功。
「……ん?」
草影から落ちた魔石を拾い上げた瞬間、気づいた。
◆《特殊魔石》
色が、濃い。
深い青紫──まるで光の粒が内部で流れているような質感。
(これ…色違いのフォレストウルフからドロップしたものか。)
胃袋が“食える”と直感している。
魔石喰いのスキルが反応している感覚が、喉奥で疼いた。
「……試してみるしかないだろ」
まずはスライム魔石を三個まとめて口に放り込む。
──バリッ……
鉱石とは思えないほど薄い歯応え。
噛むほどに、熱いエネルギーが喉を落ちていく。
(くる……!)
筋肉がふつふつと膨張していく。
血流の速度があきらかに速い。
肺に入る空気が冷たく、気道が広がっていくような爽快感。
「スライムの小型魔石は……効率がいい」
次はフォレストウルフの魔石を二個。
ごり、ごり……
こちらは硬いが、旨味がある。
体内に力が注ぎ込まれるような、濃い栄養価の圧。
(“小さい魔石を大量”か、“大きい魔石を少量”か……)
そして──
あの特殊魔石。
ひと噛みした瞬間、
脳の奥に電流が走るような刺激が走り、
体がぐらりと揺れた。
(これは……何だ?)
次の瞬間、世界が“静か”になる。
《スキルを獲得しました──》




