Fランク試験と新しい仲間( )
ギルドの掲示板前で、昇太・ミカリの二人は並んで立っていた。
今日は「Fランク昇級試験」の日。
対象は初心者向けとはいえ、討伐対象はEランクモンスターのグリーンボア。
体長5メートルの巨大な毒蛇で、素早い動きと《毒霧》という厄介なスキルを持つ。
受付ではすでに十数名の冒険者が集まっていたが、試験に参加するのは昇太たちを含めて 6名(2パーティ) のみ。
受付嬢が説明する。
「本日のFランク試験では、3名×2パーティで試験を行います。
討伐目標は“グリーンボア”。パーティで最低一匹は討伐しなければ、全員不合格になります。また、試験中は試験官が各参加者の動きを審査しています。
討伐したからと言って必ず合格になるわけではありません。
制限時間は日没まで!」
隣のパーティ3人は、こちらを一瞥して鼻で笑った。
「…あれが噂のテイマーと勇者パーティ追放の荷物持ちか」
「正直、あいつらとの試験で助かるわ〜。うちらの強さが目立つじゃん?」
「いい歳してるのに今からFランク試験かよ…」
金髪の剣士、赤髪の杖を持った勝ち気な少女、一際大きな体躯をした丸刈り頭の武闘家。
全員、性格の悪さが顔に滲んでいるタイプだった。
(…こういう奴ら、どこにでもいるんだな異世界転生のお約束なのか…)
昇太が肩を落としかけたその時――
「よっしゃぁーーっ!! 試験やぁーーーーっ!!」
突然、耳が爆発するような大声が横から飛んできた。
「うわっ!? びっくりした!」
振り向くと――水色のボブヘアの猫耳少女が、腕をぶんぶん振っていた。
年は12歳前後、小柄で細い手足。
猫のような尻尾がぴしぴし動いている。
「うち、ニア!!
あんたらと同じチームやて! よろしくなっ!」
満面の笑み。
その声量は、気配を消すという猫獣人の特性を真っ向否定している。
受付嬢も苦笑する。
「……えっと、はい。残りのお二人はこちらと同じグループになります」
ニアは嬉しそうに昇太へ近付いてきた。
「おにーさん! 武器はこれや! 見てや!」
ぱっと両手を広げると、そこには 猫の爪のようなクロー がキラリと光った。
「お、おお……ガチの猫手だ……!」
どこか可愛いのに、刃は鋭く、殺傷力は十分。
「うち、脚速いし、気配消すん得意やで!」
豪快に笑うニア。
ミカリは苦笑しつつ、昇太にささやいた。
「ショータ……うちのパーティ、すごい子が増えたね」
「まぁ……にぎやかになるね……」
テイマーなのにMPゼロの昇太。
剣と初級の妨害魔法を使う、元荷物持ちのミカリ。
そして目の前にいる関西弁すぎる少女ニア。
一時的とはいえ、個性的すぎるパーティは他の冒険者達から注目の的だった。
「このパーティで本当に試験に受かるんだろうか…」
一抹の不安を抱えながら昇太は試験会場の森へと向かった。
⸻
森へと案内され、試験が始まった。
各パーティは離れた地点から魔物の討伐を目指す。
昇太たちの作戦はシンプル。
① 昇太とミカリが罠を仕掛ける
② ニアが気配を消し、ボアを誘き寄せる
③ 毒霧をミカリの妨害魔法で散らし、動きを崩す
④ 昇太がとどめを刺す
……の予定だったのだが。
「ニア、声は抑えてな。絶対やで?」
「まっかしとき!!」
(すっごいフラグたてるな…コイツ…)
⸻
「よし、罠の準備完了。ミカリ、妨害魔法は準備できてる?」
「うん。いつでもいけるよ」
「ニア、ボアを――」
「了解や! 気配完璧や! ほら、全然気づかれへ……ふぁ…ぶぁぁっ
くしょおおおおおん!!」
「ば、ばか!! 森中に響いてるから!!」
「なに盛大にフラグ回収してんだよおおおお!」
罠の前で盛大なくしゃみ。
次の瞬間――木々がざわめき、地面が震える。
グリーンボアが、一直線にこっちへ突進してきた。
「ニアーーーッ!! 作戦パァーーッ!!」
「ご、ごめんてぇぇぇ!!」
巨大な蛇が口を開き、緑色の霧を巻き散らす。
「毒霧っ! ミカリ!!」
「うんっ、ディスタブ!」
ミカリの妨害魔法が風のように広がり、毒霧の流れを逸らす。
(すげぇ……前より魔法が自然だ)
完全に昇太たち3人を敵とみなしているボアは、一直線にこちらへ突進してくる。
その時、昇太は叫んだ。
「ニア! おとりになって走ってくれ!!それとミカリん!妨害魔法を頼む!!」
「任せぇっ!! うち、走るのだけは得意や!!」
「…ちょっ、ミカリんって何よ!」
地面を蹴って、ニアが一気に加速する。
猫獣人らしい俊敏さ。
ボアが食らいつこうとした瞬間
「ディスタブ!」
ミカリの魔法が地面の摩擦を奪い、ボアが勢いのまま滑り込む。
昇太は叫んだ。
「今だ!!」
昇太はヴァーダンド・エッジを頭上から滑り込んだボアの頭部へと一閃――
ズドンッ!!
巨大な体が地面に沈んだ。
グリーンボア、討伐成功。
ニアが膝に手をつき、ぜぇぜぇ言った。
「し、死ぬか思た……でもめっちゃ楽しいな!!」
昇太とミカリは顔を見合わせて笑った。
「…いい戦闘仲間だ…」
その後も3人はニアを囮にした例の作戦でグリーンボア討伐を続けた。
⸻
集合場所に帰還すると、先に戻ってきた嫌味パーティが舌打ちした。
「へぇ……まさか本当に戻ってくるとはね」
「運が良かっただけでしょ」
「どうせビビって引き返したんじゃ?」
完全にマウントを取る気満々。
試験官が淡々と嫌味パーティの戦果を確認していた。
「グリーンボアの討伐部位…1体分…確かに確認。」
「まあ当然のことよね」
嫌味パーティが満面の笑みでこちらを見る。
「続いてもうひと組は…6体分、討伐部位確認。」
試験官が淡々と告げると、嫌味パーティは驚き試験官に不正が無かったかを何度も確認していた。
「うちら、普通に倒したで?」
ニアが胸を張る。
「うちめっちゃ叫びながら頑張ったんやからな!!」
「「「「………強み全部潰してるな…」」」」
試験官と嫌味パーティはジト目でニアを見ていた。
———
無事試験に合格した3人は魔石を換金する為に街へと向かっていた。
ニアが突然ミカリと昇太の前に出て振り返った。
「昇太…うちもあんたらのパーティに入れてもらえへんやろか……?
あんたらとおったらめっちゃ楽しいんや!!」
今までにない、ニアの真剣な表情に少し驚いた表情をした後、ミカリが笑顔で言う。
「ショータ。……私は賛成だよ?」
昇太は頷いた。
「ああ。ニア、これからよろしくな」
「やったぁーーーっ!!
うち、今日から “スローライフ” の一員やぁ!!」
(四六時中この大声と一緒か…)
笑顔のまま固まったミカリのこめかみがピクピクと動いていた。
⸻
ギルドに戻り、グリーンボアの魔石を換金した。
それなりの値段になり、三人で仲良く山分けする。
「やったね、ショータ!」
「これは晩ごはん豪華にできるやつや!!」
「いや、そこはちょっと節約も……」
三人で笑い合う時間が、
昇太にはたまらなく心地よかった。
(なんだこれ……すごく良い……
前の世界じゃ絶対なかった感覚だ)
新しい仲間を加えて
スローライフの冒険は、三人で新たな一歩を踏み出した。




