たまにはいいじゃない
王都の外れにある古い倉庫街は、人通りが少ない。
壊れかけの建物、使われなくなった水路、崩れかけの足場。事故が起きても不思議ではない場所だ。だからこそ、誰も近づかない。
だが、その日は違った。
調査の目が、そこにも向いていた。
「ここも確認しておこう」
「何も出ないと思いますが……」
衛兵と調査官が、倉庫の周囲を歩き回る。結界魔具をかざし、床を叩き、水路を覗き込む。
その少し離れた屋根の上。
ふくふく鳥は、丸くなっていた。
赤い羽毛を逆立てることもなく、ただ静かに、下を見下ろしている。目は細い線のまま、「- -」。
その視線の先。
古い足場の上で、ひとりの青年が作業をしていた。足を踏み外せば、下は硬い石床だ。
風が吹く。
足場が、きしんだ。
ほんの少し、ズレる。
ふくふく鳥の体が、わずかに緊張する。
水は近くにある。距離も、条件も、整っている。ほんの少し力を使えば、青年は無傷で済むだろう。
「……」
鳴き声は、出なかった。
ふくふく鳥は、動かない。
助けない。
それは、初めての選択だった。
次の瞬間。
「うわっ!?」
青年はバランスを崩し、足場から落ちる。だが、すぐ下に積まれていた古い藁袋にぶつかり、勢いを殺した。
「……いってぇ」
大事には至らない。軽い打撲だけで済んだ。
「おい、大丈夫か!」
「無事だ!」
周囲が駆け寄る。
誰も、奇跡を期待しなかった。誰も、違和感を覚えなかった。起きるべき事故が、起きただけだ。
屋根の上。
ふくふく鳥は、静かに息を吐く。
「……くふぅ」
どこか、疲れた鳴き声。
助けなかった。
それは、冷酷だからではない。
ふくふく鳥は知っている。すべてを救えば、すべてが歪む。助けるべき時と、そうでない時があることを。
それを説明する言葉は、持たない。ただ、感覚だけがある。
遠くで、昇太が立ち止まった。
「……今の」
何かを感じたのか、屋根を見上げる。
ふくふく鳥と、視線が合う。
一瞬だけ。
昇太は、何も言わなかった。ただ、ゆっくりと目を逸らす。
「……そういう日もあるか」
それが、彼なりの理解だった。
夜。
宿の部屋で、ふくふく鳥はいつもより静かだった。丸い体を縮め、目を閉じている。
「……ぴ」
かすかな声。
後悔ではない。迷いでもない。
選んだ、という感触だけが残っていた。
世界は、完璧じゃなくていい。
守られすぎないから、歩き方を覚える。
ふくふく鳥は、今日も何も語らない。
――何もしないこともまた、守るという選択だった。




