ふく
王都の警備詰所は、書類の山に埋もれている。
事件と呼ぶほどではない。だが、無視するには少しだけ、引っかかる。そんな報告が、ここ数日、確実に増えていた。
「……またか」
中年の衛兵が、羊皮紙を机に置く。
内容は似たり寄ったりだ。
水路で転びそうになった子供が、なぜか無傷だった。
倒れた荷が、直前で崩れ方を変えた。
風のない日に、洗濯物が揺れた。
「証言は?」
「全員、同じです。“たまたま”」
衛兵はこめかみを押さえた。
魔法の痕跡はない。結界も反応していない。記録魔具にも何も残らない。だが、事故が事故にならずに終わる頻度が、明らかにおかしい。
「守られてる……って言うには、都合が良すぎるな」
隣の年配の警備長が、低く呟く。
「だが、誰がやった?」
「……分かりません」
それが問題だった。
同じ頃、王都の一角。
昇太は、いつものように路地を歩いていた。肩には、丸くて赤いふくふく鳥。
「最近さ」
昇太は前を見たまま言う。
「この街、事故少なくないか?」
ふくふく鳥は答えない。目は「- -」のまま、首だけがゆっくりと左右に揺れる。
「……ぴ」
短い返事。
「気のせいか?」
「まふ」
否定とも肯定ともつかない鳴き声。
昇太は苦笑して、それ以上は考えなかった。
その直後。
広場の噴水で、足を滑らせた商人が転びかける。だが、派手に水しぶきを上げることはなかった。水が一瞬、クッションのように盛り上がり、衝撃を逃がしたからだ。
「……?」
商人は自分の手を見つめ、首をひねる。
「今の……?」
周囲の人間は、誰も反応しない。見ていたはずなのに、何も違和感を覚えていない。
ただひとり。
噴水の縁に座っていた子供だけが、視線を逸らした。
言わない。
分かっていても、言わない。
屋根の上で、ふくふく鳥は小さく鳴く。
「……わふ」
満足そうだった。
その夜、警備詰所。
「魔法じゃない」
「奇跡でもない」
「事故が“起きなかった”だけだ」
警備長は、机に指を置く。
「だがな……“起きなさすぎる”」
沈黙が落ちる。
誰も反論できない。だが、証拠もない。疑う相手もいない。追う影もない。
結局、その日の報告書には、こう書かれた。
――特記事項なし。
それが、一番おかしかった。
王都の夜。
昇太の肩で、ふくふく鳥は眠っている。
「くふぅ……」
その体は、ただ丸くて、温かくて、無害そうで。
誰も、それが神話級の存在だとは思わない。
--世界は今日も平和だった。




