ふくふくありがとう
ふくたん(ふくふく鳥)のスピンオフを描きたい………
王都の朝は、いつも騒がしい。市場の呼び声、荷馬車の軋む音、人の流れが途切れることはなく、その喧騒の隙間に小さな出来事は簡単に埋もれてしまう。
その日も、誰も気づかない場所で、ふくふく鳥は休んでいた。
石畳の路地、壁に寄りかかるように置かれた木箱の上。赤くて丸い体を縮め、目は「- -」のまま、まるで世界に興味がないような顔で座っている。
「……くふぅ」
低く鳴き、動かない。
そこへ、ひとりの子供が足を止めた。
数日前、水路に落ちた少年だった。服はもう乾いているが、あの日の感触だけは、まだ胸の奥に残っている。少年は周囲を見回し、誰もいないことを確かめてから、そっとふくふく鳥に近づいた。
「……あのさ」
声は、ひどく小さい。
ふくふく鳥は反応しない。目も開けない。ただ、羽毛が少しだけ揺れた。
少年は、その前に座り込む。
「みんな、偶然だって言ってた」
水が助けてくれた、運が良かった、そういう話になっている。大人たちはもう興味を失い、別の噂へと移っていた。
「でも、ぼくは……」
言葉が詰まる。
あのとき、水の中で感じた感覚。誰かに抱えられるような、引き上げられるような、不思議な温かさ。岸に戻った瞬間、視界に映った赤い影。
忘れようとしても、忘れられなかった。
ふくふく鳥は、ゆっくりと目を開ける。細い線のような黒い目が、少年を捉える。
「……ぴ」
それだけ。
少年の喉が鳴った。なぜか、その一声で確信してしまう。
「……言わないよ」
約束でも、誓いでもない。ただの事実として、少年はそう言った。
「だって、言ったら……」
何が起こるか、うまく説明できない。でも、きっと良くない。人が集まって、触って、捕まえようとして、鳥はどこかへ行ってしまう。
それは、嫌だった。
ふくふく鳥は首をかしげる。理解しているのか、していないのか分からない仕草だった。
「……まふ」
気の抜けた鳴き声。
少年は少し笑った。
「ありがとう、って言ったら……だめ?」
ふくふく鳥は答えない。ただ、ゆっくりと片方の小さな手――なぜか生えている手を持ち上げ、少年の額に、軽く触れた。
温かかった。
それだけで、十分だった。
足音が近づく。
「おーい、何してるんだ」
大人の声に、少年ははっと立ち上がる。振り返った瞬間、もうふくふく鳥はいない。木箱の上には、赤い羽毛が一本、残っているだけだった。
「……なんでもない!」
少年はそう答え、羽毛をそっとポケットにしまった。
その日の夕方。
肩にふくふく鳥を乗せた昇太が、通りを歩いていると
「あーーっ!!」
一人の少年が声を上げた。
「……ん?」
振り返ると、路地の向こうで、一人の子供が立っている。
「…きみはオークの村の…?」
その少年は昇太達の初クエストで訪れた村で助けた少年だった。
「お兄さん…あの時はありがとう……僕…実はGランクの冒険者になったんだ!」
「うおおお…マジか!………頑張ってるんだな」
「………うん」
少年は答えながらふくふく鳥を優しい目で見ていた。
ふくふく鳥は、肩の上で丸くなり、どうでもよさそうに鳴く。
「くふぅ……」
誰かに話す必要はない。
英雄の話にする必要もない。
世界は少しだけ、優しくなっていく。




