鳥だヒコーキだスーパーマンだ【挿絵あり】
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王都の昼は、騒がしい。
音が多い。
声が多い。
そして、においが多い。
ふくふく鳥は、石造りの建物の影で、じっとしていた。
羽毛を少しだけ膨らませ、地面に腹をつける。
「くふぅ……」
眠いわけではない。
ただ、動かなくてもいい時間だった。
通りの向こうで、人の声が弾んでいる。
「今日も出たらしいぞ」
「赤くて、丸いやつだろ?」
「捕まえたら金になるって話だ」
金、という言葉の意味は分からない。
だが、声の調子からして、あまりいいものではなさそうだった。
「まふ」
ふくふく鳥は、くちばしを鳴らした。
その瞬間。
「いたあああ!」
叫び声。
反射的に、脚が動いた。
影から飛び出し、通りを横切る。
羽ばたかない。
走る。
石畳が足裏を叩く。
速さが、体を包む。
「待てー!」
「網、網!」
まただ。
どうして追いかけるのか、分からない。
どうして捕まえたいのか、分からない。
分からないから、逃げる。
角を曲がり、露店の下をくぐる。
干し肉が揺れ、魚の匂いが鼻を刺す。
「わふ!」
一瞬、干し魚に気を取られた。
危ない。
頭上から、何かが落ちてくる。
罠だ。
ふくふく鳥は、跳んだ。
跳んで、転がって、狭い隙間に入り込む。
罠は、ふくふく鳥がいた場所を、空しく塞いだ。
「逃げられた!」
「くそ、速すぎる!」
声が遠ざかる。
ふくふく鳥は、壁に体を預けた。
息は上がっていない。
速さは、苦にならない。
「ぴ」
短く鳴く。
安全。
……だが。
足元に、白いものがあった。
パンだ。
昨日とは違う。
新しい。
しかも、丸ごと一個。
「わふ……」
罠かもしれない、と思った。
思ったが。
においが勝った。
くちばしでつつく。
動かない。
かじる。
やわらかい。
「わふ!」
幸せ。
そのとき、空気が変わった。
ひやり、とした感覚。
風でも、影でもない。
ふくふく鳥は、顔を上げた。
通りの向こう。
人が立っている。
数人。
子供ではない。
鎧を着ている。
視線が、集まる。
――まずい。
ふくふく鳥は、パンをくわえたまま走った。
だが、今日は違った。
網が来ない。
罠も来ない。
代わりに、光が走る。
地面に、線が浮かび上がった。
結界。
意味は分からない。
ただ、本能が告げる。
――ここ、いや。
ふくふく鳥は、線の上を踏まないように、跳んだ。
跳んで、跳んで、跳び越える。
だが、空間が狭まる。
追い詰められる。
「まふ……!」
焦りが、羽毛を逆立てた。
そのとき。
「こっちや!」
大きな声。
視界の端で、人影が動く。
結界の外。
ふくふく鳥は、考えなかった。
体が、そちらへ向いた。
跳ぶ。
肩。
ぽすっ。
「……だから言ったやろ、目立つって」
低い声。
揺れ。
でも、落ちない。
「くふぅ……」
肩は、安全だった。
背後で、ざわめきが起きる。
「今の見たか?」
「結界を……?」
「いや、結界が、避けた?」
意味の分からない言葉が飛び交う。
ふくふく鳥は、パンを食べ続けた。
半分。
もう半分。
「お前な……」
男の声。
呆れたようで、でも怒ってはいない。
ふくふく鳥は、羽をもふっと広げた。
あたたかい。
視線が集まるのは、好きじゃない。
追いかけられるのは、もっと嫌だ。
でも。
この肩は、嫌じゃない。
理由は、分からない。
ただ、落ちない。
捕まらない。
走らなくていい。
「くふぅ……」
目を閉じる。
遠くで、人の声がする。
「朱雀だ」
「いや、違う」
「神鳥だ」
「ただの鳥だろ」
どれも、よく分からない。
ふくふく鳥は、ただのふくふく鳥だ。
パンを食べて、
走って、
逃げて、
ときどき、休む。
それだけ。
男が歩き出す。
視界が揺れる。
王都の空は、今日も広い。
屋根が流れ、塔が遠ざかる。
ふくふく鳥は、一本線の目を細めた。
「ぴ」
今日も、捕まらなかった。
けれど。
今日は、少しだけ、
追いかける人が増えた気がした。
理由は、分からない。
分からないまま、
ふくふく鳥は、肩の上で丸くなる。




