ふくふくの日常
王都の酒場というのは、噂が生まれる場所だ。
「なあ、聞いたか?」
「朱雀だよ、朱雀。ついに出たらしい」
夜も更けた頃、酔いの回った男が声を張り上げる。
「またその話か」
向かいの男が笑う。
「どうせ、火トカゲか何かを見間違えたんだろ」
「違うって!」
男は身を乗り出す。
「城壁の上だぞ? 真昼間に、ふわっと赤い影が飛んだんだ!」
「炎をまとった神鳥、だっけ?」
「王家の象徴だの、災厄の前触れだの……」
周囲がどっと笑う。
だが、別の卓では。
「……いや、俺も見た」
鎧姿の冒険者が、酒杯を置いた。
「炎は……なかったが」
「は?」
「丸かった」
「……丸い?」
「羽毛が、ふくふくしてた」
真顔で言う。
一瞬の沈黙。
「それ、朱雀じゃねえだろ」
「ただの太った鳥だろ」
笑いが起きる。
しかし、噂は止まらない。
・王城の庭で、赤い鳥が噴水の縁を走っていた
・貴族の屋敷の屋根で、パンをくわえて逃げた
・魔力を探知する結界が、一瞬だけ反応しなかった
学者たちは首をひねり、
「魔力を帯びない神鳥など、理論上ありえない」
と断言する。
画家たちは、こぞって新作を描き始めた。
翼を広げ、
炎を纏い、
天を裂く――
朱雀・第二様式。
だが翌日。
市場の裏路地で、
赤くて、丸くて、やたらと速い鳥を追いかける子供たちがいた。
「待てー!」
「捕まえたら英雄だぞ!」
「ぴっ」
鳥は、あっという間に距離を広げる。
屋根を越え、
樽を跳び、
最後は一人の冒険者の肩に、ぽすっと乗った。
「……お前、またか」
男は困ったように笑い、
肩の鳥を軽く撫でる。
「王都じゃ、目立つって言っただろ」
「ぴ?」
「褒めてない」
朱雀――ふくふく鳥は、
満足そうに羽を膨らませた。
その夜、酒場の噂話に、
新たな一文が加わる。
・朱雀は、どうやら人に懐くらしい
誰も、それが真実だとは思わない。
だが王都のどこかで、
今日も一羽の「空想上の神鳥」が、
パンくずを求めて全力疾走している。
――噂は、今日も平和だった。




