最終前
地下施設に、魔力が満ちる。
黒ローブ幹部たちが展開する結界は、逃走を完全に封じていた。
壁、天井、床――あらゆる方向から圧がかかる。
「囲まれてる……!」
ニアが歯を食いしばる。
「問題ない」
ミカリは即座に前へ出た。「突破口は作る」
だが。
「無理だよ」
穏やかな声が、それを遮った。
エリウスが一歩、前に出る。
それだけで、空気の密度が変わった。
「この場は、最初から戦場として設計されている」
淡々とした口調。
誇示も、威圧もない。
「君たちは、最初から詰んでいる」
「……そうは思わない」
昇太は剣を構えた。
ヴァーダント・エッジが、低く鳴る。
拒絶ではない。
警戒だ。
「その剣」
エリウスの視線が、剣に落ちる。
「やはり、君が持つことになったか」
「知ってるんですか」
「知っているとも」
エリウスは微笑んだ。「それは、“英雄の剣”じゃない」
一瞬、ミカリが動いた。
踏み込み、斬撃。
だが――
「甘い」
エリウスの指が、軽く弾かれる。
見えない衝撃が走り、ミカリの身体が弾き飛ばされた。
「ミカリ!」
昇太が叫ぶ。
「無事よ!」
即座に立ち上がるが、表情は硬い。
「……桁が違う」
ニアが息を呑む。
「これが、勇者パーティか……」
「違う」
エリウスは首を振った。
「これは、“生き残った側”の力だ」
そして、昇太を見た。
「君には、話しておこう」
「どうせ、この先に進むならね」
魔力が渦を巻く中、
エリウスは戦闘の手を緩めることなく、語り始めた。
「私は、勇者じゃなかった」
その言葉は、静かだった。
「才能も、加護も、剣の才も……平均以下だ」
「だが、一つだけ秀でていた」
エリウスは、自分の胸を指す。
「判断だ」
戦場で、誰を切り捨てるか。
どこを犠牲にすれば、生存率が上がるか。
「英雄は、全員を救おうとする」
「だが、それは幻想だ」
魔力が走る。
黒ローブ幹部が一斉に仕掛けてくる。
昇太が剣で受け、ニアが援護し、ミカリが斬り込む。
だが、エリウスはそのすべてを把握している。
「私たちは、何度も失敗した」
「村を守ろうとして、全滅したこともある」
昇太の脳裏に、炎に包まれた村の光景が重なる。
「……ミカリの村だ」
彼は気づいた。
「そうだ」
エリウスは、否定しない。
「あの時、私は“正しい判断”をした」
アンデッドを操り、
恐怖を演出し、
村を壊し――
勇者パーティを動かした。
「犠牲は出た」
「だが、あれ以上の被害は防げた」
ミカリの剣が、止まる。
「……嘘」
声が震える。「あれは……救助だった……!」
「そう思わせる必要があった」
エリウスは、目を伏せる。
「英雄には、希望が必要だから」
昇太の胸が、熱くなる。
「それで……何が救えたんですか」
「世界だ」
即答だった。
「英雄一人より、村一つより、国一つより」
「“世界の存続”が上位にある」
「だから、金眼を作った?」
昇太の声が低くなる。
「制御可能な災害」
エリウスは頷いた。
「恐怖は、最も効率的な統治手段だ」
その瞬間。
ヴァーダント・エッジが、強く鳴いた。
拒絶。
否定。
怒り。
「……なるほど」
エリウスは、その反応を見て笑った。
「やはり、君は“英雄じゃない”」
「はい」
昇太は剣を強く握る。
「なれません」
「だが――」
一歩、踏み込む。
「俺は、切り捨てるために戦わない」
魔力と剣が、真正面から激突する。
「だから、あなたを倒す」
地下施設が、軋む。
英雄になれなかった男と、
英雄になろうとしない男。
思想が、剣となってぶつかり合う。
決着は、まだ先だ。
――次話、最終話へ。




