伝説のモンスター朱雀
王都では今、ひとつの話題が街を席巻していた。
朱雀――
炎を纏い、空を統べる神鳥。
王者の象徴であり、災害級Sランクモンスター。
貴族の屋敷には朱雀を描いたタペストリーが飾られ、画廊には競うようにその姿が並ぶ。赤く燃える翼、鋭い嘴、天を睨む金色の瞳。誰もが同じ姿を思い描き、誰もが同じ言葉を口にする。
「幻の神鳥だ」
「実在すれば、王都の歴史が変わる」
「だからこそ、誰も見たことがない」
昇太たちは、そんな朱雀の絵が並ぶ通りを歩いていた。
「……すごい人気だな」
昇太が素直に感想を漏らす。
「人気というより、信仰に近いわね」
ミカリは絵の一枚を見上げながら言った。「王都って、こういう“象徴”が好きだから」
「かっこいいけど、本物と違ったら笑っちゃうね」
ニアが軽く笑う。
朱雀は、長年“空想上の存在”とされてきた。
目撃談はある。だが、討伐記録も、捕獲記録も、素材も存在しない。
「ただね」
ミカリが声を落とす。「郊外の森では、別の噂があるの」
「別?」
昇太が足を止める。
「遭遇報告は多いけど、誰も捕まえられない鳥型モンスター。攻撃性は低くて、異常な逃げ足を持ってる」
「通称、“ふくふく鳥”」
名前に、まるで緊張感がない。
「でも、その遭遇地点が……朱雀の目撃地点と、ほぼ一致してる」
その言葉で、三人の目的は決まった。
王都郊外の森。
昼間だというのに、妙に静かな場所だった。
「……魔力が、変」
ニアが小声で言う。
濃いわけでも、薄いわけでもない。
ただ、流れが読めない。
そのときだった。
茂みが揺れ、影が跳ねた。
「いた――!」
見えたのは、拍子抜けするほど地味な鳥だった。
丸っこい体、ふくふくとした羽毛。炎どころか、派手さの欠片もない。
だが次の瞬間。
「速っ!?」
地を蹴り、木を蹴り、影のように距離を取る。
Sランクどころか、目で追うことすら難しい速度だった。
ミカリが反射的に魔力を練る。
その瞬間、鳥はさらに加速した。
「……逃げた!」
ニアが叫ぶ。
――いや。
昇太は、動かなかった。
剣も抜かず、魔力も放たず、ただそこに立っている。
鳥は、十分に安全な距離まで離れたはずだった。
それなのに。
ぴたり、と動きを止めた。
首を傾げ、じっと昇太を見つめている。
「……昇太?」
ミカリが困惑した声を出す。
ふくふく鳥は、ゆっくりと戻ってきた。
警戒しながらではない。
確認するように、一歩ずつ。
「……魔力に、反応してない?」
ニアが気づく。
「違う」
昇太は静かに答えた。「俺に、反応してないんだ」
世界は魔力で満ちている。
人も、モンスターも、空気さえも。
だが昇太だけは違う。
MPゼロ。
魔力の波長を持たない、完全な空白。
ふくふく鳥にとって昇太は、
脅威でも、対象でもない。
――ただ、ノイズのない存在。
鳥は昇太の足元まで来ると、ぽすりと座り込んだ。
丸い体を揺らし、安心したように目を細める。
「え……?」
ニアが言葉を失う。
昇太の視界に、淡い光が走った。
《対象:???》
《魔力反応:なし》
《干渉不可――》
一瞬、表示が乱れる。
《対象:朱雀(仮)》
《条件達成》
《テイム成立》
風が吹いた。
ふくふく鳥の輪郭に、赤い幻影が重なる。
燃える翼、鋭い眼光――朱雀。
だが、それはほんの一瞬で消えた。
残ったのは、肩に跳ね乗る丸い鳥。
「……朱雀?」
ミカリが呆然と呟く。
「空想だったんじゃない」
昇太は、そっと鳥を撫でながら言った。
「近づけなかっただけだ」
朱雀――ふくふく鳥は、小さく鳴いた。
その瞬間、昇太だけが感じ取る。
遠く、森の奥に歪んだ気配。
朱雀は、昇太の肩で身を固くした。
逃げ足のためではない。
――危険を察知する、本能の動きだった。




