勇者パーティ エリウス
王都冒険者ギルド本部の空気は、どこか張り詰めていた。
行き交う冒険者の数は多いが、無駄話は少なく、視線の動きも鋭い。
その中で――
昇太たちの前に立つ男だけが、場違いなほど柔らかな雰囲気をまとっていた。
「改めて。私はエリウスといいます」
穏やかな声だった。
ゆっくりとした口調、相手を急かさない距離感。
笑みは自然で、警戒心を抱かせない。
「港町マレインでの一件。金眼の件で、少し話を聞きたくてね」
ミカリの肩が、わずかに強張った。
ニアは反射的に昇太の後ろへ半歩下がる。
昇太は、エリウスの目を正面から見据えた。
敵意はない。嘘をついている気配も薄い。
だが――それが逆に、不気味だった。
「ギルドの人間ですか?」
昇太が問いかける。
「いいや。私はただの協力者だよ」
エリウスは軽く首を振った。
「王都には、少し顔が利く程度さ」
“少し”という言葉にしては、立ち位置が自然すぎる。
まるで、この場にいることが当然であるかのように。
「立ち話も何だ。場所を変えよう」
そう言って、彼はギルド奥の談話用個室を指し示した。
拒む理由はなかった。
――少なくとも、今は。
個室は静かだった。
厚い扉が閉まると、外の喧騒は一切遮断される。
エリウスは椅子に腰掛け、手を組む。
「まず、礼を言わせてほしい。港の被害が最小限で済んだのは、君たちのおかげだ」
「……仕事をしただけです」
ミカリが短く返す。
「そう言えるのが、冒険者の強さだ」
エリウスは感心したように頷いた。
その視線が、ふと昇太の腰元へ落ちる。
「その剣……ヴァーダント・エッジ、だったかな」
空気が、わずかに張り詰めた。
「知っているんですか」
昇太の声は低い。
「名前だけだよ」
エリウスは穏やかに笑う。
「ただ……金眼と“噛み合った”と聞いてね」
ミカリが即座に反応する。
「どこでその話を?」
「情報網は広い方でね」
悪びれた様子もなく答える。
だが、昇太の胸の奥で、違和感がはっきりと形を持ち始めていた。
――この人は、知りすぎている。
「金眼は、自然発生の魔物ではない」
エリウスは淡々と続ける。
「少なくとも、あの規模と挙動はね」
ニアが小さく息を呑む。
「港町だけじゃない」
エリウスの声は変わらない。
「似た兆候は、他の地域でも観測されている」
「黒ローブ……?」
昇太が口にすると、エリウスは一瞬だけ目を細めた。
「やはり、そこまで辿り着いているか」
その反応だけで、十分だった。
「君たちは、運がいい」
エリウスはそう言った。
「そして……少し、危うい」
「忠告ですか?」
ミカリが問う。
「助言だよ」
彼は立ち上がり、扉の方へ向かう。
「王都では、知らなくていいことを知った者ほど、狙われる」
扉に手をかけ、振り返る。
「しばらくは、派手に動かない方がいい」
「特に――その剣を使う時はね」
言い残し、エリウスは静かに去っていった。
扉が閉まり、沈黙が落ちる。
「……何、あの人」
ニアが小声で言った。
「味方とも、敵とも言い切れない」
ミカリは腕を組む。
「でも……嫌な予感しかしない」
昇太は、黙ってヴァーダント・エッジに触れた。
剣は、沈黙している。
だが、先ほど――エリウスが視線を向けた瞬間だけ、
ほんのわずかに“拒絶”のような感覚を返してきた。
「……覚えておこう」
昇太は静かに言った。
「あの人のことを」
王都の空は高く、雲がゆっくりと流れている。
だがその下で、見えない糸が、確実に張り巡らされ始めていた。
穏やかな男――エリウス。
その笑顔の奥に潜むものを、まだ誰も掴めていない。
だが、歯車は噛み合った。
王都編は、静かに――
そして確実に、深部へと踏み込んでいく。




