不穏な動き
港町マレイン港は、表面上の平穏を取り戻していた。
金眼のタコが討伐され、海上の異変が沈静化したという報せは、瞬く間に街へ広がった。港に戻ってくる船の数も増え、船員たちの顔にはようやく安堵が浮かび始めている。
だが、昇太の胸の奥に残る感覚は、決して軽いものではなかった。
冒険者ギルドの一室。
簡素な報告用の部屋で、三人は今回の依頼についての最終確認を受けていた。
「海上調査依頼、ならびに討伐対象の排除を確認しました」
ギルド職員は淡々と告げる。
「報酬は規定通り。追加報酬については、港湾管理側から別途支払われます」
ミカリが軽く息を吐いた。
「とりあえず、大事にはならなかったみたいだね」
「うん……船も戻ってきてるし」
ニアも頷くが、その声はどこか歯切れが悪い。
昇太は黙ったまま、腰のヴァーダント・エッジに手を添えていた。
剣は静かだ。脈動も、熱も、今は感じられない。
だが――
戦闘の最中、確かに“何か”が剣と金眼のタコを繋いでいた。
「あの黒ローブ……」
ミカリがふと口を開く。
「結局、何者だったんだろ」
港外れでの戦闘。
金眼のタコが倒れた直後、現れた黒いローブの一団。
その中でも、幹部と呼べる存在は、圧倒的な実力を持っていた。
殺し切れなかった。
そして、向こうも本気で決着をつけに来てはいなかった。
「……タコは、ただの“道具”だった可能性が高い」
昇太が静かに言う。
二人が視線を向ける。
「金眼は強かった。でも、動きに迷いがあった。操られてる感じがした」
「操る側が、戦況を見て引いた……そんな気がする」
ニアが小さく身を縮める。
「じゃあ、あの人たちは……まだ、いるってこと?」
「いるだろうね」
ミカリが即答した。
「しかも、かなり組織立ってる」
その言葉に、部屋の空気が重くなる。
ギルドを出ると、港の喧騒が耳に戻ってきた。
魚市場の呼び声、船具のぶつかる音、人々の笑い声。
平和だ。
だが、それは“何も知らない”からこその平和だった。
桟橋を歩きながら、昇太は海を見つめる。
波は穏やかで、あの夜の渦が嘘のようだ。
「昇太」
ミカリが声をかける。
「さっきから、ずっと考え込んでる」
「……黒ローブの幹部、最後に言ってた」
昇太はゆっくりと思い出すように続ける。
「“計画は次の段階へ移る”って」
ニアが眉をひそめる。
「次って……何?」
昇太は首を横に振った。
「分からない。でも――」
剣に視線を落とす。
ヴァーダント・エッジは、相変わらず静かなままだ。
「金眼のタコは、たぶん実験段階だった」
「海に出た理由も、港を狙った理由も、全部“試し”だった可能性がある」
ミカリの表情が険しくなる。
「じゃあ、本命は……」
「もっと別の場所か、もっと別の対象」
その時だった。
通りの向こう、人混みの中に――
一瞬だけ、見覚えのある気配が混じった。
温和で、柔らかく。
敵意のない、しかし底の見えない気配。
昇太は反射的に振り返る。
だが、そこには荷を運ぶ商人と、談笑する船員たちしかいなかった。
「……今の、何?」
ニアが不安げに聞く。
「気のせいかもしれない」
昇太はそう答えたが、胸の奥に引っかかるものは消えなかった。
誰かが、見ている。
直接姿を現さず、だが確実に盤面を動かしている存在。
黒ローブの幹部ですら、駒に過ぎない――
そんな感覚が、はっきりとした輪郭を持ち始めていた。
「港の件は終わった」
ミカリが前を向く。
「でも、これで全部終わりじゃないね」
「ああ」
昇太は頷く。
「むしろ、始まったばかりだ」
海は静かに揺れている。
その向こうで、まだ見ぬ意志が、次の一手を待っていることを――
三人はまだ、知る由もなかった。




