金眼のタコ
港町マレイン港は、表向きには平穏を取り戻していた。
失踪事件の原因となっていた金眼のタコが討伐されたことで、港湾の封鎖は段階的に解除され、船の往来も少しずつ戻りつつある。
だが、昇太は違和感を拭えずにいた。
討伐後、回収された魔獣の残骸――
正確には「回収できた範囲」に、不自然な点があったのだ。
「……核心部が、ない」
解体を担当したギルド職員が、困惑した表情でそう告げた。
通常、あれほどの魔力を操る海魔獣であれば、魔核、あるいはそれに準ずる器官が残るはずだ。
しかし、金眼のタコにはそれが見当たらなかった。
「逃げた……わけじゃないよね?」
ニアが不安げに言う。
「死体は沈んだ。そこは間違いない」
ミカリが腕を組む。
「でも……“抜き取られた”可能性はある」
その推測を裏付けるように、港外れの倉庫街で異変が起きたのは、その夜だった。
潮の匂いが濃く、人気のない桟橋沿い。
昇太たちは、ギルドからの要請で現場確認に向かっていた。
「この辺りで、不審者の目撃情報が集中してる」
ミカリが低く告げる。
その瞬間だった。
――気配が、歪んだ。
闇の中から、黒いローブを纏った複数の影が浮かび上がる。
顔は深くフードに隠され、人数は五。
「……黒ローブ」
ニアが息を呑む。
彼らは逃げる素振りを見せなかった。
それどころか、昇太たちを“待っていた”かのように、静かに立ちはだかる。
「金眼の処理、ご苦労だったな」
低く、よく通る声。
前に出てきた一人だけが、明らかに格が違った。
纏う魔力の密度が、他と段違いだ。
「幹部……か」
ミカリが剣を抜く。
「安心しろ。今日は“回収”に来ただけだ」
黒ローブの男は、どこか愉快そうに言った。
「予定より、少し騒ぎになったがな」
その言葉で、昇太は確信する。
金眼のタコは、偶然現れた魔獣ではない。
「……あれを、使ってたのか」
昇太が静かに言う。
「使う?」
男は肩をすくめた。
「“導いた”と言った方が正しい。あれは、海に潜むものを呼ぶ“器”に過ぎん」
次の瞬間、黒ローブ幹部が動いた。
魔力が爆ぜ、床板が砕ける。
昇太は即座にヴァーダント・エッジを抜き、正面から受け止めた。
重い。
だが、押し負けない。
「ほう……」
男が感心したように呟く。
「噂通りだな。剣ではない。使い手が異質だ」
激しい攻防。
ミカリとニアも加わり、三人がかりで押し返すが、決定打に至らない。
男は笑っていた。
追い詰められているはずなのに、どこか余裕がある。
「焦るな。今は、まだ“時”ではない」
男は一歩引きながら、ふと視線をミカリへ向けた。
「……懐かしいな。その戦い方」
ミカリの動きが、わずかに鈍る。
「昔、よく見た」
男は続ける。
「誰だったか……勇者の――」
次の瞬間、強烈な閃光。
視界を奪う魔法と同時に、黒ローブたちは煙のように消え失せた。
沈黙。
「……逃げられた」
ニアが悔しそうに言う。
ミカリは剣を下ろしたまま、動かなかった。
胸の奥に、嫌な記憶が引っかかっている。
“昔、よく見た”
“勇者”
昇太は、港の闇を見つめながら、剣を鞘に収めた。
黒ローブ。
金眼のタコ。
そして、過去と繋がる言葉。
まだ線は細い。
だが確実に、すべては一本に向かって伸び始めている。
海の底から引き上げられたものは、魔獣だけではない。
――過去そのものが、静かに動き出していた。




