海での戦闘
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金眼のタコは、明確に昇太を狙っていた。
触腕の動きが変わる。無作為な破壊ではない。甲板を叩いていたそれらが、一定の間隔を取りながら円を描くように配置されていく。
まるで、獲物を逃がさないための陣形。
「誘導されてる……!」
ミカリが叫ぶ。
次の瞬間、二本の触腕が同時に跳ね上がり、左右から船縁を叩いた。
衝撃で船体が大きく傾き、足元が滑る。
「くっ――!」
ニアが踏ん張り、咄嗟にロープを掴む。
昇太は一歩前へ出た。
船が軋む音の中、ヴァーダント・エッジを構える。
剣は軽かった。
信じられないほど、昇太の意思に沿って動く。
――今なら、届く。
触腕が迫る。
水を切り裂く音と共に、先端が槍のように鋭く変形する。
昇太は踏み込み、刃を振るった。
斬撃は、これまでよりも深く食い込んだ。
外皮を裂き、粘つく内部組織にまで届く。切断面から黒い体液が噴き出し、海へと散る。
「効いてる……!」
ニアが目を見開く。
金眼のタコが低い音を発した。
怒りか、警戒か。触腕の動きが一瞬、鈍る。
その隙を逃さず、ミカリが側面から斬り込む。
跳躍し、甲板を蹴って触腕の根元へ。筋肉の束を断ち切る一撃。
「今だ!」
ニアは即座に反応し、投擲を放つ。
刃は正確に付け根へ突き立ち、触腕が力を失って垂れ下がる。
連携は完璧だった。
だが、金眼の輝きが、異様なまでに強まる。
瞳が脈打つたび、周囲の海面が盛り上がる。
波が不自然に逆巻き、船底を引き込もうとする。
海面が渦を巻き、船が引き寄せられる。
魔力だ。海そのものを操っている。
「まずい……このままじゃ船が――」
その時、ヴァーダント・エッジが、はっきりと脈打った。
熱。
だが、暴走ではない。
昇太の能力値に、正確に――忠実に呼応している。
剣が、彼の“今”に追いついている。
「……そういうことか」
昇太は理解した。
この剣は感情で成長するのではない。
使い手が積み重ねてきた力に、遅れず応える剣だ。
以前の覚醒は、特別だった。
だが今は違う。
これは――正当な到達点。
昇太は一息で距離を詰め、荒れ狂う渦の中心へ踏み込んだ。
足元の水圧すら、剣の軌道が切り裂いていく。
「終わらせる」
刃が、黄金の眼を正面から貫いた。
甲高い悲鳴が空気を震わせ、金眼のタコの巨体が大きく跳ねる。
触腕が無秩序に暴れ、やがて力を失って海へと沈んでいく。
渦は消え、海は嘘のように静けさを取り戻した。
しばらくして、完全な沈黙が訪れる。
「……やったか?」
ニアが恐る恐る言う。
「そのフラグやめて」
昇太は剣を下ろし、息を整えた。
ヴァーダント・エッジの脈動は、ゆっくりと収まっていく。
だが、完全には消えない。
「相性、良すぎやろ……」
ミカリが苦笑する。
船は無事だった。
港へ戻ると、失踪事件の原因が判明したことで、ギルドは慌ただしく動き出す。
Cランク依頼の増加。
人手不足の裏にあった、海の脅威。
そして――
金眼のタコは、単独ではない可能性。
昇太は港を見つめながら、剣に手を添えた。
この剣は、まだ先を見ている。
そして海の向こうには、さらに大きな何かが潜んでいる。
そんな確信だけが、静かに胸に残っていた。




