Cランククエスト
港町マレイン港の冒険者ギルドは、朝から騒がしかった。
潮の香りを含んだ風が開け放たれた扉から流れ込み、床板に残る湿気と混じり合っている。商船の出入りが活発なこの街では、ギルドもまた休む間がない。
掲示板の前に、人だかりができていた。
その中心で、昇太たち三人は静かに立ち止まる。
掲示板の一角――Dランク枠。
そこに、新しく貼り替えられた名札があった。
スローライフ
ランク:D
ミカリが一瞬、目を見開き、すぐに息を吐く。
ニアは尻尾を揺らしながら、少し遅れて実感が追いついたように呟いた。
「……ほんとに、上がったんだね」
冒険者カードを確認すると、縁取りの色がはっきりと変わっている。
Eランクの素朴な色合いから、Dランク特有の落ち着いた色へ。
それは単なる装飾ではなく、ギルドが公式に実力を認めた証だった。
「おめでとうございます。正式にDランクです」
カウンターから声をかけたのは、マレイン港ギルドの職員だった。
エリスの姿はないが、事務的でありながらも祝意のこもった口調に、三人は軽く頭を下げる。
だが――
昇太の視線は、すでに掲示板の別の部分へ向いていた。
「……多くないか?」
Cランク依頼の掲示数。
明らかに、異常だった。
通常であれば、港町のギルドでもCランク依頼は数えるほどだ。
護送、討伐、調査――どれも相応の実力を求められる内容で、受注できる冒険者も限られる。
それが今、掲示板の一列を占めている。
「ほんとだ……」
ミカリも気づき、眉をひそめる。
ニアは依頼書を一枚ずつ見比べながら、小さく首を傾げた。
「どれも“急募”って書いてある……」
理由欄には、どれも似たような文言が並んでいる。
人手不足。
対応遅延。
優先度高。
だが、それらは説明になっていない。
「人が足りないだけなら、BランクやAランクに回すはずだ」
昇太は静かに言った。
Dランクに昇格したばかりの彼らでも、規則上はCランク依頼を受注できる。
だが、それは“例外”ではない。
本来、緊急性が高い依頼ほど、より上位の冒険者に割り振られるのが常だ。
それを、あえてCランクとして掲示している。
「……この街、やっぱり変だよ」
ミカリが低く呟いた。
視線の先、依頼書の中でも一際目を引く一枚があった。
【海上調査依頼】
内容:港湾周辺海域の異常調査
詳細:夜間を中心に、船舶の消息不明事案が複数発生
備考:直接的な戦闘の可能性あり
ランク:C
「海……」
ニアが小さく声を漏らす。
マレイン港は交易で栄える街だ。
その海で異変が起きているという事実は、街そのものの根幹を揺るがしかねない。
「失踪した船、三隻以上……」
ミカリが依頼書を読み上げる。
昇太は、腰に下げたヴァーダント・エッジの存在を、ふと意識した。
鞘越しに伝わる感覚は、静かだ。
だが、完全に沈黙しているわけではない。
まるで、海の方角を意識しているかのように。
「……行くか」
短い言葉だったが、二人はすぐに理解した。
迷いはない。
受付で受注手続きを済ませると、職員は一瞬だけ昇太の冒険者カードを見つめ、何か言いたげに口を開きかけ――やめた。
「……気をつけてください」
それだけを添えて、依頼書を差し出す。
ギルドを出ると、潮風が強く吹き付けた。
桟橋の方から、船員たちの怒号と、ロープの軋む音が響いてくる。
「海かぁ……」
ニアが少し緊張したように尻尾を揺らす。
ミカリは肩を回し、剣の柄に手を置いた。
「護衛とは勝手が違うね。でも――」
「大丈夫だ」
昇太は、海を見据えたまま言った。
理由ははっきりしない。
だが、胸の奥にある感覚が、そう告げていた。
三人は並んで歩き出す。
港町マレイン港の喧騒を背に、静かに、確実に――海へ向かって。
その先で何が待っているのかを、まだ誰も知らないまま。




