初めての護衛(後半)
焚き火が小さく爆ぜ、夜の静けさが戻っていた。
昇太は少し離れた場所で腰を下ろし、剣――ヴァーダント・エッジに視線を落としていた。
昼間の戦闘で感じた“噛み合い”は、今も確かに残っている。だが、あの時のような脈動は、すでに沈静化していた。
「……やっぱり、一時的なものか」
誰に聞かせるでもなく、昇太は小さく呟く。
剣は静かだ。ただ、完全に以前と同じではない――そんな曖昧な感触だけが、掌に残っていた。
少し離れた焚き火の向こうでは、ラーソンとミカリが静かに言葉を交わしていた。
冒険者を信用していなかった男の態度は、明らかに変わっている。
「……正直に言おう」
ラーソンは焚き火を見つめたまま言った。
「君たちも、途中で逃げると思っていた。護衛など、そういうものだと」
ミカリは肩をすくめる。
「逃げる判断も、時には必要です。でも――今回は、そうじゃなかった」
ラーソンは一瞬だけ口を噤み、やがて小さく息を吐いた。
「……ああ。よく分かっている」
そのやり取りを、セリアは少し離れた場所で聞いていた。
焚き火の明かりに照らされた横顔は、いつもの冷静な秘書のそれに戻っている。だが、時折、昇太の方へ視線が向くのを、本人は気づいていなかった。
翌朝。
街道は霧に包まれていたが、進路は明瞭だった。
港町マレイン港が視界に入った瞬間、セリアが小さく息を呑む。
「……無事に着きましたね」
その言葉に、ラーソンは一度だけ頷いた。
そして、昇太たちに向き直る。
「今回の護衛、そして……昨夜のことも含めてだ」
ラーソンは真っ直ぐに昇太を見据えた。
「君たちには、借りができた。商人としてではなく、一人の人間として礼を言う」
深く頭を下げるその姿に、ミカリとニアは一瞬、戸惑ったように目を見開いた。
「今後、武器や防具が必要になったら、ラーソン商会を通せ」
「相場より、かなり融通しよう。……信用に値する相手だからな」
それだけ言うと、ラーソンは港へ向かって歩き出した。
セリアは一礼し、慌てて後を追う。その途中、足元の石に気づかず、また小さくよろめいた。
「あっ……!」
眼鏡を押さえながら体勢を立て直し、振り返って小さく咳払いをする。
「……で、では、改めまして。ありがとうございました」
ニアは思わず吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。
数時間後。
冒険者ギルド・マレイン港支部にて、昇太たちは試験官から呼び出しを受けていた。
「護衛任務、及び盗賊対応。総合評価は――合格だ」
淡々と告げられたその言葉に、ミカリが息を吐き、ニアが小さく拳を握る。
「本日付で、Dランク昇格が認められる」
昇太は短く頷いた。
胸の奥で、剣が――ほんの一瞬だけ、応えるように熱を帯びた気がした。
だが、それはすぐに静まる。
まだだ、とでも言うように。
剣は確実に成長している。
だが、その真価が明らかになるのは、もう少し先だ。
港の喧騒を背に、昇太はヴァーダント・エッジの柄に手を置いた。
新たな階段を上った実感と、まだ見えない次の戦いの気配を、確かに感じながら。




