黒いローブとの邂逅(後半)【挿絵有り】
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目を覚ました瞬間、ミカリは自分の状況を理解するのに数秒を要した。背中に伝わるのは、湿り気を帯びた冷たい地面の感触。手足は固く拘束され、わずかに身じろぎしただけで、荒い息が喉から漏れた。鼻を突くのは、土と血、そして獣臭が混じった不快な匂いだ。
視界がはっきりしたとき、黒い影が彼女の正面に立っていることに気づく。フードに顔を隠した男――黒いローブの男は、まるで壊れやすい置物でも眺めるように、無言で彼女を見下ろしていた。その沈黙が、言葉よりも強い圧迫となって胸を締め付ける。
「見てはいけないものを見たな」
低く、感情の読めない声が森に溶ける。男は一歩近づき、口元だけを歪めた。
「殺すのが惜しくなるほどの美人だ。少し、楽しませてもらおう」
その言葉に、背筋を冷たいものが走る。周囲に視線を走らせると、数匹のゴブリンが暗がりの中から姿を現していた。歪んだ口元、濁った目。獲物を前にした獣のような笑みを浮かべ、彼女を取り囲んでいる。
ミカリは歯を食いしばった。恐怖は確かにあった。だがそれ以上に、胸の奥で小さな怒りが燻っている。この男は、そしてこの状況は、偶然ではない。そう直感した瞬間、彼女は理解する。――これは始まりに過ぎない、と。
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時間が、どれほど経ったのかはわからない。
魔物に腹を殴られ嘔吐。もう何回目かもわからない。
痛みと屈辱、恐怖。
それでもミカリは歯を食いしばり、声を上げなかった。
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ミカリが村からいなくなったことを心配した昇太とニアは気配察知を使いながら森の奥深くまできていた。
木々をぬけるとそこにはボロボロになったミカリがゴブリン達に踏みつけられていた。
それを笑って見ている黒いローブの男。
昇太の中で、何かが完全に切れた。
「……っ」
視界が赤く染まる。
考えるより先に、昇太は魔石を掴み、噛み砕いていた。
一つ、二つ、三つ――。
力が、溢れる。
黒いローブの男が何かを言う前に、昇太は殴りかかっていた。
拳が、何度も、何度も――。
もう、止まらなかった。
殴り続けるうちに男は動かなくなった。
しかしまだ息はある。
トドメを刺そうと振りかぶる。
「昇太……っ!」
背中に、温もり。
ミカリだった。
泣きながら、震えながら昇太にしがみついていた。
「……お願い。戻って……私の、好きな昇太に……」
その言葉が、昇太を現実に引き戻した。
拳を止める。
肩で息をしながら、振り返ると、ミカリとニアがそこにいた。昇太の目は正気を取り戻した。
「…よかった…とにかくあの男をギルドに引き渡しましょ」ミカリが言うと同時に倒れていた筈の男が立ち上がった。ローブの男は、薄く笑い、歯に仕込んでいたカプセルを噛み砕いた。
次の瞬間、激しく吐血し、痙攣し――動かなくなった。
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後日、俺たちはギルドへ戻った。
情報は調査中。結果が出れば連絡すると言われ、パーティハウスへ戻る。
「……なんなんやあいつら!」
ニアが身震いしながら吐き捨てる。
少し沈黙したあと、ニアが突然言った。
「そういえばミカリんってば、昨日昇太に告白してなかった?」
「「――っ!?」」
二人同時に、飲んでいたものを吹き出した。
「ち、違……!」
ミカリが顔を真っ赤にする。
だが、彼女は深呼吸し、俺をまっすぐ見た。
「……私、昇太が好き。怖かったけど……それでも、そばにいたい」
昇太は一瞬、言葉を失い――内心で思う。
(俺はどこぞの主人公みたいに自重する気は全くない)
「俺も好きだ……絶対、生き続けてミカリを守るよ」
「ミカリだけなんー?」
ニアがジト目で割り込む。
「いや、その……」
俺がタジタジになる中、二人の笑い声が部屋に響いた。
暗い影は、まだ消えていない。
それでも――この温もりだけは、確かだった
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