黒いローブとの邂逅(前半)
Dランクの依頼は、正直に言えば拍子抜けするほど軽い内容に見えた。
「村を襲う魔物の討伐」。それも対象はゴブリンやウルフといった、G〜Eランク帯の魔物ばかり。掲示板の前で依頼書を読んだミカリは、眉をひそめながら首を傾げていた。
「数が多いって書いてあるけど……このランク帯にしては、妙に注意書きが多いわね」
「せやな。逃げ方とか連携に注意、って……ゴブリンにそこまで書く?」
ニアも腕を組む。
昇太は依頼書から視線を上げ、二人を見る。
「……違和感はある。でも、放っておける内容でもない」
結果として、スローライフはその依頼を受けた。
村は森に抱え込まれるようにして存在していた。外敵を拒むには心許ない木柵が、あちこちで無残に折れ曲がっている。踏み荒らされた畑には、まだ湿り気を残した土と、乾ききらない血の跡が混じっていた。戦闘は、ついさっきまで続いていたのだと、嫌でも理解させられる。
だが、違和感は痕跡そのものよりも、別のところにあった。
「……散開してる?」
ミカリの低い声が耳に届いた瞬間、俺も同じ結論に至っていた。ゴブリンたちは、ただ数に任せて突っ込んでくる様子を見せない。前に出る個体、わざと隙を晒す個体、その背後で動きを潜める影。そこに、ウルフが絡む。彼らは獣の本能ではなく、意図を持って動いていた。
注意を引きつける役と、背後を突く役割。危険を察知すれば、即座に距離を取る判断力。撤退の速さは、むしろ人間の傭兵に近い。
「統率、取れすぎやろ……」
ニアの吐き捨てるような呟きが、状況の異常さを端的に示していた。
戦闘自体は問題なかった。こちらが劣勢に追い込まれる場面もない。だが、刃を振るうたび、胸の奥に小さな棘のような感覚が残る。それは恐怖ではない。もっと理屈めいた、無視できない疑問だった。
――こんな連中が、自然に生まれるはずがない。言いようのない不安が3人の中から消えてくれなかった。
討伐を終えた夜、村人たちは俺たちを歓迎し、宿と食事を提供してくれた。
村長は姿を見せなかったが、村の若い男女が楽しそうに話していた。
♦︎
真夜中。
用を足すために宿を出たミカリは、夜気の冷たさに肩をすくめながら、村外れに設えられた簡素なトイレへ向かっていた。月明かりは薄く、足元の土は昼間の湿気を残している。静かすぎる夜だった。虫の声さえ、どこか遠い。
そのとき、不意に視界の端で人影が動いた。反射的に身を引き、木陰に身を寄せる。村長だった。
彼は落ち着きなく周囲を見回し、誰もいないことを確かめるように何度も足を止める。その仕草は、夜の散歩にしては不自然すぎた。ミカリの胸に、言葉にならない違和感が広がる。
村長はやがて、村とは反対方向――森へと足を踏み入れた。
迷いは一瞬だった。ミカリは呼吸を殺し、一定の距離を保ったまま後を追う。枝を踏まぬよう、足の運びに神経を集中させる。森の闇は濃く、空気は重い。
やがて、視界がわずかに開けた。
そこに“それ”はいた。
木立の陰から現れた黒いローブの男。顔は深い影に覆われ、ただ立っているだけなのに、周囲の空気が歪んで見えた。
村長がその前に立った瞬間、ミカリは確信した。
――見てはいけない場面に、足を踏み入れてしまったのだと。
物陰から聞こえてきた会話に、ミカリは息を呑む。
「約束が違う……! 最近は若い者まで襲われている!」
「……薬の効きが強まっただけだ」
黒いローブの男の声は、冷たく、感情がなかった。
男達の話を要約すると、
知能を上げる薬を飲ませた魔物達に村を襲わせる。
村はギルドにクエストを発注し、冒険者が来る。
その冒険者を魔物が殺し、死体をローブの男に献上する。その見返りに村は多額のゴールドをもらう。
ということのようだ。
「……もう、限界だ」
村長が後ずさる。
次の瞬間だった。
黒いローブの男の手が閃き、村長は言葉を失って倒れた。
ミカリは、全身が凍りついたように動けなかった。
――早く昇太達に知らせなきゃ。
ミカリは踵を返し、村の方へと向かおうとした。
だが、次の瞬間、背後から強い衝撃。
ミカリの視界が暗転した。




