金眼のオーク再び
森はクエストのために訪れた場所だった。指定された特薬草の採取地は、村から少し離れた奥深い森の中。木々は鬱蒼と生い茂り、光は葉の隙間からかすかに地面に届く程度だった。空気は湿気を帯び、落ち葉や苔の香りが混ざり合っている。小鳥のさえずりや枝を揺らす風の音はあるものの、全体に静寂が漂っていた。
「ここが目的地に近いはずだけど……」ミカリが小声で呟く。
「うん、なんか森がいつもより息を潜めてる感じするわ」ニアも慎重に周囲を観察する。三人はお互いの目を見合わせ、無言で頷いた。自然と緊張が高まる。
俺は無言で歩きながら、気配察知をオンにした。森の奥に進むにつれて、反応が一つ増える。魔物の気配ではあるが、どこか異質な気配。以前出会ったあのオークだと、すぐにわかった。三人も無言でそれを確認する目配せを交わす。
「……あれ、前に見たオークじゃない?」ニアが呟いた。
「うん、間違いない」ミカリも小さく答える。
オークはゆっくりと姿を現した。灰色の皮膚に金眼を輝かせ、筋肉の盛り上がり方も圧倒的だ。だが、最初の様子は落ち着いており、明らかに戦う気配はない。俺たちをじっと観察しているだけだった。
「オ…マ…エ…ハ……ナニ…モ…シ…ラナイ……」
オークは俺を見つめ、前よりも興味を示しているようだ。
「オマ…エホカ……ノ…ヤツ…トチガウ…?」
オークは見え辛そうに目を擦りながら昇太に顔を近づけた。
「金眼の…近眼のオーク?」
「「「………」」」
ミカリとニア、そしてオークは遠い目をしていた。
少し間が空いたあと、おれは気にせず喋りかけた。
「……お前は、前に会ったやつだよな」俺が静かに言う。
オークは首をかしげるだけで、攻撃はしてこない。ミカリとニアも剣や爪を完全には構えず、警戒を少し緩めた。
しかし、突然、オークの足元に魔法陣が浮かび上がった。空気が振動し、光のリングがオークを取り巻く。
「な……何かの魔法?」
ミカリが息を呑む。
「……なんやなんや!?」
ニアも緊張する。
魔法陣が発動した瞬間、オークの目の光は狂気に変わり、呼吸は荒く、唸り声をあげ始めた。理性を失い、冷静さは消えた。金眼はそのままだが、血管が浮き上がり、筋肉が異常に強張る。正気のときの観察眼は消え、ただ力任せに襲いかかってくる。
「オーク、落ち着いて!」
ニアが咄嗟に声をかけながら近づく。
「ニア!下がれ!」
俺は叫んだ。
ミカリも剣を構えて声を出す。だがオークは理性を失い、攻撃を仕掛けてくるだけだった。呼びかけは無意味だった。
俺は身をかわしつつ、脚力と敏捷を駆使して反撃する。体当たりをかわし、木の間を跳ね回り、オークの攻撃の軌道を読みながら側面から突き飛ばす。爪が地面をえぐり、枝を折り、葉を散らす。オークも力任せの突進や腕の一撃で反撃する。連続する衝突のたびに森が振動する。
「くっ……!」俺は息を整え、絶妙なタイミングでオークを押し返す。攻撃を避けながら、跳躍して肩や腹部に打撃を与える。オークは金眼を光らせ、突進を繰り返す。反撃するたびに森の空気が重く、張り詰めた戦場となる。
ミカリとニアも攻撃を続けるが、オークは狂暴で理性を失った力で応戦する。かろうじて回避し、隙を突いて攻撃するものの、倒すしか手段はない状態だ。体力と筋力だけで暴れるオークに、三人は慎重に連携し、隙を作る。
何度も体当たりや突進をかわし、側面を突く。ようやくオークは地面に膝をつき、呼吸は荒いが立ち上がる力は衰えない。
「……やむを得ない」俺は呟き、側面から突きを入れ、オークを倒す。金眼は微かに揺れたままだ。
戦闘後、森には重苦しい空気が漂う。三人は剣や爪を下ろし、無言で倒れたオークを見つめる。やるせなさと虚しさが胸に広がった。理性を持っていたオークを操られ、倒さざるを得なかったことを思い、互いに視線を交わす。
その背後、木々の影で黒いローブが微かに揺れる。風で布が揺れ、昇太の視界の端で捉えた。
すぐに振り返り、確認するが何も見つからなかった。
森の静寂の中でその存在は確かにあるが、捕らえることはできない。誰かがオークを操ったのは間違いなさそうだったが、詳細はわからない。
やっとの思いで息を整え、俺たちは特薬草の採取を再開した。森の奥深く、静寂と不安が入り混じる中で、三人は無言で歩を進める。倒したオークの影と、黒いローブの気配が、胸に重く残ったままだった。




