金眼の魔物
森は、いつもより静かだった。
鳥の声が遠く、風の音も控えめで、まるで何かを警戒しているかのような沈黙が広がっている。
「……この辺り、空気重くない?」
ミカリが小声で言った。
「うん。なんか、森が息止めとる感じするわ」
ニアも周囲を見回し、猫のように耳を澄ませている。
俺は無言で頷いた。
(気配察知、反応あり)
点ではなく、**“歪み”**のような感覚。
魔物の気配だが、今まで感じてきたものとは明らかに違う。
「昇太、何かいる?」
ミカリがこちらを見る。
「……いる。でも、数じゃない。たぶん――一体」
それを聞いて、二人とも表情を引き締めた。
ここはEランク試験の指定エリアより、ほんの少し奥。
本来なら単体の魔物など脅威にならないはずの場所だ。
それでも、胸の奥がざわつく。
(嫌な予感がする)
♦︎
踏み込んだ先で、俺たちはそれを見つけた。
――オーク。
通常より一回り大きい体躯。
筋肉の盛り上がり方が異様で、皮膚はくすんだ灰色。
だが、何より異質だったのは――
「……目、金色……?」
ミカリの声が震えた。
オークの両眼が、鈍く光る金だった。
獣のような濁りはなく、人間を“見る”視線。
(来たか……金眼の魔物)
そのオークは、こちらを見据えたまま、一歩前に出る。
「に……ん…………げ…………ん」
喉を擦るような、壊れた発音。
それでも、意味だけははっきり伝わった。
「……喋った!?」
ニアがごくりと唾を飲む。
「魔物が……言葉を……?」
ミカリの握る剣に力が入る。
オークは武器を構えない。
ただ、じっと俺たちを観察している。
(気配察知……全方向、死角なし)
なのに、妙だ。
敵意はある。だが殺気が薄い。
「……昇太」
ミカリが小さく呼ぶ。
「分かってる」
俺は一歩前に出た。
♦︎
オークが、再び口を開く。
「こ……ろ……す……?」
金眼が、俺を捉える。
(試してる……?)
「殺さない」
俺は即答した。
ニアとミカリが一瞬こちらを見るが、止めなかった。
この空気では、下手に口を挟めないと理解している。
オークは、わずかに首を傾げた。
「……ふ……し……ぎ……」
その瞬間――
地面を蹴る音。
速い。
「来る!」
ミカリが叫ぶ。
オークは一気に距離を詰め、拳を振るった。
(視認、角度、速度――)
《頑丈》を意識的に起動。
衝撃。
ドンッ――!!
腕が痺れる。
だが、骨までは届いていない。
(……重い。今までの魔物とは別物だ)
反撃。
脚力を活かし、側面へ回り込む。
「ニア!」
「了解!」
ニアのクローが背中を裂く。
だが――浅い。
「硬っ!?」
ニアが舌打ちする。
ミカリが剣を振るう。
魔力を乗せた一撃。
オークはそれを、受け止めた。
「なっ……!」
ミカリの目が見開かれる。
(防御判断……やっぱり知性がある)
♦︎
オークは後退し、距離を取った。
「つ……よ……い……」
金眼が、俺を見る。
「お……ま……え……」
俺は息を整えながら、じっと見返す。
(こいつ……“個”として俺を見てる)
「お前は、何だ」
俺は問いかけた。
一瞬、沈黙。
「……ま……だ……」
その言葉を最後に、オークは森の奥へ跳び退いた。
気配が、急速に遠ざかる。
追えない。
追うべきじゃない。
♦︎
しばらく、誰も言葉を発しなかった。
「……昇太」
ミカリが、静かに言う。
「あれ……普通じゃないよね」
「ああ」
俺は頷く。
「たぶん……これから先、もっと増える」
ニアが腕を組む。
「嫌な感じやな。でも……」
「でも?」
俺が促す。
「うちら、負ける気せえへん」
ニアは笑った。
ミカリも、小さく息を吐く。
「うん。今の私たちなら」
俺は森の奥を見つめる。
(金眼の魔物……)
この世界は、確実に動き始めている。
そして――
(俺も、その中心に近づいてる)
静かな不安と、確かな手応えを胸に。




