スローライフ
朝。
俺は、見慣れない天井を見上げて目を覚ました。
(……広い)
視界に入るのは、年季の入った木目の天井と、柔らかく差し込む朝日。
ボロ宿の薄汚れた板天井とは、比べものにならない。
「……ああ。ここ、パーティハウスだったな」
ゆっくりと身体を起こす。
軋まないベッド。寒くない床。虫の気配ゼロ。
それだけで、もう感動ものだった。
♦︎
廊下に出ると、鼻腔をくすぐるいい匂い。
「……まさか」
一階へ降りると、そこには信じられない光景が広がっていた。
広いダイニング。
朝日が差し込む窓。
そして――
「おはようございます、皆さま」
フリル付きのメイド服に身を包んだエレノアが、にこやかに頭を下げていた。
「…………」
一瞬、思考が止まる。
白を基調にしたクラシカルなメイド服。
幽霊とは思えないほどはっきりした輪郭。
そして――
(……でかい)
「……昇太?」
背後から、低い声。
振り返ると、ミカリが腕を組んで立っていた。
笑顔。だが、目が笑っていない。
「……見すぎじゃない?」
「い、いや、違う。業務確認だ」
「どんな業務よ」
ニアはというと、すでにエレノアの周りをぐるぐる回っている。
「すっご……! ほんまにメイドさんやん!」
「えへへ……似合っていますか?」
「めっちゃええ! うちも着てみたい!」
ミカリの眉間の皺が、さらに深くなった。
♦︎
朝食は、エレノアの“ポルターガイスト料理”だった。
フライパンが宙に浮き、
包丁が勝手に動き、
皿が滑るように配膳される。
なのに――味は普通にうまい。
「……幽霊って、料理できるんだな」
「長い間、この家で主人の帰りを待っていましたから」
エレノアは少し寂しそうに微笑う。
「生活の真似事は……いくらでも」
ミカリはその表情を見て、視線を伏せた。
「……これからは、真似事じゃなくていいわよ」
「え?」
「ここは、私たちの家なんだから」
エレノアは一瞬、言葉を失ったあと、
ゆっくりと、深く頷いた。
「……はい」
♦︎
食後、俺たちは簡単な作戦会議を開いた。
「まずは生活基盤を整える」
ミカリが真面目な顔で言う。
「掃除、買い出し、家具の補修。やることは多いわ」
「うちは街担当な! 安い店知っとるで!」
ニアが元気よく手を挙げる。
「私は屋敷の管理を」
エレノアも静かに名乗り出る。
「構造も、癖も……全部把握しています」
視線が、俺に集まる。
「……俺?」
「当たり前でしょ」
ミカリが即答した。
「一番壊しそうなんだから、力仕事担当」
「ひどくない?」
ニアが笑う。
「でも一番頼りになるで」
エレノアも、俺を見て柔らかく微笑った。
「この家が、また人の気配で満ちるのは……嬉しいです」
♦︎
昼前。
庭に出て、屋敷を改めて見上げる。
森と街の中間。
静かで、不便すぎず、騒がしすぎない。
訳アリだが――
今の俺たちには、むしろ都合がいい。
(……ここからだな)
強くなるための拠点。
帰る場所。
守る場所。
スローライフというパーティが、
ただの寄せ集めじゃなく、
“家族”になるための場所。
「昇太ー! 梁の補修、手伝ってー!」
「今行く!」
振り返ると、ミカリとニア、そしてエレノアがそこにいた。
俺は軽く息を吸って、笑う。
「……よし。スローライフ第二章、開幕だな」
この屋敷から、
俺たちの本当の冒険が始まる。




