転生しますか?※【挿絵有】
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1 転生しますか?
二十九歳の残業明けってやつは、いつだって少し現実味が薄い。
たとえば、会社のデスクでパソコンに向かっていた僕は、真夜中の二時半に突然画面へ浮かび上がった薄青い文字をぼんやりと見つめていた。
──転生しますか?
詐欺だ。
そう思うのが普通だし、僕もそう思った。
しかし今の僕は、もう「普通」の基準からだいぶ後ろへ下がっている。定時という概念を見失って久しく、睡眠はコンビニコーヒーのように薄くて軽い。
マウスカーソルを「×」に合わせながら、ふと自分の指が震えていることに気づいた。寒さじゃない。単に疲れているだけだ。
──いや、どうせなら、押してみてもいいんじゃないか。
そんな考えが頭の片隅でささやいた。
馬鹿みたいだと思う。でも、長時間労働で削れた僕の精神(後にステータスで知ることになるが)は、軽く指を横へ滑らせてしまった。
『はい』
クリックした瞬間、世界の電源が落ちた。
僕は、降り積もる雪の中に落ちるみたいに、その画面の向こうへ沈んでいった。
⸻
2 ゼパーヌという島国で
気づくと僕は森の中にいた。
湿った土の匂い。見上げれば満天の星。どれも地球のものとは微妙に違う。
「……夢じゃないよな」
僕は革靴のつま先で地面をこすってみた。土の抵抗がリアルすぎる。
胸の内に、音を立てて何かが現れた。ステータスウィンドウと呼ぶらしいそれは、淡い光を放って浮かんでいた。
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名前:真鍋昇太 種族:人間
LV:1
職業:テイマー
HP:5 MP:0
腕力:5 脚力:5 体力:10
敏捷:10 器用:5 精神:2
装備:リクルートスーツ、革靴
スキル:魔石喰い
所持金:20000ゴールド
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「……低っ」
思わず声が漏れた。
腕力5って何だ。小学五年生の腕相撲くらいだろうか。
そして精神2という数字を見て、僕は深くため息をつく。
「……そりゃ、うっかり『はい』クリックするわけだ」
自嘲気味に笑った。そのときだ。
森の奥から、低い唸り声がした。
3 金眼の獅子
月明かりで毛並みが金色に輝く獅子が、僕を睨んでいた。
普通のライオンより二回り大きく、額には金の眼がもう一つ、開いている。
「いやいや、待てって。僕、戦闘職じゃないんだよ」
もちろん通じるわけもなく、金眼の獅子は地面を蹴った。
猛然と迫る影に、僕は情けなく目をつぶった。
──ドンッ!
鈍い音がして、地面が揺れる。
数秒してから恐る恐る目を開けると、獅子は木に頭をぶつけて倒れていた。
「……自爆?」
幸運というやつがあるなら、今までの人生の分が全部ここで使われたのかもしれない。
だが生き延びた喜びも束の間、左腕には裂傷が走り、体は震えていた。
そして──腹が減った。
異常なほどに、底の抜けた胃袋のように。
倒れた獅子の胸元には、ひとつの石が転がっていた。
だが“石”と呼ぶには、少しばかり存在感が強すぎた。
十五センチほどもある魔石だった。
まるで世界の中心をちぎって丸めたような質量と気配で、手に取った瞬間、掌がその重さにきしんだ。
光を吸い込み、どこか別の場所の鼓動を閉じ込めているようだった。
僕は思わず息を飲んだ。
こんな化け物じみた魔石を落としていくなんて、この獅子──後に知るがAランクの金眼の獅子──はやっぱり規格外だ。
「食べ物じゃ、ないよな……」
そう分かっているのに、僕の指先は震えながら魔石をつまんでいた。
そして気づけば口に運んでいた。
硬いのに、どこか甘い。金属のような味と、体温のような熱が口の奥へ広がった。
その瞬間──視界が白くはじけた。
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レベルは変わりません。
しかしステータスが上昇しました。
全能力値+50(精神とMPを除く)
──────────────────
HP:55
腕力:55
脚力:55
体力:60
敏捷:60
器用:55
精神:2
MP:0
「……え?」
意味が分からない。
ただ一つ分かることは、僕は魔石を食べて強くなるらしいということだけだ。
だが心の隅で、何か黒いものがざらりと軋んだ。
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4 街ゼパーヌ、そしてギルド
二日歩いて、ようやく街へたどり着いた。
ゼパーヌ王国の端にある港町で、食堂の匂いと船の音が混じる。
冒険者ギルドは酒場と併設されており、あちこちから笑い声とグラスの音が響いていた。
受付の少女が僕の申請書を見るなり、微妙な笑みを浮かべた。
「職業……テイマー、ですね。あの、不遇職なのはご存じで?」
「はい。まあ、なんとか……」
「それと、MP……ゼロ?」
周りの冒険者がこちらに目を向け、くすくすと笑った。
「テイマーなのにテイムできねえじゃん」
「いっそ荷物持ちでもやってろよ」
僕は黙っていた。
こういう嘲笑には慣れている。前の世界では上司に散々言われてきた。
「ギルドランクはAからGまで。最初は皆さんGです。
Dからが一人前ですが……がんばってくださいね」
受付嬢の声には、うっすらとした哀れみが混じっていた。
──スキル欄、空白。
僕は魔石喰いのスキルを申請していない。
その意味を、この時点ではまだ知らなかった。
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5 薬草採取クエストと、ミカリ
二日目。
初歩の薬草採取クエストで森を歩いていた僕は、しゃがみ込んで泣いている少女を見つけた。
濃い茶色の髪をポニーテールにし、白いシャツとショートパンツ。
二十センチ先からでもツンとした気配が分かるような少女だった。
胸元は控えめで、体全体はしなやかに整っている。
「泣いてる?」
「泣いてない!」
彼女の名前はミカリ。
元・勇者パーティの荷物持ちで、昨日クビになり、一文無しになったらしい。
「よかったら、これ食べる?」
僕は持っていたパンを差し出した。
ミカリは驚き、そして少しだけ迷ってから受け取った。
「……ありがと」
「よかったら、一緒に行動しない? 一人より安全だし」
「べ、別に……危ないとかじゃないけど……。
……まあ、ちょっとだけならいいけど」
ツンデレというやつだ。
ただ、その裏にある孤独はなんとなく分かった。
その日の帰り道、ミカリがぽつりと言った。
「昇太ってさ……どんどん強くなってるよね。昨日より速いし、硬いし。なんで?」
「まあ……体質かな」
本当の理由は言えない。
魔石喰い。
食えば食うほど強くなる代わりに──
いつか“魔物”になると言われているスキル。
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6 呪われたスキル
朝の光が木々の間からこぼれ、森の土を淡く照らしていた。
薬草クエストの帰り道、昇太とミカリは何やら言い争う声に足を止めた。
小さな開けた場所に、五、六人の村人が集まっていた。
その中心では──若い母親らしき女性が、赤ん坊に向かって必死に手を伸ばしながら、
二人の男に羽交い締めにされていた。
「お願いだからやめてぇぇぇ!! あの子は……あの子は私の……っ!」
声は涙に濡れ、森全体に響き渡るほど痛切だった。
赤ん坊は地面の上、薄い布一枚で置き去りにされている。
「魔石喰いのガキなんだよ!」
村人の一人が吐き捨てるように言う。
「放っときゃ村が危ねぇ! 化け物になる前に終わらせねぇと!」
昇太は胸が締めつけられるのを感じた。
──魔石喰い。
自分と、同じスキル。
だがそれを言うわけにはいかない。
言えば、この村人たちも、ギルドも、街の衛兵も──自分を同じように殺そうとするだろう。
ミカリは唇を噛みしめ、苦しげに呟いた。
「……魔石喰いは、処分されるしかないのよ。悲しいけど」
拳がぎゅっと震えている。
「むかし本当に“化け物になった人間”がいたって話が残ってる。皆、怖いの。だから……誰も掟に逆らえない」
その声には怒りと悔しさが入り混じり、彼女自身の無力さへの苛立ちも感じられた。
母親は必死に叫び続ける。
「違う! あの子はただの赤ちゃんなの! どうして……どうして……っ!」
昇太は耐えられなくなった。
胸の奥がざらざらと削られ、何かがこぼれ落ちていくようだ。
自分の未来を見ている気がした。
“魔石喰いだから”という理由だけで、存在ごと否定される未来を。
気づけば、体が勝手に動いていた。
昇太は村人たちの前へ歩き出し、赤ん坊の前に立った。
ミカリが「ちょっと、危ないって……!」と手を伸ばすが、もう止められなかった。
「待ってください」
昇太は震えている声を押し殺し、言う。
「その子を殺す理由にはなりません。俺が……引き取ります」
村人たちは呆れたように嘲笑した。
「兄ちゃん、正気か?」
「魔石喰いだぞ? 育てたらお前まで喰われるかもしれねぇ」
「呪われる前にやっとけってのがこの国の掟なんだよ」
「それでも……殺すよりは、ずっといい」
村人の嘲り声より、母親の震える嗚咽の方が重く胸に刺さった。
しばらく男たちは顔を見合わせ、やがて面倒になったのか赤ん坊を雑に押しつけてきた。
羽交い締めにされていた母親が悲鳴を上げる。
「いやぁぁっ! 返して! 返してぇ!!」
男たちは腕を離し、泣き崩れる彼女を放置して帰っていった。
昇太は腕の中の赤ん坊をそっと抱きしめた。
小さな体は驚くほど軽く、なのに彼の胸には重くのしかかった。
ミカリがそっと近づき、赤ん坊をのぞき込む。
その横顔には、悲しみと怒り、そして覚悟が入り混じっていた。
「……あんた、ほんと変なところで筋が通ってるのね」
呆れたように言いながらも、その声はどこか優しかった。
「変なのは自覚してる。でも……放っとけなかったんだ」
ミカリは小さくため息をついた。
「……行こ。こんなところに長くいたら、もっと面倒が増えるわ」
ただし──昇太は言わなかった。
自分も魔石喰いであることは。
この世界では、魔石喰いは“いつか人間ではなくなる”と恐れられる存在。
だからこそ、守らなければならない。
赤ん坊の未来も、自分の命も。
その秘密は、この日さらに深く心の底へ沈んでいった。
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7 ミカリの横顔と、ささやかな夜
安全な場所に赤ん坊を連れていったあと、僕たちは森の端に腰を下ろした。
「……ほんと、バカね」
「そうかな」
「そうよ。あんなことしたら危険人物扱いよ」
でも、と彼女は続けた。
「……嫌いじゃない。そういうの」
風が吹き、ミカリのポニーテールが揺れた。
「勇者パーティではね、誰も困ってる人を助けたりなんてしなかった。効率が悪いからって。
でも昇太は……迷わないのね」
「迷ってたよ。すごく」
「……ふふ」
夜の火が彼女の横顔を照らした。
しかし僕の胸には、黒い影が沈んでいる。
──魔石喰いは魔物になる。
本当にそうなら、僕はどうなる?
ミカリに、どう説明する?
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8 それでも、歩き続ける
焚き火を見つめながら、ミカリが言った。
「ところでさ。
テイマーって基礎能力低いんじゃないの?」
「普通はね」
「でもあんた……なんでそんなに強いの?」
「……秘密」
「むっ。ずるい」
そう言いながらも、彼女はどこか楽しそうだった。
火の粉が夜空に消える。
僕は胸に手を当てた。
──たとえ、いつか魔物になるとしても。
その前に、誰かを守りたい。
そんな思いが静かに形を成していく。
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9 物語は、まだ始まったばかりだ
翌朝、ミカリは僕より半歩前を歩きながら振り返った。
「昇太、次どれ行く? クエスト」
「ミカリが好きなのでいいよ」
「べ、別に私のためじゃなくていいでしょ!」
そう言いながら、彼女の声は少し弾んでいた。
朝日に照らされるポニーテールが揺れる。
僕は思った。
この世界は前の世界より少しだけ優しく、少しだけ残酷だ。
でも、それで十分だった。
物語は、まだ始まったばかりなのだから。
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続きをお待ちください。
初心者なので
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