土曜日
一週間があっという間に過ぎた土曜日の午前。
引継ぎを終えた俺は、クローシュ渓谷国立公園に向かおうと、ベオルード中央駅で切符を買う。
ヴィラは、この一週間、とてつもなく冷たい対応だった……。
あの事件を、あのような終わらせかたをした俺への不満が巨大なんだろう。
だけど……仕方ないじゃないか。
俺はベンチに腰掛け、機関車の発車時刻を待つ。
荷物はほとんどない。
バッグに詰めれば終わってしまう私物の量に、呆れてしまったほどだ。
「ラドクリフ少尉」
ヴィラの声。
視線を転じると、ベンチに背後に彼女がいた。
「切符がないと、入ってこれないぞ」
俺の指摘に、彼女は見送り用の切符を見せてくる。
見送りね……珍しい。
俺がこの時間、ここにいるってよくわかったな……。
……あの時の……あの時も……そういうことか。
そういえば、俺は……この子と会ったことがある。
俺はベンチから立ち上がり、彼女の前で片膝をついた。
「ラドクリフ少尉!」
「これまでの無礼、平にお許しを」
「……少尉、お掛けください」
俺は、彼女に促されてベンチに腰掛ける。
ヴィラも、ベンチに座った。俺と彼女の間には、俺の鞄があるだけだ。
「グラムドゥテル少尉……もっと早く気付けばよかった。ドゥテル……古いグラミア語で、娘……グラムの娘……グラミアの娘……ヴィラ……王女殿下」
「軍役に就かなくてはならないのです……なのでせめて、尊敬するリュゼの英雄殿と一緒が良いと、幕僚長に無理を言いました」
「幻滅なさっだでしょう?」
「ええ……ですが、それが人です」
「ええ……俺は、人です」
「ラドクリフ少尉が……英雄ではなくて、人なのだと知ることができて……いえ、理解することができてよかったと思います」
彼女は前を向いたまま、話を続ける。
「人事のことに、口を出すことはできません……ですが、不正を正すことはできると思いました」
「不正?」
「……近々、不正を働いていた幾人かが、辞任することになるでしょう。証拠を……集めました」
彼女の視線がチラリと動いたので、その方向を見ると女性の旅人が機関車の発車時刻を待つように立っているが……先日の……路面電車の女性であるとわかった。
あの夜、俺の首に刃をあてたのも、彼女なんだろう。
「なるほど……」
「ラドクリフ少尉のお手柄です」
俺は、王女ではなく後輩に、言ってやることにした。
「グラムドゥテル少尉の手柄だろ? 俺はクローシュ渓谷でのんびりやるよ」
「少尉……」
「軍役を無事に務め終えることを祈っているよ、グラムドゥテル少尉」
ここで、拡声器が案内を始める。
「十一時二十五分発リュゼ行きの特急サイベリアン三号にご乗車の皆様は、搭乗券をお持ちになって駅員の案内に従ってください! 搭乗手続きを開始いたします!」
俺は、ベンチを立った。
彼女も、同じく立ち上がった。
彼女が、一歩俺へと近づく。
「ラドクリフ少尉、お元気で」
彼女は、濡れた笑顔を見せてくれた。
俺は頷き、これまでの詫びも込めて、言葉を選ぶ。
「お困りになった際は、連絡をください。しばらくはクローシュ渓谷国立公園にいますので、その時は必ず、お手伝いします」
「……ありがとう」
彼女はそう言うと、大きく頷き、背伸びをした。
俺は、頬に触れた柔らかい感触に戸惑う。
一瞬だったが、俺に動揺をもたらすには十分だった。
ヴィラは、くるりと背を見せて、離れていく。
例の女が、俺を睨んでいた……。