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木曜日

 俺は朝、分署のオフィスに顔を出し、しばらく勤務続きだったので午後から明日の午前まで休むことを大尉に伝え、了承してもらう。そして、不満げなヴィラ……なんでお前が不満なんだよ? とは言わず、明日の午前までにしてほしい仕事を依頼した。


 少女の兄に会うこと。


 時間があれば、放火魔事件のご遺族へ届ける花を選んでもらいたいこと。


 ウェズレイに「お先」と伝え、リヴネ支援病院に向かうために路面電車の駅へと歩いた。そして南北線という路線のホームに立ち、北区行きの電車を待つ。


「ラドクリフ少尉」


 声をかけられ、振り返るとヴィラがいた。


 まずい……。


「お出掛けですか?」


 ……そうだ、俺は休みだ。休みに何をしようがいいはずだ。


「そう。友人を訪ねようと思ってね」

「お友達……」


 いたら悪いか? 


「グラムドゥテル少尉は? ……あ、そうか。大学か」


 ベオルード大学は中央区にあるが、西区にあるここからベオルード大学前駅に向かうには、東西線に乗るよりも、南北線で行くほうが早かったりする……どうしてこんな作り方にした? と開発した奴らに聞いてみたい……一説によると、中央区は旧市街地で、歴史的建造物が多いから開発行為の制限が厳しいので、迂回するように線路を伸ばしていった結果らしいが、本当かどうかはわからない。


 路面電車に乗ると、ガラが悪そうな男が座席三人分を占領していたので、目の前に立ってじっと見つめてやった。


「なんだ? お? こら?」


 こいつらは、どいつもこいつも同じ言葉しか知らんのか? と呆れる台詞だ。


 俺が注意するよりも先に、ヴィラが口を開く。


「こちらのご婦人と、身重の女性に席を譲ってください」


 ……ま、たしかに彼女はこういう人だ。


 チンピラはヴィラに何かを言い返そうとしたが、口を閉じ、開き? パクパクさせると、サッと立ちつり革を握った。


「さ、どうぞ」


 ヴィラは、お腹が大きくなっている女性と、腰がまがるほどの高齢な女性に席をゆずる。


 二人は、チンピラにペコりとし、ヴィラに笑顔を見せて席についた。


 それにしても、チンピラは彼女にビビって席を譲ったが……美人に弱かったのかな?


 ん?


 俺は、つり革をつかむチンピラが、わざとらしく一定の方向を見ていると気付いた。それは不自然な方向だったから、彼が何から逃れようとしているのかと思い、気にしている方向の客たちを見た。


 不審な点はとくに……俺たちのすぐ後ろにいる女性客と目があい、会釈をして誤魔化した。


 彼女は、俺たちに続いて電車に乗ったはずで、俺とヴィラの後ろでつり革につかまっている。


 どこにでもいる、ふつうの女性……他にも、別におかしな客はいない。


 なんだろう?


 俺の勘違いか。




 -・-・-・-




 リヴネ支援病院の正門から中に入る。


 俺がいた頃から、建物も敷地も何も変わっていない。しかし、世話になった医師たちはすでにいないようで、受付で名前を出した医師たちがことごとく異動となっているのには驚いた。


 受付の女性に、手紙の差出人を見せると、その医師のオフィスを教えてくれたので、一号棟を出て、六号棟へと向かう。


 アヴェリア・ブライネ医師……名前から女性だとわかる。彼女からは、エバー氏の状況や指導医に関して聞きたい。


 あの手紙の内容だと、指導医が誰であるのかわからないんだ。


 オフィス……診察室の横にある。


 個室付きの医師となると、そうとうに高給なんだろう。


 在室となっていたので、ドアを叩く。


「はい」

「首都警備連隊西区第二分署で捜査官をしておりますレイルズ・ラドクリフ。ハモン・エバー氏のことでお話をしたい」


 少し間があり、ドアが開いた……美人だ。金髪碧眼で眼鏡が知的な印象を与えてくる。年齢は、三十歳前後に見える。


 彼女は、俺の入室を許可してくれた。


「どうぞ……ハモンさん、自殺なさったそうですね?」


 俺は勧められるがまま椅子に腰かけ、手紙を内ポケットから取り出しながら彼女の言を肯定する。


「はい、残念ながら……捜査は終わっておりますし、俺も今日は非番です。個人的に……俺も元軍人で、この病院でお世話になっていたので、彼の背景を調べています」

「……レイルズ・ラドクリフ……?」

「階級は少尉、身分は騎士です」

「ラドクリフ少尉……レイルズ卿とお呼びしても?」

「呼びやすいほうでどうぞ」

「ありがとう。わたしのことはアヴェリアとどうぞ」

「アヴェリアさん、質問しても?」

「その前に……」


 彼女はデスクに腰かけて、俺が差し出すエバー氏宛の手紙を受け取りつつ口を開く。


「リュゼの英雄って、あなた?」

「ご存知で?」

「すごい! ご存知もなにも! 溝鼠スージリアンたちを蹴散らした英雄をこの国で知らないのは、赤ん坊と入国したての異国人よ」


 正直、照れくさい。


 彼女は感激したように両手で頭をおさえ、目を見開いて俺を見つめた。


「わたし、父から聞いているの……父は戦場で、あなたに命を助けられたと! 本物の英雄だって!」

「……お父様を助けることができてよかったですよ」


 誰のことだかわからないけど、知らない間に人助けをしていたようだ。こういうことはよくある……というと自慢しているみたいだが、戦場で誰を助けた、誰を殺したなんていちいち覚えていない……あの時の戦争では、そういう状況だったんだ。


「なんでも聞いて。知るかぎり、お答えしますから」

「ありがとう。エバー氏へ出した手紙には、指導医が誰だか書かれていない。これは誰です?」

「ああ、指導医はわたしも知らないの。退役軍人支援部から紹介されていたはずですけど?」

「彼の状態はよくなかった?」

「うーん……」


 彼女はそこで、思い出したように立ち上がるとドアを開け、廊下に向かって声を発した。


「すみません! 紅茶とジャムをふたつ! お客様なの!」


 廊下から、男性の声で「わかりました」と聞こえてきた。


 ジャムと紅茶……紅茶を飲む時に、ジャムを食べながら楽しむというこれは、古くからあるこの国の紅茶の飲み方で、グラミア茶と呼ばれて他国でも親しまれている。


 席に戻った彼女は、「ごめんなさい」と言い、「退院した当時のことはわたしも知らないの」と答えた。


「当時、あなたはこの病院にいなかった?」

「いたけど、別の人を担当していた。手紙を出したのは、退院した人への手紙を出す担当を今はしているから」


 複雑な……いや、手紙を出す担当? よくわからない理由だな。


「じつは、俺もこの病院にいたことがありましてね。だけど、手紙なんて一度ももらったことはない」

「あら……じゃ、名簿から漏れているのかしら?」


 ……リュゼの英雄で知られていた俺は、今も目の前の美人医師が感激したように、それなりに名前が知られている。そんな俺が、名簿からもれる? 回復したから?


「名簿は、いつから作っているので?」


 俺の問いに、アヴェリアは天井を仰ぐように考え、答えた。


「たしか、六、七年てところ?」


 俺がお世話になっていた頃も、それくらい前だ……英雄だなんだと褒められ、おだてられ、近づいてくる怪しい奴らとつるみ、酒に薬におぼれ……ヴィダル大尉が俺を訪ねてきて、この病院にいれて治療を受けさせてくれなければ、あのままクズ、クソ、ゴミとして生きていたに違いないと思う。退院後、大尉と署長のおかげで、俺は軍……いや、人間に復帰できた。


 当時のことを少し思い出し、俺は運がいいと思いながら改めてアヴェリアに問う。


「それなら、俺にも手紙が届くはずだけど?」

「うーん……わたしは名簿通りに送るだけだから、名簿を作成した庶務課のほうを紹介しましょうか?」

「ありがとう、助かります」


 ここでドアが開き、紅茶とジャムが運ばれてきた。


 飲まないのも失礼なので、ジャムをスプーンですくい、紅茶を飲む……あんまり美味しいジャムじゃないな……ん? やけに苦い……おかしい。


「このジャム……」


 俺はそこで、一気に襲ってきた睡魔に抗えなくなる。


「ごめんなさいね」


 アヴェリアの声が聞こえるとほぼ同時に、俺は意識を失っていた。




 -・-・-・-





「起きろ」


 頬を叩かれて、声をかけられた。


 薄く瞼を開くと、頭髪が薄くなった白鬚の男が目の前にいて、俺は椅子に縛られているとわかる。


 背後にまわされて縛られた手にはめてある手錠は、魔導士の魔法発動を封じる呪法付手錠であると、火炎フレイムの魔法が発動しないことで理解した。


「無駄だよ、君の魔法は封じてある」


 初老の男……外套は濡れているので、まだここに来て間もないとわかる。


 ここ?


 窓がない部屋。


 しかし、あの病院のどこかだろう。


 自然と、恐怖心はない。


 男は一人、他には誰もいない。


 彼は、俺の正面に置かれた椅子に座っている。


「レイルズ・ラドクリフ……三十五……三十六歳にもうすぐなるな、独身。故郷はオデッサ州セバスポリ。両親とは疎遠。第二分署に入る前は、酒と薬物におぼれて死にかけていた……そして、おそらく我がグラミアで現在、もっともスーザ人を殺した英雄だ」


 スコアなんて、いちいち覚えていない……初老の男は、俺のことをベラベラと喋ったが、一呼吸おいた。


 俺は、彼から目を逸らさない。


 その男は、少し笑ったようだ。


「特に、真面目なわけでも、熱心でもないはずのお前が、どうして終わった事件をかぎまわる?」

「納得いかない」

「納得? この世の中に納得できることがはたしていかほどあるというのかね?」


 男はそこで、誰かを招くような手振りをする。すると、俺の背後でドアが開く音がして、数人の足音がした。


 アヴェリア! ……男二人。男のうち一人は、一枚の紙をもっていて、何かが書かれてあるとわかった。


 彼らは、初老の男の背後に立つと直立する……軍人だな。


「儂は、クロード・ジェリドだ。ラドクリフ少尉」


 どうせ偽名だろうが、その名を出すことで、関係者であると俺に伝えた男の意図は何だ?


「この者たちから、報せを受けた。事件のことを調べ続けるならば、上司たちに迷惑がかかることになる。いや、本人たちだけで済めばいいがね……署長のご子息は新婚であるのに気の毒なことになるかもしれんし、大尉は大事な子供たちと会えなくなってしまうかもしれない」


 軍にいるであろうこいつらにとって、簡単に知ることができるし、可能性の話として俺に伝えたことも、実際には難しくないのだろうと理解できる。


 不思議と冷静でいられるのは、俺はこの初老の男が、交渉で来ているのだとわかっているからだ。


 理由は言語化できない、いわば直感だ。


 俺が黙っていると、クロードと名乗った男が言を続ける。


「君には、従えと言ったところできかないし、一方で我々には、君をここで害そうという気もない。だから、取引だ。君の周囲はこれまで通り、日常をおくることができる。その見返りに、君は事件の調査をして、犯人を見つける。どうだね? 望むものだろう?」


 どういうことだ?


 俺は口を開くも、渇いた喉で掠れた声しか出なかった。


「調べられたら、困るからこうして監禁したのでは?」

「事件に関して……純粋に、殺人事件に関してのみ調べるならば問題ない」


 ……それはつまり、殺人犯とこいつらは無関係……そして、金の動きは無視しろということだ。


 俺は、喉の痛みに堪えながら問う。


「偉いさんが私腹を肥やしているというより、軍のどこかの部署が、組織で裏金を作っているんだな?」


 俺の読みに、アヴェリアが両目を鋭く細めて口を開く。


「閣下、やはりこいつは――」

「黙れ」


 アヴェリアを制したクロード・ジェリドは、自分の顎を撫でながら言う。


「その質問には答えられんが、まぁ、やめておけ。また会うことになる……次は、こういう穏やかな会話とはならないぞ」

「忠告、ありがとう」

「なに、リュゼの英雄が不審死、行方不明とれば、さすがに表に出てしまうからな。それに、王家の方々もお嘆きになられるだろう。儂らはべつに、国家転覆や反王家ではない。それとは真逆であるから、こういうことをしなければならんのだよ」

「ひとつだけ……ハモン・エバーは、自殺じゃないんだな?」

「いや、彼が自殺したのは間違いない」


 クロードの回答に、俺は首を傾げた。


「おかしいだろ? 彼には死ぬ理由なんてなかった」

「いや、あった……というか、できたのだ、ラドクリフ少尉」


 クロードはそう言うと、男が持つ紙を受け取り、俺の目の前に広げて見せる。


 それは、契約書だ。


 彼らは、俺の周囲に危害を加えない。


 俺は、金の動きを追わない。


 クロードが言う。


「お互いに、信用できないので書面を交わそうじゃないか」

「信用できない相手と、契約をしても無駄じゃないのか?」

「契約ごとだ……君と同じように、我々も契約に従う」


 いいだろう。


 だが、教えてほしいことがある。


「サインする前に……エバー氏が自殺しなければならなくなった理由ができた……それが、あの事件という理解でいいだろうか?」


 俺の問いに、クロードは右の口端だけを吊り上げるような笑みを見せ、俺の手錠を外すようにと男たちに命じた。


 答えてもらえていないが、俺には十分だ。


 クロードは、まったく別のことを口にする。


「ラドクリフ少尉、再会したくない。よろしいな?」


 クロード・ジェリドと名乗った男の言葉に、俺も心からの同意で頷きを返し、ペンを受け取った。




 -・-・-・-




 目隠しをされて、連れて歩かれ、十を数えて目隠しを外せと言われてから、十を数えた。


 目隠しをとると、そこはリヴネ支援病院の正門脇だった。


 歩いていた時間からして、やはりさっきの場所は病院内で間違いない。階段を何度か上ったので、地下にあることもわかった。


 だが、突っ込んだりせず、おとなしくしておこうと思う。


 上着の内ポケットには、契約書が入っている。


 雨は止んでおらず、雨よけのフード付きマントのフードをかぶって、その場を離れた。


 そうとうに時間が経っている……空には星が……雲でわからないが、夜には違いない。


 困った時は、現場に戻る。


 これまで、捜査において壁にぶちあたった時に現場に行くと、物事がうまく進みだした経験があった。今回も、それにすがろうと思い、路面電車に乗る。


 車窓から外を眺めていると、自動車の数と馬車の数がほぼ同数に思えた。時代はめまぐるしく動いているが、人間のほうが取り残されているように思える。実際、俺は自動車なんて怖くて運転したくない。壊れたらどうするんだろう? と思ってしまい、馬のほうがよっぽど安全だと思う。


 レイクレイ街区に行くには、途中で東西線に乗り変える必要がある。


 四駅ほど、通過した。


 車掌が、次の駅を告げる。


「次は、ベオルード大学前駅。降り口から右手方向は車道のため、横断はご遠慮ください」


 ヴィラが乗ってきませんように、と願っていた俺は、ホームに立つ銀髪を見て、まさかと思うも、本人だった……。


「あ、ラドクリフ少尉」


 彼女は……いつ着替えた? と思うほどに鮮やかな変装で、どこからどう見ても学生……たしかに美人だよな……。


 彼女は、当然のように隣に来て、吊り革につかまる。


 周囲の視線が……そういうんじゃない! と思うも、彼女がどこからどうみて学生の姿なので、軍人のくせに学生に手を出した男……と思われても仕方ないかもしれない。


 俺は、わざと周囲にも聞かせるように、彼女に言う。


「グラムドゥテル少尉は、学生に偽装するのが上手いな」

「……?」


 怪訝な表情をされたが、お前じゃなく、周りがわかればいいのだ。


「あ、それよりもですね、わかったことがあり――」


 彼女は、さっそく行方不明の少女に関することを喋ろうとしたので、目で合図して黙らせた。


 それから俺たちは、レイクレイ街区駅で降りる。


 俺は現場に行こうと思ったのだが、どういうわけか、彼女も降りたのだ。


 駅から宿まで、彼女は俺の少し後ろを歩きながら、行方不明の少女に関することを話した。


「意外ですが、かなりの問題児だったようです。品行方正を求められ過ぎてこじれてしまったのですね……お兄様は今でも彼女の身を案じていますが、このままどこかで自由に生きているならそれでいいという気持ちもあるようです」


 歩きながら、彼女の話を聞く。


「ただ、お兄様は違う心配もされていました。家出前……というより、いつからのことなのかはっきりわからないそうですが、エレーナは動物を殺して腹を裂いて……残酷なことをする奇行があったようです。それが原因で、ご両親は彼女のことに触れなくなって……」

「ちょっと……待て。腹を裂く?」


 ピンときて……しまった。


「それは、これから向かう先で起きた事件の被害者がされていたことだ……偶然か?」

「偶然……とわたしにも思えません。ですので、早くお伝えしたかったのです」


 俺はここで、何か大事なことを思い出しそうな感覚に襲われた。


 なんだ?


 俺は、大事なことを知っているぞ……ヴィラがエレーナの兄貴から聞いてくれた話のおかげで、その時は聞き流していたことが、実は大事なことだったと脳みそが訴えている。


 なんだ?


 宿……コバーシだ。


 あの宿で、家出少女の面倒をみていたと聞いた。


 俺は、家出少女が売春の場所に使っていたと勝手に思ってしまっていた……ああいう事件の後だから、そっちと関連づけて処理をしていた……違う。


 逆だ。


 あの家出少女は、エレーナと繋がる。


 問題の宿が見えてきたが、俺はそこには向かわず、コバーシの家へと向かう。ヴィラは何も言わず、俺についてきた。


 彼の家は、宿――職場から近いボロアパートの二階だ。取り調べを受けた彼の住所はしっかりと記録されていたし、俺も記憶できている。


 訪ねると、酔っぱらったコバーシが俺とヴィラを見て、目を丸くしていた。


「おや? おやおや? これはどうもご苦労様でございますね!」

「コバーシ、水を飲め」


 俺は彼の首根っこをつかみ、驚く彼を無理にシンク台まで連れていき、甕の水を柄杓ですくって頭からかけてやる。


「うわ! 冷たい!」

「酔いを醒ませ。礼はするから」


 ヴィラが何かを言いたげだが、無視してコバーシの頭に水をかける。


「大丈夫! 大丈夫です!」


 彼を椅子に座らせ、俺はヴィラに「写真を」と言った。


 彼女は抱えていた茶封筒から、エレーナの写真を取り出す。


「コバーシ、この子、知っているか?」

「……ああ、この子ですよ、エバーさんがカコっていた子」


 ああ! 主神オルヒディン、感謝します!


「今は、どこにいるか知っているか?」

「知りません……あれっきりで」

「心当たりは?」


 コバーシは濡れた髪をガシガシとかき回すと、「あ」と声を出した。


「あるのか?」


 俺の問いに、コバーシは頷く。


「その子を連れてきたのは、仕事でよく部屋を使っていた女です。名前……思い出せない。オーナーが裏でつけていた帳簿にあったかな?」


 ……それは、捜査終了ということで保管室に持っていかれた。閲覧するには、署長の許可が必要だ。


 つまり、無理だ。


「帳簿はここにはない。コバーシ、思い出してくれ……酒、おごってやるから」

「……そちらの美人さんの酌つきで」


 こいつ! 思い出しているのを嘘ついていたな?


「思い出しているだろ? 嘘つくなら後悔させるぞ」

「リナ……ていう名前です。ジュリナって呼ばれているかも」


「どこに行けば会える?」

「劉一家のとこの娘ですので、そちらに聞いてみたら? 俺から聞いたってのは――」

「わかっている。これが嘘なら、お前は終わりだぞ、わかっているか?」

「嘘じゃありませんよ……その子がどうかしたんですか? 家出少女も何か?」

「いろいろとありすぎなんだ」


 俺は言いながら立ち上がり、ヴィラを見た。


「ここからは一人でいい。帰れ」

「嫌です」

「命令だ」

「従いません」

「……」


「連れて行ってくれないのでしたら、報告しちゃいます」


 こいつ!


 くそ……しかたない。


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