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水曜日

 納得いきません! とヴィラに言われるかと思ったが、彼女はあっさりしたものだった。


「ラドクリフ少尉が、それでいいと仰るならかまいません」


 そう答えた彼女であるが、その目は冷たく、声も感情がこもっておらず、いやぁな感じだ。


 ヴィラに、例の事件に関する捜査打ち切りを伝えた朝の出来事である。


 周囲の視線を集めながら作業――俺の隣でヴィラが書類仕事をしているので、羨ましいという目線が集まるのである……代わってやりたいよ!


 昼となり、ヴィラは食事に出掛けていったので、こっそりと、別行動をとることにした。


 分署建物の地下へと降りて、証拠品を保管している保管室に入る。


 エバー氏の持ち物をおさめた箱を全て棚から出して、閲覧用の円卓にひとつずつ乗せ、確認していく。


 ヴィラがすでに見た手紙類も、差出人を確認してみた。


 ……俺は、捜査をやめるんじゃなかったっけ?


 変にやる気だしてどうしたんだろう? という思いながら、その手紙の差出人を見たところで作業を止める。


 それは、エバー氏が怪我をして戦場から離れた先、治療の後に、お世話になった復帰支援施設の担当医からのものだ。


 その施設、リヴネ支援病院……は、怪我の治療というよりも、病んだ心を癒す治療をおこなう場所だと、俺は知っている。


 俺も、そこにいた。


 おそらく、俺と彼がいた時期は重なっていない。


 それでも、数年で内容が変わることはないはずだ。


 手紙の内容は、定期的に近くの退役軍人支援課の窓口に通って、指導医と話をするようにしてくださいというものだった。


 俺は、手紙が保管されている箱の中を漁って、リヴネ支援病院からエバー氏に届いた手紙を全て卓上に並べる。


 三通……内容はまったく同じものだ。


 切手は貼らなくても良い郵便物……まとめて軍が支払うので、切手ははられていないが、受付印が押されていて日付はわかる。


 毎月、一日になると郵便局に出されていたことがわかる。


 俺宛に、こんなものが届いたことはない……指導医か……て、おかしい。


 おかしい。


 どうしてエバー氏は、こんな手紙をずっと保管している?


 古い……ものだと、半年前か……。


 俺は、証拠品を片付けて、六通の手紙だけを手に保管室から出た。




 -・-・-・-




 リヴネ支援病院は、ベオルード市北区にある。ヴィラと別行動をとる機会がある時に行ってみようかと思い、少女失踪事件の調査に戻った。


 エレーナ・スヴァルチャは、行方がわからなくなってから一月ひとつきがたつ。最初の二週間は分署全体であたっていたが、事件が多すぎるせいで次第に規模が縮小され、今では俺一人が他の事件とかけもちであたっているに過ぎない。


 十六歳で、大人びた子で綺麗な顔立ちだった。彼女の家族はどういうわけか、彼女が行方不明になったと、近くの詰所に相談するまで一週間もかかっている。それも両親ではなく、彼女の兄が詰所の兵士に説明したというのだ。


 ここから、すでに何か怪しいと思っていたが、それらしい死体が見つかっていないし……最初は、あの宿の死体はもしかしたらと思ったが顔が違った……。


 スヴァルチャ家は、ベオルードで貴金属を扱う商会をしており、グラミラ証券取引所に上場もしている。店はベオルード本店のほか、オルビアン支店、キアフ支店と国内三店舗を経営しており、昨年の売上は三十憶リミエを上回っていた。


 もしかしたら、身代金目的の誘拐かと疑っていたが、身代金の要求がないのでこれは違う。


 あとは、なんらかの事件に巻き込まれてしまったか、自ら姿を消した可能性。


 スヴァルチャ家の集合写真を眺めていると、放火魔事件の報告書作成をしていたヴィラが、写真をのぞいてきた。


「写真、誰のですか?」

「行方不明の子」

「ああ……例の」


 彼女はそこで言葉をきると、放火魔事件の書類を俺に差し出しながら言う。


「終わりました。サインください」

「あ、はい」


 サラサラとサインをして、彼女に返すとヴィダル大尉のデスクへと持って行った。


 大尉は、俺をちらりと見ながら言う。


「どこかの誰かと違って、書類仕事が早くて正確だ! すばらしい!」


 悪かったですね! 


 ヴィラが自分の席に戻り、俺のデスクに広げられた少女失踪事件の資料を手にとる。


 勝手に……。


「ご家族が、行方不明であるという相談を詰所にしたのが一週間後というのは、どうしてでしょう?」

「家出かと思ったそうだ。恥だから黙っていたが、あまりにも帰ってこないということで、彼女のお兄さんが詰所に来たと」

「お兄様が来られなかったら、事件にもなっていないですね?」

「そうだ」

「ふつう、こういう時はご両親ではないですか? 心配ではないのでしょうか?」

「心配しつつも、家の恥になるのではと不安だったそうだ……君がやるか?」

「いえ、例の事件の新しい証拠かと思ったもので」


 ……俺がまだこだわって、勝手に調査をしていると?


 堂々と、デスクに広げるかよ。


 俺は作り笑いをして、答えた。


「ははは……そんなわけない」

「ラドクリフ少尉が、担当なさってからずっとお探しに?」

「他の事件と並行して」

「もし、家族との間でなにかしらの問題があり、抜け出したまま帰らない……となると、それも彼女よりも家の恥を案じる家族……であれば、お兄様にくわしく家の問題を聞いたほうが良いのでは?」

「……しようと思っていたけど、断られていてね……ご両親から」

「捜査への協力は、市民の義務です」

「分署の署長のほうに、市議会のほうを通してスヴァルチャ家への訪問と、家族への接触は遠慮するようにと言ってきたんだよ」

「……自分の娘よりも、大切なものってなんなんでしょう……」


 ……なんだ? 何か思うところがあるような表情だな。


 彼女の表情に変化を齎したものは何かを探りたく、じっとその顔を見ていると目がった。


 ヴィラが、無表情となり口を開く。


「あまり、見ないでください」

「……」


 周囲のやつらが、俺をひやかすような表情をしやがる……。


 俺も美人は好きだが、見てくれよりも優しくて、笑顔をよく見せてくれて、価値観が似ている人が好みだ! と言ってやりたい。


 あと、おっぱいは大きいほうが好きだ……。


「じろじろ、見るのやめてください」


 ……。


 俺は写真へと視線をもどし、ヴィラのいう、家族の問題を調べるのが近道だという案は悔しいが間違いではないと考える。


 どのような問題だったかを知れば、エレーナがどこにいるのかを調べる手掛かりになるかもしれない。


「彼女のお兄様は、何をなさっておられるのですか?」

「ベオルード大学の学生だよ」

「この写真では、誰になります?」


 俺は、一人の青年を示した。


「この、エレーナの隣に立つ青年だ」

「ベオルード大学に、私が行ってきましょう」

「……警備連隊の捜査員です、て名乗った瞬間に、大尉や署長に迷惑がかかる」

「わたしはこの前まで、士官学校の学生でした。少尉よりも若いですし、紛れ込めます」


 ……悪くない案だ。


「でも、どうやって彼に近づく?」

「エレーナの友人で、彼女を探していると言って近づきます」

「……じゃ、これが彼女の資料だ。頭にいれておいてくれ」


 俺は、エレーナの資料をヴィラに渡した。


 彼女と別行動をとれるし、調査に進展が期待できるし、これはいい。




 -・-・-・-




 夜。


 雨は、まだ降っている。


 いつやむんだよ……ずっと降りやがって。


 アパートメントの入り口(エントランス)から共用部に入り、ポストを開けて郵便物を取り出す……つもりだったが、空だ。


 階段をあがり、三階の二号室の鍵を開けた。


 食堂、居間、寝室、シャワーと手洗い、そして物置き。


 台所の流し台に、買って帰った夕食の包みを置き、濡れたフードマントを脱ぐ。昨日のフードマントはまだ渇いておらず、三着目を買わないといけないのかと嘆きながら浴室に入る。


 小便をして、煙草ケースをシャツのポケットから取り出す。そして一本をくわえ、火をつけた。


 天気が悪い日は、煙草の味もちがうと思う。


 椅子に座り、円卓に肘をついて煙草を吸う。陶器の灰皿は吸殻でいっぱいになっていて、これで火事になったら笑えないなと苦笑した。


 いちど立ち、食事の包みを掴んで椅子に戻る。


 チーズとハム、野菜をパンで挟んだサンドイッチと、二本の瓶はブレンデッドウイスキーと、水だ。


 寝て、起きて、糞して、出掛けて、帰ってきて飯を食い、寝て……繰り返すだけ。


 人間は、この繰り返しを死ぬまで続けるしかない……ただ、その繰り返しの中に、様々な出来事があるから飽きないのだろう。


 でなければ、退屈すぎる。


 ふと、戦場の記憶が蘇る。


 忘れたくても、忘れられない。


 頭痛をごまかそうと、酒を飲んだ。


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