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月曜日後半

 あいかわらずの雨。


 弱まったり、強まったりと変化はあれでも、雨であることは変わりない。


 フードを被って、路面電車に乗り込んだ。


 俺が配属されているベオルード市西区の第二分署は、ベオルードでも有数の歓楽街を管轄下においている。第一から第十まで係があるのは、それだけ事件が多いってことで、もうすぐ十一係が増えるらしい。


 俺も、同僚たちもあれこれと仕事を抱えているから、回らなくなってきている。


 今回のように、派手な殺人なんかは注目を浴びるから、今のようにつきっきりで捜査するが、これが片付いたら、少女失踪事件の捜査を再開させないと……あと、放火魔の報告書も作らないと……嫌になる。


 目的の駅につき、路面電車を降りた。


 ガス灯で輝く大通りを歩き、雨でも賑やかな街を進む。


 酒場、賭場、闘技場などの賑いから少し離れた裏路地へ入り、ぽつぽつと明かりが漏れるドアのひとつを叩いた。


 ドアの小窓が開き、男が顔を見せるも、俺を見るなり小窓を閉める。


 ドアを蹴って、殴って、蹴ろうとしたところで再び小窓が開いた。


「ラドクリフさん……勘弁してください」

「違法売買春の調査じゃないんだ。殺人事件の捜査だ。協力してくれ」

「お断りします」

「魔法でぶち壊すぞ」

「今、開けます」


 男――エンタンは黄色人種で、大陸東部からの移民の子孫だ。西区にある有名な歓楽街――レイクレイ街区で活動する裏組織リュウ一家の下っ端である。


 中に通されると、受付のカウンターには煙管をくわえた美女がいて、俺を見ると笑みを浮かべた。


「ラドクリフさん、いらっしゃい。仕事は忘れて遊んだら? いい娘をつけるよ?」


 リュウ一家の理事の一人、リュウエンだ。彼女とは別事件の捜査で交流があり、お互いに知った仲……健全な協力関係だ……健全? というと問題があるかもしれないが、癒着とかそういうものじゃない。あくまでも、過去に、事件でお互いを助け合った結果、それぞれに属する組織は真逆だが、信用できる相手であると思っている……という回りくどい関係だ。


「そうもいかないんだ。宿で殺された女性の事件、知っているよな?」

「もちろん。ラジオをつけたらそればかりだもの」

「おお! ラジオ、買ったのか? どう?」

「いいよ。暇さえあれば、歌劇を聴いているわ。音は悪いけど、無いよりはマシかな……で、その女はうちの商品じゃないわね」

「同業者で、帰ってこない子がいるって騒ぎになっていたりしないか?」

「ラドクリフさん……どうしてその女が、うちらで管理している商品だったと思うのさ?」

「……そうじゃないという確証を得ないからだよ」


 リュウエンは微笑み、煙管を俺に差し出す。


 彼女の吸いかけを分けてもらい、煙を吸い込んだ時にリュウエンが言った。


「管理している商品が、仕事に出て行ったきり帰ってこない……この時点で、おたくらが現場に駆けつけるより先に、うちらがそこを固めちゃいますよ、ラドクリフさん」

「……そうか」

「派遣する宿、相手、うちらが何も確認しないままホイホイと送り出すわけないでしょうが」

「それはまあ……そうだろうと思うけど」

「今度の子は、野良さ」


 野良……つまり、組織の管理下におかれていないってことか。


 俺は、当たり前の質問をする。


「リュウエンたちは、目をつぶっているのか?」

「生きるために必死なんだ……子供を養うために、老いた親のために……惚れたバカのために、自主的に夜の街に立つって女の邪魔はしないが……助けもしない」

「そういう女性を、利用して金儲けするクズどもを知らないか?」

「うちらみたいなモノホンになる度胸も頭もない半端は多いが、そいつらがここで偉そうにしているのは、結局、うちらがそいつらの後ろにいるからだよ、ラドクリフさん」

「言わせて悪いね……」

「いいさ、酒を奢ってよ。エンタン、店にいな」

「はい!」


 身体の線を強調するドレスをまとったリュウエンは、それはもう美しい。


 絶世の美女……だが、俺よりもずっと年上なのに若く見えるこの女性に連れられて、裏通りの店に入った。


 店主はリュウエンを見るなり、一礼して「奥をどうぞ」と言う。


 リュウエンの背中……スタイルいいので目のやり場に困りながら、脳内で『五〇過ぎだぞ』と自らに言い聞かせてスケベ心をおさえて、後に続いた。


 奥の個室に通されて、ソファに腰掛けた彼女に誘われてその隣に腰掛ける。


 シングルモルトが運ばれてきて、グラスをそれぞれが持ち、酒を注ぎあい、乾杯した。


「英雄を引退した男に」

「復讐を成した母に」


 軽くグラスをぶつけあい、同時に口をつける。


 リュウエンが煙管を、俺は煙草をくわえる。


「今、政府の失策続きで景気が落ち込んでいる。失業率は上がり続けて……そんななか戦争で、夫を失った妻が多くて……再婚斡旋が流行ってきている……紹介しようか?」

「婚約者に逃げられた時の記憶が強烈すぎて……まだムリ」

「情けない……ま、いいさ。で、話を戻すと、そういうビジネスは、行政がやるものと、民間がやるものに別れて……表側だね。もちろん表には裏がある。この裏……というとうちらが関わっているように思われそうだけど、ちがう。言ってしまえば……男に死なれて収入がなくなり、見舞金も使い果たして……働く場所を探すも見つからず、だけど子供はお腹をすかして……手っ取り早く稼ぐ方法……だけどうちらの扉を叩く度胸なんてない……」

「そういう女性は、どうやって客を探す?」

「酔っ払いが、声をかけてくるのを待つのさ……酒場でね」

「……それこそ違法売買春だな」

「取り締まろうったってムリだよ。酒場で酒を飲んでるうちに意気投合して、そういう関係になった。会話の流れで、売る側が困っていることを買う側に相談した……そうしたらなんと! 買う側が善意で、これを生活のタシにって金を差し出して……売る側は感謝感激さ……売る側、買う側とわたしは言ったが、彼らはこう言うだろう……寄付、援助だ」

「……そういう理解が成り立つものか?」


 リュウエンは煙を吐き出し、酒を舐めるように飲むと薄く笑う。


「ひねくれたやつが考えたに違いないよ……」

「そういう女性たちは、横のつながりがあって、そういう方法を共有しているのかな?」

「……そこはもう、おたくらのお仲間だよ」


 俺のお仲間?


 ……。


 戦傷者と戦没者遺族の支援をする部署……ベオルードでいうと、退役軍人支援部がそうか……。


「犯人は自殺だってね? それで幕引くそうじゃないか?」


 上層部が、あのよくわからん遺書で、事件が終わることを良しとした理由は、これだったのかもしれない。


 もっと単純な……迷宮入りする前に終わらせろ的なものかと思っていた……。


 そうか。


 そうであれば、繋がるところがある。


「……エバーは元軍人……宿を経営していたのは、協力するために?」

「さぁ? さ、話すことは話したよ。今度はわたしが質問する番」

「……わかった」

「影から入った情報……ラドクリフさん、実はわたしもおたくに用があったのさ」

「俺に?」


 俺は酒のおかわりを彼女のグラスに注ぎながら、咥え煙草の煙に目を細めた。


「そう、あんたに。最近、ベオルードに新しい組織が入ってきている……どこから招き入れた?」

「俺は知らない……というか、リュウエンが言うなら事実だと思うからこう言おう。俺の役職や身分じゃ知らされていない」

「分署の第一係のラドクリフさんも知らないってことは、もっと上か……」

「警戒しないといけない相手?」

「そう……これまでも、もしかしたらいたのかもしれない。だけど、最近になって目立ち始めて、うちらはようやく気づいた、その存在に……うちらでも、それまでは気づかなかったんさ、ラドクリフさん」


 そうとうな手練れたちってことか……。


 俺は財布から、一万リミエの紙幣を出してテーブルに置く。


 リュウエンは、苦笑した。


 立ち上がる俺を、彼女は見上げて口を開いた。


「もうお帰り?」

「仕事の途中なんだ。その組織、俺のほうでも調べておくよ。なにか特徴はあるか?」

「女だけの組織……わかったら教えて」

「ああ」


 部屋から出ようとした時、リュウエンに呼び止められた。


「ラドクリフさん」


 肩越しに彼女を見ると、グラスを掲げていた。


 彼女は言う。


「あんたのおかげで、娘の三回忌を来月……来てくれるかい?」

「もちろん……いいのか? 俺が顔を出して」

「娘もきっと喜ぶ」

「光栄だよ、じゃ」


 さて、分署に戻ろう。




 -・-・-・-




 路面電車の終電で、分署まで帰った。


 当然、ヴィラは帰宅しているだろうと思っていたが、彼女は暗いオフィスでランプを頼りにまだ仕事をしていた。


 俺は、自分のために買った珈琲のカップを、彼女に差し出す。


「はい、差し入れ」

「ありがとうございます……ラドクリフ少尉、郵送物のなかに、親しいと思われる個人は見当たりませんが、気になる郵送物があります。見てください」


 俺はデスクに座り、彼女が差し出す封筒の束を受け取る。


 脚を組み、束になった封筒をひとつずつ確認した。


 オルタビウス&マークナーという、オルビアン市に本社を置く金融機関のベオルード支店から発送されたもので、中の書類は全て送金完了証明書と残高証明である。


「まとまったお金を、クロード・ジェリドという人物に送っていたようです」


 ヴィラの言葉に、俺もうなずく。


 毎月五日……五日が金融機関の定休日であれば明けての営業日に、決まって一〇〇万リミエという額がクロード・ジェリドという人物に送金されていた。一〇〇万リミエは国家公務員たる俺にとって十五週分の給金と同程度の額だ。それを毎月となると、年間で一二〇〇万リミエ……。


「グラムドゥテル少尉、ありがとう。突破口が開けたかもしれない」


 俺の言葉に、彼女はうつむいてしまった。


 なんだ?


 感謝したのに……いや、感謝ではなく、謝罪すべきだったか? 遅くまでごめんて? 


 ……とにかく、帰らせんといかん。いいところのお嬢ちゃんが遅くまで……明日は休んでもらったほうがいいかな? 彼女になにかあったら、大変だから……士官学校出のエリートを、俺が潰したとなると俺だけでなく、ヴィダル大尉や署長まで迷惑がかかってしまうかもしらんし……。


「ラドクリフ少尉!」

「はい!?」


 ヴィラが突然、声を出してパッと顔をあげたので変な声が出た。


「わたしは……役立ちましたか!?」

「は……はい、それはもうとっても」


 ……また、うつむいてしまった。


 わからん。


 ともかく、帰らそう。


「グラムドゥテル少尉、家に送ろう。帰る道中で、俺が得た情報も伝える」


 路面電車は動いておらず、事件があった早朝と同じように、厩舎へと行って馬を借りた。


 ヴィラはさすが士官学校出で、乗馬も見事にしてみせる。


 俺は道中、生々しいお話は抜きにして、軍の支援部がそういう情報の共有に関係しているという可能性の話をした。そこに送金記録と、少なくない額の資金……ここからは推測だが、エバー氏は取引に場所を提供する立場として、そういうビジネスをする人たちに認知をされていたのではないか。彼はそういう場所を提供する報酬として、宿代とは別に報酬を受取り、その利益を協力者と分配して……。


 話しながら、俺は疑問を感じて口を閉じる。


 隣で馬を進めるヴィラが、声をかけてきた。


「どうしました?」

「あの日、宿泊客は別にいたのではないか?」

「……帰らせた?」

「そう。あの医者は本当にただの客だった。応援先の医療機関で確認もとれていた……だが、夜だけの、短期間の使用は裏帳簿で管理していたんじゃないのか? コバーシも夜は宿にいない」

「そうですね……あの、よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「となると、エバー氏があの宿を購入する資金……も、協力者がいたから用意できたのではないでしょうか」

「……その協力者は、自分が表に出ることは避けて、金だけを出した……そして、見返りに金を受けとり続ける。投資みたいなものか」

「明日、合同庁舎の支援部を探ります」

「いや、やめておけ」

「どうしてですか?」

「不正をやっていますか? と、不正をやっている本人に質問して、はい、と答えるわけがないだろ。それに……明日、支援部に顔を出して、こうこうこういう理由で来ました。クロード・ジェリドさんはこちらにいますか? て質問するか? いないに決まってる。あれは偽名だよ」

「……では、どうするんです?」

「君の発想はいいと思う。ただ、支援部じゃなくて金融機関をあたってみる……どうした?」


 また、うつむいている……。


 深夜の市街地は人通りがなく、無言となったせいで馬の蹄が道路を叩く音だけがひびく。


 途中、警備連隊の警邏分隊と何度かすれ違った。


 分署から馬でしばらく進んだところで、ヴィラが馬を停めた。


「ここです」


 高級アパートメントの正門前……ムカつく!


「馬、俺が預かろう」


 彼女が馬から降りて、俺は分署まで戻る。


 いいとこのお嬢ちゃんめ……。


 あ! 明日は休めって言い忘れた。


 俺は慌てて振り返る。すると、彼女はアパートメントには入らず、そこに立って俺を見ていた。


「あ」

「あ」


 二人同時に、変な声が出た。


「な……なんですか?」


 ヴィラの慌てた様子に、どう反応すればよいか迷ったが、伝えるべきことを優先しようと思う。


「明日は休んでくれていいから……遅くまですまない」


 さ、帰ろう。


 俺も帰って、寝よう……明日、俺も休みたい……休みたいけど、銀行に行かないとな。


 ふと、気になって肩越しに背後を見ると、ヴィラはまだそこに立って俺を見ていた……。


 なんだ?


 変な女だ……。


 いや、俺が完全に去ってから、部屋に戻るつもりなんだろう……号室を知られたくないってことだな。


 お前なんかに、スケベ心も生まれないよ。


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