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月曜日前半

 午後になって、オフィスに出勤すると大尉に手招きされた。


 ……昨日は、当直明けでも頑張って夕方まで働いたんだ。遅く出てきたっていいじゃないか!


 大尉のデスクの前で直立する。


「休め」

「は!」


 休めの体勢をしたところで、大尉が言う。


「貴様、第一発見者を疑っているようだな?」

「は! は?」

「疑っているのか、いないのか、どっちだ?」

「疑っております」

「昨日、グラムドゥテル少尉から聞いた――」


 あいつ、いらんことを言いやがって!


「――ぞ。報告書も読んだが、お前の推測がもしあたっていたとして、あの宿の主人の知り合いが犯人か?」

「ではないかと疑っております。エバー氏が犯人である可能性……犯人をかばっている可能性……前者の場合は、足跡の問題と血のついた衣服をどうやって処分したか、を探る必要があります」

「あの宿からは、何も出なかったのだな?」

「ええ、それは間違いありません。顔や髪についた血ならシャワーを浴びればいいでしょうけど、衣服は洗えばなんとかなるようなもんではありません。捨てればいいでしょうが、周辺も含めて探しましたが見つかっておりません」

「貴様は、どう見ている?」

「ずっと雨です……犯人が外に出た――」


 ったく、雨は痕跡を流す。宿の外には、もう何も残っていない。宿の裏口から、どっちに向かったのか全くわからない。


「――後の行方が全くわからずです。やはりエバー氏からたどっていくしかないと思います」

「そうか……では話そう」


 なにを?


「彼が退役する前、その連隊の責任者は俺だった」

「……は!?」

「疑うのか?」


 こういう冗談を言う人ではない……。


「失礼しました」

「六年前、彼は脚を怪我してな……火炎の魔法が爆発した際の衝撃で、木片が彼の脚を……わかるだろ?」

「はい」


 魔法に直撃しなくて良かった、とはならない。直撃しなくても、衝撃波で吹き飛ばされることはあるし、吹き飛ばされた瓦礫をくらって……ということもある。だから防御魔法が超重要なんだが、激しい乱戦の中では、完璧に守られてなんてのはなかなか……。


「奴は輜重隊で、俺が率いた遊撃連隊にいた。後方を奇襲されて……物資を狙われたんだが、とって返して救った時には物資の三割が役立たずだ。それでも作戦を遂行……いかん、自慢話になるな」


 大尉は苦笑し、巻煙草をくわえる。


 俺は火炎系の魔法を発動し、指先に小さな火を灯した。


 大尉は煙草をひと吸いし、煙を吐き出しながら言う。


「ともかく、彼は生きていたが大怪我をした。後方に送られ、転院した後のことは知らなかった……この事件の報告書を読むまではな」

「エバー氏は、輜重隊ではどういう立場で?」

「小隊長だ。彼の部下は全員が戦死……彼だけがなんとか生きていた」

「……悔やんでいるでしょうね?」

「直後は、おかしくなっていた……怪我のことだけじゃなく、そういうこともあって転院が決まったのだろう……六年前、お前はトラスベリアとの戦争中の時はお休み期間で、五年前に俺が引っ張るまで表には出ていないからわからんだろうが……あのひどい戦争で、まともな奴もおかしくなってしまった……すまん、長くなったな」

「とても参考になります。ありがとうございます」

「礼はいらん。教育係をおしつけて悪いな。これでチャラにしろ」


 グラムドゥテル少尉を他所に異動させてくれ! という気持ちをグッと飲み込んだ。


「恐縮です」


 我ながら、部下の鑑だと思う。




 -・-・-・-




 夕刻となっても雨はやまず、三日間連続の雨は洗濯物が乾かない以上のうんざりを、俺たちに与える。


 書類仕事を終えて外に出た俺は、俺よりも遅くに出勤してきたヴィラと一緒に外に出た。


 俺よりも遅くに出勤してきた彼女は、エバー氏のところに行くと伝えると、当然のように同行すると言ったので、仕方ないが連れていくしかないのである。


 俺よりも遅くに出勤してきた彼女の教育係である俺には、他の選択肢はないのだ。


 俺よりも遅くに……もういい。


 ヴィラは俺の少し後ろを歩きながら、声をかけてきた。


「同行は初めてです」


 たしかに、出かけるところから声をかけたのは初めてだ。現場で一緒になるのは、仕事なので仕方なかったが、これからは教育係になってしまったので、どこに行くにも一緒となってしまう。


「俺は君の教育係に任命された。嫌だと思うが我慢してくれ」

「はい」


 否定しろや!


 彼女は俺の少し後ろを歩きながら、声をかけてきた。


「ラドクリフ少尉は、どうして捜査員に? 本務を続けられていれば、もっと……」


 本務とは、軍本来の業務……俺たち軍人は、戦争に参加する部隊で働くことを本務と言う。一方で、今の俺の仕事である治安維持系統は、副務と言われている。本務の軍人たちから見て、俺たちは下に見られているが、本務にいた時の俺もそうだった。軍という存在、特に我が国において軍は外敵と戦うことが主たる役目なのである。


「本務を続けられないほど、問題をおこしていたからな」

「英雄と呼ばれていたのに?」

「問題を起こしていた頃は、取材も受けなくなって、周りに人もいなくなり……だから知られていた頃の俺は、今の俺とは全然ちがう。英雄を想像していたと思うけど、この通りまったく違うんだよ」

「はい、仰るとおりです」


 もう嫌!


 黙った俺の少し後ろで、彼女はいつもの声質と声量、感情がないのではないかと思える口調で言を続けた。


「ですが、それで今、わたし達は一緒に仕事をしておりますね?」

「悪かったな」

「一緒に仕事をすることがですか?」


 みなまで言わすな! 


 黙っていると、彼女も黙っている。


 肩越しにヴィラを見ると、フードで隠れた顔はわからなかったが、唇と顎だけがのぞいていた。


 笑っている?


 こいつ、笑ってやがる……俺を馬鹿にして、楽しんでいるんだな?


 本当に嫌なやつだ!




 -・-・-・-




 事件があったせいで、宿は営業しておらず、俺はまた裏口から中へと入ることになった。厨房には雇われの料理人がいたが、事件のことは全く知らないと言い――彼は帰宅していたので無理はない――宿の営業が再開しないと失業だと嘆いていたので慰めてやった。


 彼の嘆きにつきあっていると、料理人は夜間の客には反対していたと言う。


「騎士様、これだから夜間の受付はやめましょうと忠告したんですよ、オーナーに」

「そうだったのか?」

「ええ、夜に部屋を求めて来るなんて、とくにこの辺りは、そういう商売女……失礼」


 料理人兼接客係――コバーシと名乗った男は、ヴィラの顔をうかがい発言を止めると、目をキョロキョロさせて居心地悪そうにする。


 俺は、顎をしゃくって続けろと促し、ヴィラをちらりと見たが無表情を保っていた。


「いえ……つまり、夜に部屋を探すなんて、そういう仕事をする女性が多いもんですから、問題が起きる前にね? やめましょうと言いましたんですよ。それに家出少女にも部屋を貸して食事の面倒までみてあげたりして……そういう人は、ほら……悪い人たちが後ろにいるし……いなかったらいなかったで、つまり悪い人たちの場所を荒らしてることになってますしね」

「やめなかったのは、どうしてだと聞かされている?」

「空き部屋があるなら、貸したいからと……たしかに商売でいえばそうでしょうけど、変なことに巻き込まれたら命取りになりますよと話したんです……それでもオーナーは、どうしても聞いてくれなくて……俺もあんまり言うと、ほら? ね?」

「雇われ人のつらいところだな?」

「そうです……で、出勤してきたらこれで……今日は予約で二件、入っていたんですが丁重にお断りをして、他の宿を紹介して……しばらく続くなら大損害です。いつから営業を再開しても?」

「調査が終わったら」

「それはいつです?」

「そのことを、オーナーと話しに来たんだ。部屋か?」


 疑っているから来た、なんて言われたくないだろうと思う。


「ええ、私に今日の段取りを言った後は、部屋にこもって出てきませんよ……無理はありませんがね」

「オーナー宛に来客は? 俺たちの他に」

「ずっとここにいたわけじゃないので……ほら、宿を紹介したりと出入りしたもので……俺が知るかぎりはいませんよ」


 コバーシに「じゃ、話してくるから」と言い、オーナーの部屋の前に立ち、ドアノッカーを掴んだ。


 金具でドアを叩くと、ガンガンと音が鳴った。


 しかし、返事がない。


「寝ているんでしょうか?」


 ヴィラの問いに答えず、俺は再びノッカーでドアを叩く。


「無視でしょうか?」


 俺は数歩、後退する。ここで、ヴィラとぶつかりそうになった。


「ラドク――」


 彼女はきっと文句を言いたかったに違いないが、言われる前には俺の蹴りがドアを破っている。


 唖然とするヴィラを肩越しに見て、厨房から何事かと顔をのぞかせた料理人に会釈を返した。


 部屋の中は、真っ暗だ。


 俺は呪文の詠唱も、魔法の名前をいちいち言わないまま、その魔法を発動させた。


 光球ルベンの魔法は、光る球を創り出す。これは弾けさせて目眩ましに使ったり、光弾としても使ったりするが、ここでは照明代わりだ。


「ラドクリフ少尉は、魔法の名前も、呪文の詠唱も必要なく魔法を発動できるのですか?」


 ヴィラの問いを無視して、室内に入る。


 彼女を嫌っているから、無視したわけじゃない。


 光が届かない奥から、臭気が漂ってきていたから、最悪の予想をしたのだ。


 俺は、光球ルベンを部屋の奥へと移動させた。


 ドアがあったが、開けられている。


 光球ルベンを追うように進む俺の背後で、ヴィラが立ち止まった。


 臭いで、異変に気づいたんだろう。


 やはり、それはあった。


 奥の部屋、寝室のベッドを血まみれにして横たわるハモン・エバーの死体だ。


 自ら、首を裂いて……死んだ?


 いや、鑑識の判断を待とう。


 コバーシには気の毒だが、失業確定だな。




 -・-・-・-




 分署のオフィスに戻り、ハモン・エバーの部屋に残されていた証拠品の一覧表を眺めている。


 鑑識の判断は、自殺だった。


 自筆の遺書もあり、脚の怪我のことや経営の不安で悩んでいて、それで女性を殺したのは自分だという告白がなされていた。


 正直、それで女性を変態じみた方法で殺すか? と俺は思うが、世の中にはおかしな奴が五万といる。過去の俺も、そうだったに違いない。


 他人が見れば、頭がおかしいとしか思えないような言動を、本人は当然のことのように信じて、あるいは感じて、もしかしたら意図して、おこなっていたりするものだと思う。


 それでも、今回は違うと思った。どうしても、殺した理由には弱いと感じたのだ。


 俺は、生前のエバー氏と話をしたが、とても自責やうしろめたさを抱えている人間には見えなかった。俺に見る目がないという理由があるかもしれないが、戦争の後におかしくなった奴を多く見てきた俺にとって……俺も十分におかしくなっていたが、それと彼は違った。


 彼が疲れていたのは、単純に疲労だった。


 自殺するほどの自責があるなら、自分が殺したとは言わないまでも自責の発言をしただろうが、そういうものはなかった。それに、あの足跡は、エバー氏のように片足を引きずって歩く人には無理である。


 コバーシは、あれから事情聴取につきあわされて涙目になっていたが、彼の知るかぎりのことを正直に話してくれた。


 ハモン・エバーはやはり売春の場所として、あの宿を提供していた。通常よりも割高の金額で貸していたが、時間貸しで利用できるというので、彼女らにとっては便利な場所だったのだろう。


 また、最近は家出少女が入り浸るようになり、コバーシは眉をひそめていたという。


 商売をする女の誰かがその少女を連れてきて、エバー氏も寝泊まりを許可――おそらくよからぬことを企んでいたに違いない――していたそうだ。しかし、今回の事件で女たちも寄りつかなくなるだろうし、少女も戻って来ないだろう。


 しかしこれが、自殺の理由になるとは思えない。


 では、はやり犯人が彼であるから、自責で死を選んだのか?


 俺にはそう思えない。


 口封じ? 彼は誰をかばって裏切られたのか?


 俺は、思考を逆にしてみた。


 彼は、どうして死ななければならなかった?


 エバー氏が自殺というのは、一般的に確率は低いように思える。それこそ、事実は物語よりも奇妙であると言われることがあるが、あの遺書は乱暴だ。


 何者かが、彼に罪を被せようとしてでっち上げたものとして、推理を組み立てる。


 彼が死ななければならなった理由……あの女性が、殺された理由……彼女は未だ、身元不明のままだ。


 ここでデスクの引き出しを開けて、紙巻き煙草の箱を取り出し、一本をくわえる。


 魔法で指先に火を灯し、煙草をひと吸いして火を点けたところで、ヴィラがオフィスに姿を見せた。


 優雅に食事をなさってから、下々のところにお出でになったようだ。


 壁時計を見ると、午後八時過ぎ。


 飯を食べたいし、帰りたい……。


「ラドクリフ少尉、何かわかりましたか?」


 はいはい……言われると思ってたよ。


「わからないことだらけってことがわかった」

「なんです? ……煙草、臭いです」

「慣れないと、軍隊でやっていけないと思う」

「……私が上になったら、禁煙にします」


 絶対にやめてほしい!


 ま、このお嬢ちゃんが偉くなる頃、俺はきっと引退してるだろう。今、三十六歳だから、ヴィラが出世して軍の決まり事を変更できるようになる頃……早くても十年はかかるが、十年か……まだ残っているのかもしれない……。


 いや、その前に、このお嬢ちゃんはお家の事情でどこかの金持ちと結婚して退役するに違いない。


 いいところのお嬢ちゃんだからな……でも、どうして騎士? またこの疑問に戻ってきたが、尋ねると、ムカつくことを返されるに違いないから聞かない。


 黙っている俺に、彼女が言う。


「隣、いいですか?」

「君のデスクだから好きにしたらいい」


 残念ながら、デスクが俺たち、並べられて配置されているんですよ。


 彼女は隣に腰掛けると、手を伸ばして俺のデスクから資料を奪っていった。


「まだ途中なんだ」

「手伝います。何を探せばいいですか?」

「……ちょっと資料を眺めるのはやめて、考え事をしようと思う」

「では、付き合います」


 煙草を吸い、煙と一緒に声を出す。


「この事件の背景を、俺たちは知らな過ぎる。二人は、どうして殺された?」

「二人……女性と、エバー氏は自殺ではなく?」

「君は、あの遺書を信用してるのか?」

「していませんが……その方向で捜査を継続でよろしいのでしょうか?」

「俺はしようと思う」

「犯人は自殺したと、発表する予定と聞いております」

「調べてみたいんだ。」

「ですが、上層部の決定は――」


 俺は真面目ちゃんの相手が面倒だったので、彼女の言を遮った。


「俺は出世に無縁だ。だから調べる。君は自由にしてくれていい。二課や三課のほうに、手伝いに行ってもいいし、任せる」


 ヴィラは……微笑んだ? なにを企んでる?


「わたしも、ラドクリフ少尉と一緒に調べます」

「……わかった」


 ま、士官学校出たてなんで、上の意見が大事ってことは理解できるし、俺みたいに出世とはもう縁がない男の気楽さなんて、彼女からしたら常識外のことだろう。それでも、一緒に調べるというのは、彼女も二人の死、とくにエバー氏のことは釈然としないんだろうな。


 いちおう、言っておいてやるか。


「もし、調査していることで上から何か言われたら、俺が勝手にやっていて、無理矢理に手伝わされていると言えばいいから」

「はい、わかりました」


 ……らしいといえば、らしいんだけどね。


 俺は煙草が短くなったので、灰皿に押し付けて消しながら口を開く。


 彼女は煙から逃げるように、身体をそらしていた。


「逃げた人物、殺された女性、エバー氏、彼らは知り合い……じゃないって俺たちは勝手に思っていた。あの日、俺はそういう仕事の女性だろうと思って……鑑識も、そうじゃないかと思って……経口避妊薬を彼女が持っていたから、そうに違いないと思って……これを俺は真剣に考えていなかったよ」

「……わたしもです」


 俺は、これまでの経験から、きっとそうだろうと思ってしまっていたことを反省し、改めて証拠品の一覧表を眺めた。


 郵送物か……。


「グラムドゥテル少尉、郵送物を調べてもらえるか?」

「郵送物……ですか?」

「エバー氏宛に届いた書類で、それを彼がわざわざ保管していたものだ。わかっていないことが多すぎるから、その手がかりになればと思うんだよ」

「……わたしが一人で、調べるのですか?」


 嫌な言い方だな……でも、俺は別で動くことがある。俺でないと……というか、お嬢ちゃんには頼めないし、一緒に来られたくないことだけど、言わないと納得しないな、こいつは。


「頼みたい。俺は、売買春の斡旋をしている奴らをあたってくる。仕事に出たきり帰ってこない子がいるとなると、もしかしたらと思う」

「わかりました」


 よかった。


 面倒くさいことを言わずに、了解してくれた。


 しかし、彼女は俺に言う。


「聞き込みだけにしてくださいね。スケベなことはしないように」

「……」


 いっぺん、殴ってやりたいと思うよ……。

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