空の牢獄、光なき群星3
重い鉄扉をくぐると、思いのほか柔らかな光が差し込んでいた。
そこは食堂というには広すぎる空間で、天井から吊るされた無数の星灯が、淡く青白く瞬いている。
長い石のテーブルに、数人の男女が腰かけていた。
誰もが一様に異様な存在感を放っている。
アステリオスが言った星攫い達とは、きっと彼らのことだろう。
彼らは一斉にレオへと視線を向けた。
アステリオスの足音に導かれるまま、レオは広間の中央へ進む
一人は、岩のような肌をした大男だった。
笑うと、胸の奥で雷鳴が転がるような声が響く。
「おう、久しぶりに新顔か! 痩せっぽちじゃねぇか。ガルドだ、よろしくな!」
その隣には、砂色の髪を編んだ女将軍が腕を組んで座っていた。
眉は鋭く、しかし目元に宿る光は不思議な温かみがあった。
「ウルナだ。立ってないで座りな。立場が違えど、ここではみな同じ囚人だ」
その声には、砂漠の風のような乾いた美しさがあった。
奥の方では、白い髪の女性が静かに竪琴を撫でていた。
音は響かず、けれど空気が揺れるような気がした。
彼女は優しく微笑むと、鈴が鳴ったような声で挨拶した。
「フィノです。祈りが必要なら言ってください」
最後に、テーブルの端に腰かけた黒衣の青年が、片手で頬杖をついていた。
金と黒が混じる双眸が、レオを測るように細められる。
「子供が一人、星を攫ってこの牢に堕ちた。世も末だな」
場の空気が一瞬、ぴんと張り詰める。
しかしアステリオスが低く笑った。
「口は悪いが、ノクトはこの牢で一番の理知だ。気にするな」
レオは息を呑んだ。そして頭を下げて言った。
「レオです。よろしくお願いします」
その声はかすかに震えていた。
ガルドが豪快に笑い、背中をどんと叩いた。
「いい心意気だ!お前は根性があるな!」
「うるさい、ガルド。肩が外れる」
ウルナが軽く眉をひそめ、レオの前に椅子を引いた。
「ここでは力よりも、声を持つことの方が大事だ。変な遠慮するなよ」
言われるままに腰を下ろすと、卓の上には粗末な食器が並んでいた。
湯気の立つスープと、黒いパン。けれど、空腹の胃にはたまらない香りがした。
レオが一口食べると、ガルドが満足げに頷く。
「どうだ、悪くねぇだろ? この牢獄の石壁は冷えっ冷えだからな、腹の底から温めなきゃ凍えちまう」
その様子を、フィノが穏やかに見守っていた。
彼女の指先は竪琴の弦を撫で、かすかな音を空気に溶かしてゆく。
「あなた、まだとても若いのね。どうしてここに?」
レオはスプーンを止め、俯き、少しのあいだ黙っていた。
やがて、ぽつりと答える。
「妹がいました。病気で死んだんです」
食堂の空気が、静まり返る。
ウルナが視線を伏せ、ガルドは口を閉じた。
アステリオスが腕を組み、低く問う。
「そしてお前は攫ったのだな」
レオは俯いたまま、ゆっくりと頷いた。
「……レナは、星になりたくないって言った。生まれ変わりたいって。死んだら星になるのは当たり前なのに、どういうことか分からなかった。ただ、身体が動いたんです」
声が震えた。けれど、その言葉の先に嘘はなかった。
フィノがそっと微笑んだ。
「優しい子なんですね。勝手な想像ですが、妹さんもきっと、喜んでいると思いますよ」
「綺麗ごとだ」
ノクトの低い声が割って入る。
「魂を奪えば、それは罪だ。どんな理由があろうと、天は贖いを許さない」
ウルナが険しい目で睨む。
「言い過ぎだ、ノクト」
「事実だろう。俺たちは皆、同じ理由でここにいる」
ノクトは冷ややかに言い放ち、椅子の背に体を預けた。
その目は、どこか遠い星を見ているようだった。
沈黙の中、アステリオスが静かに立ち上がった。
その声は、戦場の轟きの名残を帯びているかのようだった。
「確かに、星を攫うことは罪だ。だがな、レオ。俺たちもかつては、誰かの命を奪い、誰かの星を掠め取った者だ」
レオは顔を上げた。
アステリオスは続けた。
「けれど、俺たちはもう一度、空に還りたいと願っている。奪うだけでなく、還すために、この牢獄で、いつかその時を待っている」
フィノの竪琴が、再び小さく鳴った。
その音は、まるで星が遠くで呼吸しているようだった。




