ひとつだけの願い
レオの妹のレナが不治の病に侵された。
それからはあっというまだった。
徐々に動けなくなる体、笑みを失う妹。
レオはまるで地獄に落ちているかのように、精神的苦行の日々を送っていた。
父と母はとうの昔のなくなり、兄妹ふたりで、補い合うように暮らしてきた。
馴染みの医者が深刻な面持ちで言う。
「今夜が峠でしょう」
「…そうですか。ありがとうございます」
レオは病室のドアを開けた。
中には、ベッドが一つと、その上に頬のこけた女の子が眠っている。
レオは、ベッドの横に椅子に座って、じっと妹を見つめる。
レオと同じあんなに艶めいていた黄金色の髪が、今はパサついて麻色になっている。
どれだけ時間がたったか分からない。
レナがふと、瞼を開けた。
!
レオは唾を飲み込んでその様子を伺う。
やがてレナ、は視線をさまよわせてレオを認識すると、薄く微笑んだ。
掠れた声でレナが言う。
「お兄ちゃん、また来てくれたの」
「当たり前だろ」
そうしてレオはレナの右手を握った。
レナが遠くを見つめるようにしこて、呟くように言った。
「お兄ちゃん、あのね、お願いがあるの」
レオは身を乗り出した。妹の最後の願いをなんとしても叶えたかった。
「わたしね、星になりたくないの」
その言葉にレオは戸惑った。死んだら夜空の煌めく星の一つになる。それがこの世界の掟だったからだ。
「わたしね、また人間に生まれ変わりたいの。東の果ての海に宙の渦っていう…ゴホッゴホッ」
レナがせき込んで背を丸める。レオは背中を撫でて話を促した。
「宙の渦っていう場所があってね。そこに魂を入れるとまた生まれ変われるんだって、わたし、またお兄ちゃんに会いたい」
レナがレオを見つめた。そこには眩いばかりの意志の輝きがあった。
「だから、お願い、わたしの魂を…どうか…」
「レナ?レナ!!!」
徐々に瞳の輝きは無くなり、握っていた右手はだらんと力なく下がる。
そのとき、レオの右手が疼いたような気がした。