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天草四郎編 ~僕は、「寵童」なんだ~


「皆さん! 諦めずに! 神は見て下さっています! ここで踏ん張り……共に天国(パライゾ)へと行きましょう!」


 嗚呼、今日もまた、戦が続いてゆく。

僕を内側から満たすのは、僕の檄で奮い立った兵士たちの雄叫びでも、幕府からの攻撃でいつ死ぬかもわからない恐怖感でもない。

 ただ、皆にその命を散らすよう指示していることへの罪悪感だけだ。


 僕は今、一揆——俗に言う、島原(しまばら)天草(あまくさ)一揆——の総大将として担ぎ上げられ、皆と共に(はら)城に居る。

 一揆が始まって暫くは快進撃を続けて幕府側の城を落としそうなところまで来たのだが……幕府の軍が集まり、今は撤退してその城にて籠城戦となっているところだ。

 この一揆が始まったきっかけは、他でもない、藩からの圧政にある。

 島原の藩主——松倉(まつくら)氏は、現地の人々に重い年貢を課し、彼らの生活を苦しませていた。

 それはなぜか?

 松倉氏の治める島原藩は、実際より石高が多く報告されているからである。

 石高とは、その藩の米の収穫高を表したものだ。

 米がすべてだったこの時代、石高とは藩の価値と直結する重要なものとなる。

 石高が多くなると、その分幕府に収める年貢も増えていく。

 つまり、本来の必要以上の米を年貢として納めさせられる百姓たちは、苦しむ一方しかなかったのである。

 天草の地でも、同じようなものであった。

 さらに、これらの地域には昔から多くのキリスト教徒が住んでいる。

 しかし、時の天下人である豊臣(とよとみ)(ひで)(よし)公の禁教令の後から、キリスト教徒の弾圧が続いていた。

 それらは形容しがたいほどに残酷で、非人道的であった。

 さらにそれらと並行して暫くの飢饉の被害も受け、百姓たちの我慢はとうに限界を迎えていた。

 そして決行された一揆の総大将に担ぎ上げられたのが、僕、天草四郎(あまくさしろう)——本名は益田時貞(ますだときさだ)である——だったのだ。

 僕は、優れた教養を持っていた。

 キリスト教徒だった。

 奇跡を起こせた。

 皆からは、僕が神の寵童に見えた。

 だから二十にも満たない僕を総大将にしたのだろう……無理もない。

 僕自身も、それらしく振る舞うつもりだ。

 皆でパライゾに行く——それは、僕の悲願でもあるのだから。


 夜が更けた。

 僕は今、原城の一室に転がっている。

 だが、どうにも寝れそうにない。

 外では一揆に協力してくれている皆が、地面の上で休息を取っている。

 所々、幕府軍を見張ってくれている人影も見えた。

 昼間は幕府軍の攻撃に、死力を尽くして抗ってくれている人たちだ。

 ……ありがとう。

 皆、パライゾを——僕を信じてくれている。

 ……ごめんなさい。

 僕は、皆が信じてくれているような存在ではないんだ。

 僕は、皆が命を張ってくれているのを尻目に見ながら寵童を名乗って、ただ座っているだけが許される存在ではないんだ。

 全部、時代が作り出した虚像なんだ……


 確かに僕は元々、教養もある上、自ら言ってしまえば眉目秀麗であるのは事実だった。

 そして、熱心なキリスト教徒の少年。

 完璧な存在だ。

 これ以上に利用しやすい存在はない。

 僕の周りの大人たちは、僕を「神の寵童」に仕立て上げることで、一揆を成功させようと目論んだ。

 教養深い、眉目秀麗、キリスト教徒……そして、奇跡を起こせる。

 僕をこのように仕立て上げることで、大人たちは僕を神格化させた。

 しかし勿論、僕は一人の少年だ。奇跡なんて起こせない。

 だから、手品を使った。

 盲目の少女の目を治した、海面を歩いた、手から鳩を出したなどの奇跡の逸話……

 それらは全部、巧妙な仕掛けと協力者によって作り上げた偽りのそれなのだ。

 しかし、手品によって先述の四つを全てそろえてしまった僕は、圧政に苦しむ人々の間で「神の寵童」と崇められる存在となってしまった。


 そして一揆が始まった。

 総大将は勿論僕であった。

 大人たちは毎日のように軍議を重ねていく。

 だが、その輪に僕は入れてくれなかった。

 総大将として上座に座ってはいるが、実質的な発言権は無い。

 お飾りと云うものだ。

「四郎様、貴方はただ皆の象徴として其処に居ればいい。汚れ仕事は私共が済ませますので」

 幾度となく聞かされたその言葉。

 僕は何もできなかった。

 ただ、僕という名の虚像を信じて死んでいく軍勢を見ることしかできなかった。

 全部、僕が決めたわけじゃない、大人たちが決めたことだ。

 しかし皆の希望の向かう先は、大人たちじゃない、僕にある。

 だから、それらしく堂々と振る舞わなければならない。

 だが、何もできずに死んでゆく人たちを見るのは、心臓が引き裂かれるほどの苦しみを僕にもたらした。

 それなのに、大人たちも悪じゃない。ただ必死なだけだった。

 僕らは百姓らの集いである。

 普段から命の危険を持つような武士とは違い、命のやり取りをするとなれば、死が怖い故に士気の高まりが起きにくい。

 しかし、そこに「神の加護」の象徴として僕が居たら?

 死んでも神に救われると皆が信じたら?

 文字通り死を恐れなくなる。

 一揆に勝ったら生活が楽になる。仮に死んだとしても、パライゾへの道は確実に約束される。

 皆でそう信じ、団結することで、戦いの末に命を散らすことは恐れるべき事態ではなくなる。

 最後の一人になる、その時まで。

 だから僕は、自分の最期まで「寵童」を貫き通さねばならない。

 理解者など一人もいない。

 僕が普通の少年であることが戦っている皆に伝われば、全てが崩れ去る。

 死の先の希望も、それによって安定させていた一揆軍としての均衡も、全てが。

 その果てに待っているのは、蹂躙による犬死だけだ。

 より大きな虚像があるから、皆はそれを実像として見たがる。

 皆が期待するから、僕は実像を隠して虚像を見せなければならない。

 それらは全部、圧政に喘ぐ大人たちが企んだこと。

 ——僕たちは誰も悪じゃない。

 悪いのは時代なんだ。

 ……いや、圧政をした松倉氏らか?

 あぁもうどうだっていい。

 皆の命を背負わされている僕を、分かってほしい。

 でも、このまま分かってもらえないままであってほしいとも思っている。

 この矛盾した思いを……僕はどうしたらよいのだろうか?


板倉(いたくら)重昌(しげまさ)を討ち取っただと!?」

「はっ! 突撃の結果……鉄砲玉に当たったかと!」

 報告されたその言葉に、軍議のために一部屋に並んでいた大人たちはどよめいた。

 板倉重昌とは、幕府軍を率いていた大名の一人のことである。

 しかし、大名としては力が弱い者で、皆をまとめきれずに無理な突撃を繰り返していた結果、自身も深入りしすぎ……と云うことらしい。

 その吉報に、軍議はさらに熱を増した。

 この勢いに乗り、幕府軍を殲滅させてしまおう、そのためにはいかようにすべきか。

 大人たちの議題は瞬時にそれに切り替わった。

 飛び交った話の中から、一揆軍の皆の士気もさらに増しているなどと云う内容も耳に入った。

 しかし、聞いていた僕は、それを喜べなかった唯一の者だった。

 一揆をする上で、士気が増し、さらに軍勢がまとまるのは良いことだ。

 だが……それらが皆を神の導きと繋げてしまったら……

 ——いや、僕はあくまでもキリスト教徒。

 神を信じなくして、信者を名乗ってはいけない。

 しかも、僕は「神の寵童」と云う立場だ。

 神の代理として、振る舞わなければならない。

「……神を信じ、このまま耐え続けましょう。必ず同じ神を信ずる国……ポルトガルが助けに来てくれる。その時が幕府軍の終わりです」

 上座に座っている僕は、白熱した議論を鎮めるように、大人たちにそう告げた。

 彼らは黙って頷く。

 その心の内は明白だった。


 それから幕府軍の指揮を執るようになったのは、老中である松平(まつだいら)信綱(のぶつな)だった。

 彼は板倉重昌のように無理な突撃はしなかった。

 彼が指揮する見渡す限りの幕府の大軍——およそ十二万人——を海や陸に配置し、原城を取り囲んだ。

 そう、兵糧攻めである。

 それにより、原城に居る皆はじわじわと飢餓状態に陥ることとなった。

「足りなければ海に行き、海藻を取って食え」

 大人たちは軍の皆にそう命じたが、戦の体力はそれで賄えるものだろうか……

 さらにある日、海に西洋式の船が見えた。

 それはポルトガルではない、幕府に協力したオランダの船だった。

 そのことに気づいた瞬間、強い揺れが僕たちを襲った。

 ドォン! と城が大きな衝撃を受ける音と共に。

 再度海を確認したが、その予想が現実になったことに僕たちは絶望を覚えた。

 オランダの船が、城を砲撃しているではないか。

 それなのに、ポルトガルは依然として僕らのもとに来てくれていない。

 飢餓と度重なる砲撃で、僕たちの士気は著しく下がり始めた。

 板倉重昌を討った時の白熱はどこへやら、城全体は重苦しい静寂に包まれ始めていた。


 しかし、そんな皆にこそ、寵童()はいる。

 戦による疲労と飢餓で、死にゆく兵士たちの手を取り、僕は決まった台詞を言う。

「貴方はよく頑張りました。怖がらないで、パライゾへの門は既に開けています。どうか、安らかに……」

 聖人の発する、一見すれば清らかなその台詞。

 しかし、自分の口からそれを吐き出す度、僕の心は千々に引き裂かれるような苦痛を伴う。

 人が死ぬところなんて、見たくもない。

 しかも皆、僕のその台詞に救われているだろうから余計に申し訳ない。

 申し訳ないなんて言葉じゃすまない。

 救済の希望を最後に持ち、目を閉じる彼らを見届けるたび、僕は自分の心の臓を抉り取って海に投げ捨てたくなる衝動に駆られる。

 ここまで来てしまった僕にとって、『僕の存在意義はそれしかない』。

 無垢なる期待と云う名の重圧に、そう押し付けられているような気がして。


 ひと月ほど経った。

 兵糧攻めは続き、僕たちの食べるものは海藻しかなくなった。

 飢えで一揆軍の兵は次々と死に、既に僕と云う存在も効果がなくなってきていた。

 今や皆、死を待つような心地だろう。

 そこに未だにパライゾの希望があるかどうかは……最早定かではない。

 そんな中、幕府軍に大きな動きがあった。

 兵糧攻めで食料も弾薬などの消耗品もほぼ底をついた原城に、総攻撃を仕掛けたのだ。

 飢餓状態で士気も無く、統率も取れていない一揆軍が、訓練されて体力も万全で数も圧倒的な幕府軍にどうやって勝てようか。

 一揆軍(僕たち)は蹂躙されていった。

 自害したか、幕府側の兵にやられたか、逃げようとして捕まったか、あるいはそのどれでもないのか。

 僕を利用していた大人たちがどうなったかは分からない。

 だが、僕自身は不思議と逃げようとは思わなかった。

 今まで皆に虚像を見せ続けてきた僕が、その責任を知らぬふりをして逃げることなんてできない、とでも考えたのだろう。

 死ねば楽になれるなんて考えてない。

 きっと僕はパライゾには行けないだろう。

 利用されてとはいえ、数え切れぬほどの人に希望を植え付け、その命を散らすように促したのだから。

 ……神よ、もし、一人のキリスト教徒としてお願いができるのなら。

 僕はいいから、皆をパライゾに連れて行ってください。

 皆、苦しくて行動を起こしただけなのです。

 僕みたいな何もできなかった人たちじゃない。

 ……だから、どうか、どうか。

 僕が死んで、ここで息絶えた者の未練の全てを解放させることをお許しください。


 ——(デウス)よ。


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