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降りしきる雨の中、桐生さんは傘をささない。  作者: 橘ふみの


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大嫌いだったはずなのに③

「いえ、何でもっ」

「これからもそうやって我慢すんのか」

「……」


 桐生さんの瞳の中に私が映ってて、その瞳は私を捉えて離さない。きっと桐生さんには隠し事なんてできないし、するべきではないんだと思う。思いも、想いも、ちゃんと伝えなきゃいけない。


 ── 逃げるのはもうやめよう。この先も、桐生さんの隣に立つ為に。


「紗英子さんって誰ですか」

「……ああ」


 ばつが悪そうな顔をして、私から目を逸らした桐生さん。


  なにそれ、はぐらかすの?


「もういいです」

「あ?」

「もういい!!」

「……っ!! おい、梓!!」


 玄関を開けて飛び出そうとした時だった。


「おっと……びっくりしたぁ~」


 玄関先にとても綺麗な女の人が立っていた。


「紗英子」


 背後から聞こえた桐生さんのその声に、胸がギュッと締め付けられる。


 ── 嫌、嫌だ。その声で、私以外の名前を呼ばないで。


「私の電話を無視するとはいい度胸してんじゃない」

「来んなっつったろ」

「はあ? 誰に口利きいてんのよ。わざわざ来てやったのに」

「来てくれなんて一言も言ってねえ」

「まあ、いいわ。で……この子が誠のお気に入り?」


 そう言いながら私の爪先から頭のてっぺんまで、ジーッと凝視する紗英子さん。これって見定め? 宣戦布告でもされる? いや、戦う前から私の負けって決まってるじゃん。こんな美人な大人の女性に勝てるはずかない、勝ち目なんてない。


「……え、なに……かーわーいーいー♡ なぁにこれ! めちゃくちゃ可愛いじゃない!! きゃあー♡ 最高!! めっちゃ嬉しいー! お人形さんみたいね♡?」


 ハイテンションで私の頬を摘まんで、こねくり始めた紗英子さんに唖然とするしかない私。……えっと、これは一体どういうこと?


「触んな」


 ベジッと紗英子さんの手を払って、私の頬を撫でながら顔を覗き込んでくる桐生さん。


「大丈夫か」

「……え、あ、はい……」

「うわぁ……きっっしょ!! 弟のデレシーンほど気持ち悪いものはこの世に無いわね」


 ── 『弟』……? え、え、え、ええええーー!? ちょ、紗英子さんって、桐生さんのお姉さんだったのぉぉ!?


「見せもんじゃねえ、さっさと帰れ」

「アンタは黙ってなさい。で、可愛い子ちゃん? 本当にこんな男でいいの? 見てくれと金持ってるくらしいしか取り柄がないし、女心なんて死んでも分かんないタイプよ? コイツ」

「マジで黙れっ」

「もっと他にいい男いるでしょ? 勿体ないわ、こ~んなに可愛いのに」


 ── 私は、そんなことで桐生さんを好きになったわけじゃない。


「桐生さんは優しいんです。どこまでも優しくて、だから人一倍傷ついて……。それでも私のことを好きになってくれた人なんです。私はそんな桐生さんが、何も取り柄のない人だなんて思いません」 


 ── 桐生さん以外にいい人なんて、私の世界の中にはいない。


 私に何かあるたびに、きっと桐生さんは自分を責めて傷ついてしまう。それでも私を選んでくれた。そんな桐生さんを選んだのは、紛れもなくこの私。何もできないかもしれないけど、優しさゆえに傷ついてしまう桐生さんを……少しで支えてあげたい。


「……誠。この子、大切にしてやんなよ」

「いちいち当たり前なこと言ってくんじゃねえ」


 ガバッと後ろから覆い被さるように私を抱きしめてくる桐生さん。私の肩にトンッと顎を乗せた。


 ・・・気のせいかもしれない、勘違いかもしれないけど……何となく桐生さんが私に甘えているような、そんな気がして、それがとても嬉しくて……愛おしいと思えた。


「あーー無理無理! キャラ崩壊ヤバすぎでしょ。きんっっも!! んじゃ、もう行くわ~。またね、可愛い子ちゃん♡」

「え、あっ……はい!!」


 ・・・ 嵐のような人だったな。


「紗英子のこと、不安にさせてたなら悪かった」

「……いえ、疑っちゃってすみません」

「いや、いい」


 そう言って私から離れると、スマホを差し出してきた桐生さん。


「ん」


『ん』……とは?


「えっと……」

「連絡先」

「あ、はい」


 連絡先を交換して、これでいつでもどこでも桐生さんと繋がっていられると思うと、それがすごく嬉しくて、自然と顔が緩んでしまう。


「あんま可愛い顔すんな、抑えが利かなくなる」


 少し困ったような顔をして、私の頭を撫でる桐生さん。


「悪かったな、時間取らせて。月城さんが帰って来てんだ。一緒にいてやれ」

「はい、ありがとうございます。また連絡しますね」

「ん」

「お邪魔しました」

「ん」


 私が手を振っても、振り返してくれることはないけど、“しゃーねぇな”って感じで手を上げてくれた。


 ── 家に戻ると、眠そうな顔……というか、絶っ不調な顔をしているお母さんがキッチンに立っていた。


「おかえりぃ~」

「ただいま」

「あれぇ、美冬はー?」

「バイト」

「そっかぁ、とりあえず頭痛くて死にそう」

「もぉ、調子に乗って飲むからだよ」

「それなぁー」


 二日酔いの薬を飲んで、しばらくすると元気になったお母さん。


「で、誠君とはどうなったわけ?」

「どうって……」


 ── あれ、どうなったんだろう。


 お互いの気持ちを伝え合って、確かめ合ったのはいいけど……で? どうなったのかな。

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