あの人に傘を貸すのは、この私③
「……ねえ、美冬。友達やめてやんないからね、絶対に。私は、美冬しかいないから」
それだけ言って、私は美冬のバイト先へ向かう。しばらくしても美冬は戻って来ない。とっくに閉店時間になってて、店長さんが裏の部屋に案内してくれた。
「この部屋、好きに使ってくれていいからね。鍵は美冬ちゃんが持ってるから、戸締まりだけよろしくって言っておいて」
「はい、ご迷惑をおかけしてすみません。ありがとうございます」
「いいのよ、美冬ちゃんにはお世話になってるもの。こちらこそありがとうね」
「これからも美冬のこと、よろしくお願いたします」
美冬が認められている……それがとても嬉しくて、涙が出そうになった。美冬は勘違いされやすい子だから。
── 店長さんが帰って数十分後
ガチャッとドアが開いてそこに立っていたのは……目をパンパンに腫らした美冬だった、泣き腫らしたってすぐに分かる。
「美冬……」
「……っ、ごめん……梓っ……ごめんね……」
私は立ち上がって美冬に駆け寄り、強く抱きしめた。
「ごめんっ……私、美冬に甘えてた。危険から遠ざけてくれる美冬に甘えてた……っ、守られてばっかでごめんね」
「違う、梓はあたしに守られてればそれでいい。あたしは、あんな姿を梓に見せたくなかっただけ。歯止めが利かなくなって、理性がブッ飛びそうになる……あんな醜い姿を……っ。怖がらせちゃうって、嫌われちゃうかもって……梓がいなくなったらあたし、だからっ」
「私はどんな美冬だって好き、大好き!! 嫌いになんてなれないよ!!」
「ごめん……ごめんねっ、梓。逃げてたのはあたしのほうだった……」
私達は抱き合って、泣いて、泣いて、これでもかってくらい泣いた。
── 美冬と外へ出ると、車にもたれながら煙草を吸っているおちゃらけさん。
「おっかえり~」
「……ねえ、美冬」
「ん?」
「あの人って……?」
「ああ、ただの鬱陶しいストーカー」
“これ以上聞いてくれるなよ”という圧を美冬から感じて、お口にチャックをした私。
「送ってくよ~、乗って乗って~」
「あ、ありがとう……ございます」
「あたしはいい、梓のこと頼むわ」
「へぇ、そういう態度かぁ……峯ちゃ~ん」
ニヤニヤしながら美冬を見てる。美冬はげんなりしながら舌打ちをして、荒々しく車に乗り込んだ。それを満足げに見て、私へ手招きをしている。
「ほらほらぁ~! 梓ちゃんも乗って~!」
「あ、はい……」
・・・あの美冬に言うことを聞かせれるこの人って、まじで何者……?
「美冬」
「ん?」
「大事な話があるの。今日、家に泊まってくれない?」
「うん、分かった」
「ええ~。いいなぁー。俺も峯ちゃんとお泊まりしたーい」
「アンタは黙ってろ」
「んもぉ、酷いなぁ。そんな子にはチューしちゃうぞぉ?」
「馬鹿も休み休み言え。つーか、何も言うな。マジで黙ってろ」
「はははは……」
苦笑するしかない私。ていうか、この2人……どういう関係? どこでどう知り合ったの? どんな接点? 桐生さんと
私、美冬と桐生組のおちゃらけさん……こんな偶然って本当にあるんだなぁ。
「あ、そう言えば聞いたよ~? 梓ちゃん」
「え?」
「あの男に『あの人に傘を貸すのはこの私!!』って言ったんだってね~。傍から聞いたら何言ってんの? って感じだろうけど……俺には伝わったよ、梓ちゃんの“覚悟”が。最高にイカすね、痺れたよ~ほんっと」
「……いいんですかね」
「ん?」
「私がっ」
「ああ、それを決めるのは2人でしょ~? 俺に聞かれても困るってぇ~。俺、自分のことで精一杯だしぃ? ね、峯ちゃん」
「……んなもん知るか、鬱陶しい」
それから美冬達がガミガミ言い合ってるのを、ただ傍観するだけの私だった──。
「んじゃ、またね」
「あのっ、ありがとうございました」
「いえいえ~。これからも誠さんに傘貸してやってよ。頼むね~、梓ちゃん」
「任せてください」
「ははっ。いいね! じゃ、峯ちゃん連絡よろしくぅ」
「知らん」
「ふーん。ま、いいけど? どうなっても知んないよ?」
「……チッ。さっさと帰ってくんない? うざい」
「くくっ。可愛いね」
「うぜえ」
そう言ってマンションへ向かう美冬を慌てて追う私。
「ねぇ、美冬」
「なにー」
「あの人ってっ」
「ただのクソうぜぇストーカー」
「……あの人のっ」
「だーかーらー!! 何でもないって!!」
「違うって!! 名前!! あの人の!!」
「……あ、ああ、長岡悠悟だってー」
「そっか」
まあ、美冬の機嫌が悪いこと悪いこと。何か弱みでも握られちゃったのかな、美冬。桐生さんの仲間だから、悪い人では絶対にないと思うし、きっとあの人……美冬のことが好きなんだと思う、多分。
「はぁぁ……ほんっとダルいわ、あの男」
「いい人そうだけどね?」
「はあ? 鬱陶しいだけだって、マジで」
── そんなこんなで、ようやく家に戻ってきた。
美冬にちゃんと話そう。もう、後戻りはできない。これからも桐生さんに傘を貸すのは──“この私”。




