降りしきる雨の中、傘をささない①
── 降りしきる雨の中、高そうなスーツを着て傘もささず、雨雲が厚く覆っている空を眺めながら、気だるそうで、どこか退屈そうな表情を浮かべている男の人を見つけた。
なんとなく雰囲気で分かる。
『絶対に関わっちゃダメなタイプの大人だ』
そう頭では分かっていても心が揺らいで、どうしても目が離せなかった。“目を奪われる”って、まさにこういうことを言うんだろうなって、そう思った。
そして、その男の人と目と目が合って視線が絡んだ瞬間、私は息を呑んで立ち止まってしまった。すると、無表情で私を見つめながら近寄ってきて、目の前でピタリと止まって見下ろしながら凝視してくる。
・・・この人、すごくかっこいい。ちょっと威圧感のある強面イケメンって感じ。私の周りにはいないタイプで、見れば見るほどやっぱり関わっちゃダメな大人にしか見えない。
「お前、名前は」
「え?」
「名前」
「……あ、あの……ごめんなさい」
私が謝ると、少し目を細めてちょっとだけ険しい表情を浮かべてる。変わらず私を凝視しながらね……。
「あ?」
眉間にシワを寄せて、ゆっくり私の顔に接近してくるんだけど!? ど、どうすればいいの!? 名前を名乗れば許してもらえる? でも、言えない。名前なんて言えない、言えないよ、言えるわけがない。だって明らかに“普通”じゃないんだもん、この人。
近づいてくる綺麗に整った顔と何とか少しでも距離を取りたい私は、さりげなくゆっくりと後退りをしてみた。
「下がんな」
元々声が低い人なんだろうけど、雰囲気も見た目も威圧感というか圧倒的なオーラみたいなものがあって、別に怒ってるわけじゃないんだと思うけど、怒られてるって錯覚に陥る。
「ごっ、ごめんなさい」
「謝んな」
「す、すみません」
・・・ちょっと言い方悪いかもしれないけど、今までこういう人とは関わらずに生きてきた。というより、極力避けて生きてきた……と言ったほうが正しいかな。苦手意識とかそういうのじゃなくて、私には絶対に守らなきゃいけないルールみたいなものがあって、そのルールを守るためには如何に穏便に過ごせるか……が重要なの。
こういう人が怖い云々の前に、私は問題事を起こすわけにはいかない。ひとり暮らしをするにあたって、“鉄則の掟”というものが存在している。
1、問題事を起こさない
2、高校を卒業するまで男女交際禁止
この掟を破ったら“即海外行き”。だから私は、中学時代も今現在もなるべく男子を避けて過ごしてきた。好きになるのも、好きになれるのも困るから。
それでも男子から告白されることが多々あって、気持ちはありがたいんだけど、喋ったこともなければ接点も関わりもないのに、なんで私のことを好きになるんだろう? ってシンプルに疑問で、きっと容姿だけしか見てないんだろうなって勝手に解釈してる。でも、それが悪いことじゃないっていうのも分かってるよ? それはそれで“恋”の入り口っていうか、始まりっていうか、『まずは見た目からでしょ~』なんてよくある話だもん。“ひとめぼれ”がいい例だよね。
── そんなこんな言ってる私は高3の代にして、恋愛というものを経験したことがない“恋愛未経験者”なのです。
年頃の娘が恋愛の一つや二つしたことが無いなんて、それはそれで何かと拗らせそうで問題しかないような気もするけど……?
「誠さん!」
「若! 何も言わずにいなくなるのはやめてください!」
「誠さーん。子供じゃないんすから、急にどっか行くの勘弁してくださいよぉ。面倒くさ~い」
スーツを着た男の人達が集まってきて、いよいよただ者ではないという確信へ近づく。大柄な男の人達に囲まれて、めちゃくちゃカオスな状況の出来上がり。人生終了のお知らせです……なんて、諦めるにはまだ早い!
「「……なんで高校生?」」
「あーーっ!!」
私を見てキョトンとしてる男の人が2人、私を見てなぜか驚いてる男の人が1人。
・・・さて、どうする? 月城梓
1、仲間になる 2、戦う 3、逃げる
この3択しか浮かんでこないのはどうかと思うけど、私は迷わず“3”を選択するよ。だってこんなの、逃げたもん勝ちでしょ!?
「あ、あの! この傘使ってください! じゃ、さようなら!」
「っ!?」
私はぶっきらぼうさんに無理やり傘を押し付けて、降りしきる雨の中、全力で走って逃げた。
しばらく雨の中走って気づいたことがある──。
「はぁっ、はぁっ……あれ? 追って来て……ない?」
走る足を徐々に緩めて、恐る恐る後ろへ振り向いた。
「い、いない」
・・・なんだろう、これはこれで自意識過剰みたいな感じがして、全力で走って逃げてた自分がちょっとだけ恥ずかしかったりもする。いや、かなり恥ずかしいかも。
「さむっ」
5月末、こんな雨に濡れたらそりゃ寒いに決まってるよね。家方向に逃げるのは危ないかな? とか深読みしすぎて、家とは真逆な方へ走って来ちゃったから地味に遠い。
「……はぁ。この時期は本当にいいことないなぁ」
憂鬱な気分になりながら自宅へ向かった。
── 私は、この梅雨時期が大嫌い。
私の誕生日も、お母さんとお父さんが離婚してお父さんがいなくなったのも、お母さんの海外赴任が決まって私は日本に残ってひとりで暮らすって決断したのも全部、この時期だから。
朝も昼も夜も絶え間なく雨が降り続けて、空はどんよりした灰色に覆われ、常に薄暗い日々。雨の音がずっと耳にへばりついて離れなくて、頭の中で雨音が響く。
『梅雨は明けるのか、夏は本当にやってくるのか』
そんな漠然とした不安に駆られるほど、降りしきる雨がとても冷たくて、梅雨の時期が妙に長く感じる。だからこの時期は、私を憂鬱にしかしない。
まぁでも、“梅雨が好き”なんて人はそうそういない。みんな嫌いだよね? 梅雨時期って。誰だって憂鬱になるもんだよね。濡れるし、湿気すごいし、ジメジメするし……挙げたらキリがなくなっちゃう。
この時期が嫌いなのは私だけじゃないって、そう言い聞かせながら、この辺りだとそこそこお高いで有名なマンションへ辿り着いた。
この“そこそこお高いで有名なマンション”が私ん家。ひとり暮らしをする私のために、セキュリティがしっかりしてるマンションをお母さんが選んだ。
チンというベルの音を鳴らしエレベーターの扉が開くと、既にマンションの住人が乗っていて、『こんにちは』と挨拶を交わして軽く会釈をする。それから特に会話をすることなく、住人は先にエレベーターを降りていった。ここの住人は互いを干渉し合わない。だから、結構気が楽でありがたいんだよね。色々聞かれるのも嫌だし、ちょっと怖いし。
最上階に着いて、エレベーターから降りながらスマホを取り出し、進行方向を確認しつつお母さんにメッセージを送る。
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