知らせ
ーー行灯だけが灯る暗い部屋の中に手紙を書く薄紅色の着物をきた少女と、その完成を待ち手に竹笠を持つ従者がいた。
無数の足音が響き、斬られたであろう男の断末魔のような声が轟いて二人を焦らせる。
「タマキ様、このままでは、」
「あと少しだから! 待って!」
従者が竹笠を被り、部屋の隅に置かれている鳥籠から一匹の立派な鷹を解放する。
しつけが施されたその鷹は彼女の腕に止まり主人の命令を待つ。
「できた! チヨ! これを!」
すぐそこに刺客の足音が迫る。
急いでチヨと呼ばれた従者は完成した文書を手に取ると折り畳み、鷹の足へとくくりつけた。
「こっちへ!」
窓を開け、眼下を流れる川に目を向ける。
辺りは薄暗い。
水の流れる音は聞こえるが高さがあるようだ。
部屋から逃げるとしたら、ここ以外に選択肢はないように思える。
長い、一メートル半はある刀を持った男が部屋の障子の扉を切り倒し、中へと足を踏み入れた。
二人を極度の緊張で包み込む。
(斬られる……)
タマキとチヨの二人は抱き合うと、窓から外へと逃げ出すことを決めた。
飛び込む。
バシャーン! と水音が響き、二人は夜の川の流れの中に消えていった。
部屋には一人、返り血を浴びて、赤く染まりかけた着物をきた男が残された。
◇
「いいか? ケイの足の動き、肩の動きをよく見て予測するんだ。どこに剣がくるか」
その日もクラリスによる稽古が行われ、僕は額から汗を流していた。
彼女の教え方はうまかった。
きっとよい先生がいたのだろう。
その原理を教えてくれた。
ケイの剣は振りが速いため目で追うのは難しい。
だから彼全体を見る。
足の踏み込み、腰の回し方、腕の角度に目線の動き、全体から彼の剣がどこにくるかを予測する。
彼が木刀を振りかぶった。
それを少し下がって避けると、僕の右側へと木刀が流れていく。
今ならーー。
ケイの腕のある場所目掛けカウンターで木刀を、振る。
あと少し、
のところでケイは後ろへと下がり、避けられてしまった。
「危ない危ない、」と彼の口から漏れる。
惜しい。
次こそは、
「次は、クラリスと手合わせしてみろ」
その時の僕は調子に乗っていた。
「わかった」と何の気なしに返事をしてしまったのだ。
クラリスはケイから木刀を受け取るとゆっくりと僕の目の前へと歩き出した。
小さい歩幅にあわせて彼女の髪が揺れる。
そして僕の前に立つと彼女は木刀を刀のように腰に構えた。
妙だ。
スキだらけのようにも見えるしスキがないようにも見える。
「こないのか」
そう言われてしまっては行くしかない。
彼女目掛けて振りかぶってはみたが一瞬でかわされる。
木刀は弾き飛ばされ僕は投げられてしまった。
天を仰ぎぐ僕の耳に、「甘いな」という彼女の声が聞こえてくる。
「タイプが違うんだ。
俺は手数の多い攻めの剣だがクラリスは待ちの剣なんだ。コウキには待ちの方が合ってるかもしれないな」
なるほど。
ケイが解説しているとそこに、アリサが訪れた。
少し普段とは違う深妙な面持ちをしている。
「今日はコウキとクラリスの二人にも城にきてもらいます。いいですか?」
「何かあったんですか?」
「ヒューガの方でいざこざがあったみたいなんです。クラリスにも関係のある話かも知れません」
彼女はどこか不安げに両手を組みながら答えた。
僕、クラリス、アリサ、ケイの四人で馬車に乗り、城へと向かう。
その途中クラリスが俯いていることに気がついたアリサが声をかけた。
「言い方が悪かったみたいですね。あなたのことではありませんよ。ローウェンのことはもう解決したことですから」
クラリスは表情をあまり変えない。
「えぇ」と短く返事をするだけで、耳に入ったかどうかは分からなかった。
◇
「行きましょう」
馬車が城へとついて僕らは中にはいった。
以前来た時は緊張で気が付かなかったが玄関ホールは広く、天井には大きなシャンデリアが飾ってある。
床には赤い、刺繍の着いた大きな絨毯が敷いてあった。
ホールの右から伸びる廊下を歩く。
柱の間から庭が見えた。
整理された花壇と石でできた円形の噴水が見え、上部から細い線を描いて水が滴り落ちている。
不思議だ。
その庭を見ているとなぜだか心が和らいでいくのがわかる。
カチャリと廊下の扉をアリサが開けて僕らは会議室へとたどり着く。
中にはオリヴィアとシュバルツ、複数の男爵や見たことのない顔の者もいたが王はいなかった。
「遅いぞ」
僕らの顔を見て、少し厳しい顔をしたオリヴィアが説明を始める。
「昨晩、ヒューガから一通の知らせが届いた。
その中には老中の一人、夏虎殿が襲撃されたという旨の文と救援を求める内容が書かれている。
これをどうするか、話し合いたい
みんな知っているだろうが、次期皇帝争いによって今ヒューガは二つの派閥に別れている」
アリサの顔が歪む。
ヒューガに行ってきたのは最近のことだ。心当たりがあるのだろう。
オリヴィアは話し続ける。
「私としては、救援を送ってもよいのだが、非公式のものなのだ。簡単に出す訳にはいかない」
腕を組み、ぐぬぬとでも言いたそうに口をしかめている。
ーークラリスと関係があるのなら、
「僕が行きます」
その言葉が予想外だったのか、みんなキョトンとして反応に困っていた。
だがオリヴィアだけは違った。
「よく言ってくれた! 貴様なら丁度いい!」
豪快な笑顔を見せつけ、大声が響き渡る。
「でもお姉さま、クラリスが、」
「クラリスはヒューガの者だ。
道中役にたつだろう。連れていけ。
もし無事に帰ってくれば、監視から外してもよい」
そう言ったのはシュバルツだ。
本当らしい。
戸惑いの色がアリサの顔に浮かぶがクラリスにとっても、ユアンにとっても良い提案ではあったと思う。
「で、でも・・・・・・」
この話に決着をつけたのはクラリス本人だった。
「私に行かせてください。
祖国ですし、私ならばその手紙の内容がたとえ偽りであったとしても、大した問題はないでしょう」
真剣な表情で話す彼女の言葉を聞いたアリサは「はぁ、わかりましたよ」と僕らの提案を渋々と受け入れた。