転生
僕の名前は島谷光輝
今、中世ファンタジーの世界にきて馬車に揺られてる。
どう? すごいでしょ。
異世界転移だよ? あの。
なんでここに来たかは覚えていないけど僕は運良く野犬に襲われていたところを旅人に助けられて一緒に宿に泊まることになったんだ。
我ながら、運がいい。
でもここにやってきた経緯とか前世のことはよく思い出せない。
記憶にロックがかかってるみたいで思い出そうとしても引き出せないんだ。
とりあえず今日は一緒に宿に泊まる旅人と過ごそうと思う。
旅人は二人。
一人は男で僕と年が近い茶髪の、爽やかな青年だ。
名前はケイ。
野犬に襲われている僕を弓矢を使って助けてくれた。
もう一人は女の子。
茶色がかった髪が長くて、いわゆるお姫様って感じなんだけど服装がシンプルなベージュのシャツとズボンで勿体無いなって思う。
名前はわからない。
聞いてないんだ。
なんて聞いたらいいかわからなくて。
馬車が宿に着くみたいだ。
馬が泣いてその足を止めた。
大きめのカバンを持って降りていく二人に続く。
辺りは暗くて宿の看板にかかったランプの明かりが僕らを照らしている。
二階建てみたいだ。
扉を開けて入っていくと中はそんなに広くない。
どうやら受付と食堂が一緒になってるみたい。
ケイが受付をして、二部屋借りることになった。
案内してくれるって!
野犬に襲われた時はどうなるかと思ってたけどこれなら大丈夫そう。
野宿にならなくてよかった〜!
階段と廊下にランプが置いてあって雰囲気が出てるよ、こりゃ本当に異世界に来てしまったみたい。夢なんじゃないかな、
案内の人が渡してくれた。鍵を二人に渡す。
早く入って休みたい。
そして、彼はこう言ったんだ。
「それでは、《《ごゆっくりお過ごしくださいませ》》」ってーー。
その瞬間、僕の心臓の鼓動が早くなった。
ドクンドクンと音を立てて、身体を血液が巡っていくのを感じる。
突然、胸が青い輝きを放ち始める。
なんだ、これ……
雫のような宝石のようなそれが僕の胸の中で光っていた。
そして、音がしないことに気がついた。
男の歩く足が空中にういて静止している。
ケイが鍵穴に差し込んだ鍵はまわる気配はなく、廊下のランプの中の炎まで止まっていて揺れてはいなかった。
「やっと繋がった?コウキ、聞こえる?」
そこから声が聞こえてきてその瞬間思い出したんだ。
僕が前世でどうやって死んで、どうして今ここにいるかーー。
ーー僕は、どこにでもいる冴えない中学生だった。
でも長いこといじめられていた。
今もトイレでお弁当を食べてたら、上から水が降ってきた。
ひどいよね、でもこれが僕の日常だった。
僕の上履きに書いてある言葉知ってる?
赤く「死ね」って書かれた文字が10個も書いてあるんだぜ?
この間数えたんだ。多分合ってる。
早く帰りたい。
さすがに僕も限界かも、お弁当どうしようかなぁ。
作ってくれたお母さんには悪いけどトイレに流した。
これで今日はお昼抜き!
午後は無事に乗り切れればいいけど。
授業の時間は数少ない憩いの時間だった。
先生っていう頼りはないけど大人の見張りがいて、クラスのヤンキーを大人しくさせてくれる。
ありがたい。
この授業が終わったら早く帰らなきゃって思ってたら、声をかけられてしまった。
なんだよ、放課後屋上に来いって?
冗談じゃないぜ。
痛い……。
僕は殴られた。
顔の骨がきしむ。
なんでこんな目に。
いや、行った自分が悪いのか。
なんだか機嫌が悪そうだ。僕がへこたれないのが悪いって?なんだそりゃ。
早く終わればいいのにな……って思ってたら、やつらバット持ち出した。
なんでそこまで……。痛い、やばいな、腕が痺れて動かないや。金属バットはダメでしょ、こっちは抵抗もしてないのに。
え?まだ殴るの?許してよ……ほんとに、僕が何したって言うんだよ……。
それから二ヶ月後に僕は首を吊った。
理由はある時突然、体の芯のような、あるいは僕を支えている蜘蛛の糸のようなものがプチっと切れてしまったからだ。
そして怖くなった。
これから先も生きていくことが。
悪くはないと思う。
縄をかけると今まで感じたことのない恐怖が僕を襲った。
でも、それは一瞬で終わる。
結果、僕は死ななかった。
気がついたらミィロっていう神様のところにいた。
彼女が赤い髪の似合うすごい美人で優しくて、そんなに気分は悪くなかった。
異世界まで行っていじめられることもないだろうし。
確かその人から頼まれてた。
アリサっていう名前の女性を助けてほしいって。僕にできるのかはわからない。
「大丈夫よ。何かあったら私に祈りなさい」
彼女のその言葉を聞いて、僕はこの世界にきた。
今ようやく思い出した。
思い出さなかったら、よかったーー。
「コウキ、あなたに渡した力が、今目覚めたの」
力?
あぁ受け取った。確かに僕の胸の中に。
青く光る透き通った、宝石のような雫。
「その雫は嘘を感知するの。その男の表情から嘘を読み取ったのよ」
そんな馬鹿な。
「それが本当だったとして、どうなるんですか」
「その男はゆっくりしてなんて思ってないわ。
いい? 何かがアリサの部屋で起こることを知ってるのよ」
彼女の声は淡々と、しかし確実に事態を説明していく。
「何かって、例えば彼女が襲われるとかですか?」
「そうよ、今そこにいるアリサは今日、ここで殺されるわ」
それを僕に防げって言うのか。
自分だって助けられなかったのに。
「ケイを頼りなさい。あなたにはそれができるはずよ」
「分かりました……」
僕がそう言うと、胸の光が消えて、時間が動き始めた。
もう彼女の声は聞こえてこない。
これから、どうしよう。
信じてもらうしかない、と覚悟を決めながら僕はあかりのついていない、暗い部屋に入っていった。
ーーこうして、僕の異世界転生が幕を上げたんだ。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。