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小さな声

作者: 七色 鈴音



 その人は先輩だった。

 特別目立つような人じゃない。ただ、人より少し小さくて人より少し可愛くて人一倍よく笑う人だった。






 暇潰しついでに入ったのは放送部。2年の4月に咲から誘われて入った。特別な部活でもなく、やることはお昼の放送だけだったのも、面倒くさがりな俺にはぴったりだった。他の部員たちも部活、というより遊び、という意識の方が強かったようだ。


『たっくんは次期部長だから。』

 入って一番始めに部長から掛けられた声はこれだった。


『え?』

『だって他の二人は掛け持ちしてるし。一年には部長やらすわけにはいかないし。』

『よかった。帰宅部の子が入ってくれて。』

 そんな風に横で喜んでいたのが先輩だった。始めはこの二人しかいないむちゃくちゃな三年生に不安を覚えていた。実際むちゃくちゃで、とばっちりを受けるのはいつも俺だった。

 で、長かったようで短かった5ヶ月。9月の文化祭で先輩たちは引退だ。5ヶ月の間で、俺は自然と先輩が好きになっていた。



「たっくん。」

「はい。」

「スリッパ貸して。」

「嫌です。」

 俺は部長の頼みを即座に断った。というのは先日、何の疑いもなくスリッパを貸すと、見事に銀色に塗装されて帰ってきた。しかもなかなか乾かず、最後には美術の先生に頼んで塗られたペンキを落としてもらうという騒ぎになった。そしてその後に待っていたのは先生からの小言だった。そんなことがあったから、今楽しそうにリボンをいじっている先輩を見てもいい予感がしなかった。

 俺がはっきり断ると駄々をこねる子供のような顔をする部長。でもすぐ顔を戻して諦めたような顔をする。

「でもわかってる。さすがに私でもこれはやってはいけないことだって知ってる。男の子のスリッパにリボンはさすがにつけられないよね。だからみお!!」

「無理。」

 スリッパ事件で一緒に被害を受けた先輩も即答した。

「なんで~?」

「この間みたいにされたら困るから。スリッパ3日間も乾かなかったんだよ!?」

「それはごめんって。でもまぁいいじゃん。さすがにたっくんにやるのは可哀想でしょ?」

 先輩はため息を返しながら言う。

「だからといってやらすわけにはいかないし。まず自分のスリッパをやってからにして。」

 そう言った瞬間、部長の目が光る。

「じゃあ、私がやったらやってくれるんだよね?」

 一瞬しまった、という顔をした先輩。前回、部長が自分のスリッパにやった塗装と俺らにやった塗装には随分な差があった。先輩はこっちをちらりと見た。それにドキッとしているこちらには気付かずに。

「じゃあ私はたっくんがやったらやる!!」

「えー!」

「ゆるせ、たっくん!」

 そう言って少し意地悪な笑みを浮かべる先輩。怒ろうかとも思ったが、本当に楽しそうに笑う先輩を怒れるわけはなく、結局はこの笑顔に流されてしまった。

「ねぇ、私としては自分のスリッパにやることには何の抵抗もないんだけど。だから二人とも早くスリッパ出せや。」

「前科があるでしょうが!ペンキの!」

「いや、あれは本当に悪かったって。反省してる。だからスリッパ貸して。」

 本当に反省しているかわからない部長の言葉に、先輩はため息をついて携帯をいじり出した。どうやら無視することにしたらしい。

 この後、あの手この手でスリッパを奪い取ろうとする部長の魔の手から逃げ切り、俺は昼休みを無事に終わらした。








「起こしちゃ駄目だよ。」

 放課後、放送室に来た俺は部長の言葉の意味がわからず、いつも通りに部屋に入る。そして、机に突っ伏して寝ている先輩の姿を見つけた。

「あー……。」

 まるで死んだように寝ている。どうしたら対応すればよいのかわからず、部長を見る。目で放っておけ、と言われた。その後俺はもくもくと作業を始める。

 作っていたのは、文化祭の放送部企画で飾る立体文字。これが結構本格的で、この数週間、放送部は「工作部」と呼ばれていた。

「たっくん。私帰るわ。」

 不意に声をかけられたのは俺が1時間後だった。集中していたせいか、1時間が一瞬に感じた。

「塾っすか。」

「うん。こいつ、よろしくね。」

 そう言って指差された先輩は先ほどと顔の向きが変わっていて、今では寝顔をみることが出来た。

「了解です」

 そう言うとほぼ同時に部長は後ろを振り向くこともせずさっさと帰ってしまった。

 静かになった放送室。ふと、先輩に目をやる。先輩の寝顔は俺からしたらとても可愛くて、つい髪を撫でたりしたくなってくる。そんな自分を一度だけ許してみる。思っていたよりも柔らかい、細い髪に小さな頭。もっと触りたい。そんな欲を理性で抑えつける。

「………何やってんだろ、俺。」

 そういって、俺は頭を冷やすためにトイレへ向かった。





 俺がトイレから戻ってくると先輩は起きていた。心なしか顔が赤い。

「先輩?熱でもあるんですか?顔、赤いですよ。」

 先輩は眠たそうな動作でゆっくりと手を自分の額にあてる。それから首を横に振った。その後、糸の切れた人形みたいにバタン、と机に突っ伏した。

「……先輩?」

「………。」

「俺、もう帰ろうと思ってるんですけど。」

 先輩はこく、と頷いた。

「先帰っていいっすか。」

 ふるふると首を横に振る。

「じゃあ帰りましょう。家に帰ってからでも寝れるでしょ?」

そういうと、しばらくしてから先輩がのそのそと動き出した。先輩の荷支度が終わると、俺たちは放送室を出て学校を後にした。



「なんか、変な感じだね。」

 くすくす、と笑いながらそんな風にいう先輩。

「何がっすか。」

「こうやって一緒に帰るの。」

 今まで一緒に帰るなんてことはあまりなかったのだが、文化祭が近付いてきて遅くまで残ることが多くなり、最近は俺と部長と先輩の三人で帰ることが多くなった。だが、部長は別方向なため、二人きり、というのは珍しくはなかった。だから、俺は先輩の言葉の意味がよくわからなかった。

そんな俺を見て、先輩はまたくすくすと笑う。

「うーん。何かね、変だと思ったの。理由はよくわからないけど。」

 少し照れたように、少し嬉しそうに笑うその笑顔は本当に可愛いと思う。

 その後は他愛もない会話が続く。授業であった面白い話、将来の夢の話、お互いの友達の話などなど。会話は途切れることなく、いつの間にか駅に着いてしまった。帰る方面が違うのでいつも通り、改札を通ってさよならを言おうとして振り向くと、先輩が俯いていた。


「先輩?やっぱり気分が悪いんですか?」

「いや、違うんだけど……」

 煮え切らない態度。俺は先輩に何かしてしまったのだろうか。

「俺、なんかしましたっけ?なんか、すいません。」

「違うの!そういうことじゃ、ない、んだけど……。」

 勢いよく顔を上げて、段々と顔を赤くしながら俯いていく先輩。本当にどうしてしまったんだろう。

「………なの。」

「え?すいません。聞き取れなかったです。」

 今度は聞き取れるように俺は耳に全神経を耳に集中させた。









「…たっくんが好き、なの。」




それはそれは小さな声だった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 初々しいですね。 学生時代を思い出しました。 とてもいい作品だと思います。 今後も執筆、応援しています。
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