❄50:テレシアが望むは――――。
瞬く間に寝室から走り去ったランヴェルト様は、思いのほか早く戻って来られました。
「じ、じょと……いし…………よんっ、ッハァ……呼んだ」
肩を上下させ、ゼーハーと荒い息を吐きながらそう言われると、その後すぐにベッド横の床に跪かれ、私に無理に動かぬよう言われました。
その後、少しして侍女たちが寝室に入ってきました。
お医者様が来るまでは、少し時間が掛るようです。
普段とは違うズンズンとした痛みから、どうやら陣痛が起こっていたのだと理解しました。
唸りたいほどの骨を抉るような痛みが来たかと思うと、ふっと和らぐタイミングがあり、その時に急いでお尻の下に清潔な布を敷いてもらいました。
動かなくとも羊水が漏れ出ていくので、ベッドを汚してしまい、ちょっとしょんぼりです。
「そんなことを気にしなくていいから」
「はい」
「ほら、水を飲みなさい」
「ありがとうございます」
ランヴェルト様が甲斐甲斐しくお世話してくださいます。
「他には? 欲しいものはあるか?」
「っ……」
――――欲しいもの。
言って良いものか分からなくて、言葉に詰まってしまいました。
それに気付いたランヴェルト様が、真剣なお顔になられました。
「我慢も遠慮もいらない。私たちは夫婦だろう? 天下を取ってこいと言うなら取ってくるし、ケーキが食べたいと言うなら今すぐ作る!」
「っ、あはははっいたたたたた! ランヴェルト様っ、あははは! 痛いから笑わせないでくださいっ!」
「ぬ、すまん……」
天下だの、ケーキだの、妻や妊婦を何だと思っているのでしょうか。そんな不思議な思考回路をした生物ではないはずですが。
ランヴェルト様のそのセリフで、彼が心底慌てているのが分かって、なんだか笑いが込み上げてきました。
「とにかく、何でも言って」
少し不安そうな面持ちでそう言うと、首を傾げて見つめてこられます。
仕草が表情が、そこらの少女よりも少女らしく、あまりにも美しいのですが、男性なのですよね。
ちょっとスンッとなってしまったのは内緒です。
「では――――」
甘えても、良いんですよね?
「――――手を握って欲しいです」
「は?」
ぽかんと口を開けて、放心したような反応をされてしまいました。
「手を、握って欲しいのです」
いろいろなことが初めてで、ずっと痛みが続いていて、ちょっとだけ不安になっています。
ランヴェルト様のお気遣いも嬉しいのですが、ただ手を繋いで、「大丈夫だ」と言ってもらえたら、なんだか不安が拭い去れるんじゃないかと思ったのです。
「っ! 尊いっっっ!」
ランヴェルト様が何かを噛みしめるように歯を食いしばり、小声で叫ぶという謎の特技を披露されたあと、素早く手を握ってくださいました。





