❄32:ランヴェルト様はできる人。
数年前に起きたコニング侯爵邸火災消失事件は、王都全体で話題になっていたと記憶しています。
侯爵と使用人たち数人が犠牲になったことも、話題になった原因だったと。
「もしかして、火災で亡くなったとされた方々は」
「ん」
少し困ったように微笑んだランヴェルト様。
それだけで、手紙に書いてあった『刺した』という言葉に真実味が生まれました。
「相変わらず、中身は意味不明で独り善がりだな――――」
ランヴェルト様から見た真実のお話。
何年も掛けてコニング侯爵とそれに連なる者たちの裏を取り、情報を集め、追い詰めて追い詰めてあと一歩のところまで来ていたそう。
軍部からの引退を成功させ、あとは審問会で罪状の確認を……というところで、コニング侯爵家から早馬が王城に到着。
屋敷で殺人事件が起こったが、状況的にどうしたらいいのか判断を仰ぎたいとのことだったそうです。
「駆け付けると、食堂は血まみれでね……」
アーデルヘイト嬢が食事用ナイフでの凶行。
侯爵の亡骸は、それは見るも無惨なものだったそうです。多数の刺傷は顔と心臓に集中し、恐ろしいほどに深い怨みを感じたと。
そして、アーデルヘイト嬢は高笑いをしながら屋敷に火を放ちだしたとのこと。
「私が行けば止まるかもしれないと言われ向かったが、そのせいでさらにあの女の妄想が悪化し、私に襲い掛かってきた」
「えっ……」
怪我などをされたのではと焦りましたが、ランヴェルト様が涼しい顔で「蹴り飛ばして気絶させた」と言い放たれました。
「…………蹴り」
「アレの母親や使用人たちは完全にあの女の支配下だったのだろうが、私は関係ないからな。ただ気持ち悪いだけだ」
ランヴェルト様が珍しく早口で饒舌に語られています。
滲み出ているのは、本気の嫌悪。
―――――あら、まぁ。
「ランヴェルト様は、状況によって女性を蹴ることができる、と」
「っ! なっ!?」
「………………? あっ」
心の中にメモしようとしていましたら、口から漏れ出ていたようです。
ランヴェルト様のお顔が真っ青になっていっていますが、どう言い訳をしましょう。別に悪い意味とかで受け取ってはいなかったのですが、ランヴェルト様の反応からするに、少なからず彼に焦りを与えてしまったようです。
「違うのです。ただ、情に絆されることなく、ご自身の安全と最適解を瞬時に判断できるのだなと」
感心というか、安心したと言いますか。
「いや、だが……先ほどの言い方は――――」
ランヴェルト様がまだ何やら気にして話したそうにしていたのですが、そこで執務室の扉がノックされ、執事が入ってきました。
王城へ向かう時間になってしまいました。
「いってらっしゃいませ」
「え、いや――――」
「私はもう一度この手紙に目を通しますね。他の女性から届いたものは、戻られてから一緒に見てもよろしいのですか?」
「それは構わないが――――」
「では、いってらっしゃいませ」
ランヴェルト様が後ろ髪を引かれているようにこちらを振り向いていたのですが、執事にグイグイと背中を押されて早歩きをさせられていました。
「いってらっしゃいませ」
もう一度、そうお声を掛けるとなぜかしょんぼりと俯かれてしまいました。
――――あら、可愛いですね。





