❄11:氷の貴公子様とオレンジジュース。
カサリ。
本を捲る音。
ヒソヒソ。
令嬢たちの囁き。
それらが入り混じり、少し集中できなくなってきています。
何より目の前には、オレンジジュースを飲む氷の貴公子様。なんというか、違和感が物凄いです。
手元には過去の世界大戦を元にした戦記が閉じられたまま置かれています。
読むの読まないの、どっちなの。
「ん? どうした?」
「……いえ」
氷の貴公子様から手元の本に視線を戻しましたが、やっぱり集中できません。
ページを捲るだけは意味がないので、本を閉じました。
「もう良いのか?」
「……ええ」
「君は恋愛小説を読むんだな」
「…………悪いですか?」
「あっ、いや」
煩くて、集中できなくて、少しもやもやしていたのが言葉に出てしまいました。
こんなことでは令嬢失格ですね。
「大変申し訳ございません」
「ん?」
先程の態度を謝ると、氷の貴公子様が困ったような微笑みでコテンと首を傾げました。
その瞬間、辺りから黄色い悲鳴が湧きました。
「っ、すまない。個室にすれば良かったな」
「……はい」
「今から移動するか?」
「いえ。もう帰りましょう」
「…………ん」
大好きなはずのシフォンケーキは半分も食べられず、オレンジジュースもほとんど残してしまいました。
店の外まで見送りに来てくれたマスターに一言謝り、馬車に乗り込みました。
いつも通りの無言の馬車内。
家に着き、氷の貴公子様にカーテシーをして屋敷に入りました。
後ろから声を掛けられたような気がしますが、気のせいということにしました。
「お嬢様、どうかされましたか?」
自室のレターデスクでぼぉっとしていましたら、侍女が心配そうに顔を覗き込んで来ました。
「…………謝罪の手紙を書こうかと思って」
「まぁ! でしたら、もっと可愛らしい紙にしてくださいませ!」
「可愛らしい紙?」
「はい。少々お待ちを」
侍女がバタバタと走り去って行く姿を見送り、手元に視線を戻しました。
我が家の紋が透かしで入っている紙が一番良いのでは?
謝罪文に可愛らしさは必要なのでしょうか?
「――――必要です!」
「何も言ってないわよ」
「首を傾げていましたから。お嬢様なら絶対に『可愛らしさは必要ないわよね』とか考えています」
「…………」
幼い頃から一緒にいる侍女とは、ここまで察するものなのかしら?
まぁ、察しが良いのはありがたいけれど。
「こちらから選んで下さい」
「……………………目が痛いわね」
「そちらは愛の告白向けですね!」
「…………こっちにするわ」
「えー?」
ピンク色と赤色のハートがたくさん描かれたレターセットを退けようと思って摘むと、告白だなんだと言われたので、そっと遠くに置きました。
薄桃に染められた紙の右下にアーモンドの花が淡く描いてあるレターセットを取ると、なぜが不服そうな声を出されました。
「可愛いじゃない」
「可愛いですけど、婚約者様に出す愛の手紙にしては大人しすぎませんかね?」
「…………謝罪文よ?」
「愛の手紙ですよ?」
侍女が人の話を聞きません。
どうしたらいいのかしら?
「ハァ…………謝罪文を書くから、一人にしてちょうだい」
「かしこまりました」
さて、どう書こうかしら。