❄1:氷の貴公子と黒髪の少女。
連載版、始めました。
本人たちの意志などはそっちのけで、親同士が決めることの多い貴族の結婚。私たちもその因習とも言えそうな習慣に漏れず、そうなりました。
相手を聞かされて先ず思ったのは、『面倒なことになりそう』でした。
なぜなら、相手は『氷の貴公子』とかいう恥ずかしい渾名を付けられている、王弟殿下の御子息であるランヴェルト様。
彼が令嬢たちに流させた涙は数知れず、とか。
「ハァ…………面倒だわ」
面倒でも、顔合わせをするのだから、多少は見た目を整えなければいけません。
妙に癖のついたまとまりづらい黒髪を、侍女に梳られながら、何度目かのため息を吐いてしまいました。
「……ハァ」
私は、幼い頃から幸せな結婚生活というものがよくわかりませんでした。
友人たちは愛だの恋だのと、とても楽しそうに話していましたが。両親の仲は冷え切り――温かかったことがあるのかは謎ですが――まぁ、冷え切っていましたから、私はそういった系統に夢も希望も持てなかったのです。
そういえば、友人たちが結婚してから紡ぐ事もできるとかなんとか言うので、少しだけ希望を抱いた時もありましたね。
「テレシア嬢、私はお前を愛することはないだろう」
どうやったらそんな綺麗な色になるの?というくらいの、白銀の髪と氷結した湖面のような水色の瞳の『氷の貴公子』様に言われ、友人たちとの会話をふと思い出しました。
それにしても、不機嫌を表情に乗せていますが、貴族としてどうなのでしょうか?
一般的に、半年後に結婚する相手の家のサロンで、婚約者に向ける表情と言葉ではない気はします。
……が、まぁ、人のことは言えませんよね。
「そうなの? 私もよ」
つい笑顔でそう答えてしまっていましたし。
氷の貴公子様が瞳を大きく見開いて、キョトンとしていますが、何か驚くことでもあったのでしょうか?
「あの、なにか?」
「……いや、別に」
「そうですか。では、これで失礼いたします」
顔合わせも挨拶も終わりましたし、私は自室に退散しようとしましたが、お父様に引き止められてしまいました。氷の貴公子様に庭園を案内しろと。
王城内をよく知り、広大な土地と豪奢な建物を所持されているような方に、我が伯爵家のみすぼらしい庭園を案内したところで、恥をかくだけではないのでしょうか。
「テレシア、行きなさい」
「…………承知しました」
どうやらお父様は、氷の貴公子様と私を二人きりにして、親睦を深めさせたいという思惑があるようですね。「行きなさい」と言うと同時にギロリと睨まれましたので、きっとそういうことでしょう。
そもそも今の問題発言を聞いても無反応ということは、双方の家で織り込み済みの流れなのでしょう。当人たちは横に置いた状態で。
娘が庭園を案内する、とお父様が無表情の氷の貴公子様に伝えると、彼がすっと手を差し伸べて来られました。そこはちゃんと紳士なのですね?
「ありがとう存じます」
差し伸べられた手に自身の手を重ねると、『氷の』と言われている割には手がとても温かく、驚いてしまい瞬間的に手を引いてしまいました。
「どうかしたか?」
少しムッとしたようなお顔で睨みつけて来られましたが、それは淑女に向ける顔ですかね?
紳士なのか紳士じゃないのか謎な人物です。
「いえ。参りましょうか」
「あぁ」
これが、巷で大人気の『氷の貴公子』と私の出逢いでした――――。
何話か連投していきます。