最終話
※グロテスクな表現がありますので、予め覚悟を決めてこの先にお進みください。
(うーん……どうしましょうか?)
国王裁判より一週間後。刑罰の本を一通り読み終えた聖女セシリアは、自分を騙して誘拐しようとしていたという罪人達への罰を決定すべく悩んでいた。
「確かに、彼らは悪いこと……をしていたのですよね? でも、私としてはあまり酷いことはしたくないですし……」
セシリアは国王が、そして罪人達が予想していたとおりあまり厳しい罰を与えるつもりはなかった。
どこまでも優しく、愚かなほどに甘い。そうなるように躾けられてきたから当然と言ってしまえば当然だが、他者を恨むと言うことが理解できない彼女にとって報復など埒外の話なのだ。
「殺してしまうのは流石に可哀想ですし、一生牢屋というのも苦しいでしょう。かといって鉱山で一生を過ごすのも牢屋と対して変わりは無いと思いますし、家も食べ物もなくして追い出されるのだって辛いはずです」
聖女はどこまでも優しかった。だから、この中から選べ――正確には過去に存在した判例というだけなのだが――とされるほとんどの刑が過剰なものだとしか思えなかった。
「……やっぱりこれですかね。時間はそれなりにかかってしまいますが、この中では一番温厚です」
しかし、その中に一つだけ、彼女から見ても許容範囲の、とても簡単で何が罰なのかもわからないものがあったのだ。
それなりの時間拘束されることになるが、終身刑に比べれば遥かに短くて済むし何の苦痛もない。ただ座っているだけで終わるという、ちょっとしたお仕置きに丁度いいものが。
「早速国王陛下にお伝えしましょう」
セシリアは自分の決定を伝えるべく、国王リチャードの下へと向かった。
すると――
「なっ……!! そ、それは本心なのか? 誰かに命令されたのではないか?」
リチャードは聖女の言葉に耳を疑い、目玉が飛び出すのではないかと思うほど目を見開いた。
しかし、国王裁判後のセシリアのガードは完璧だった。余計な入れ知恵をさせないために警備は万全であり、これは間違いなくセシリア自身の決定だとリチャード自身が誰よりも理解しているのだ。
「うむむ……いや、其方の決定が全てだ。それを覆すことは余にも不可能なことだが……本気なのか?」
「はい! これが一番だと私は思います」
「そう、か……。これもまた、聖女に弓引いた事への運命なのか……」
リチャードは何かを諦めたように呟き、虚空を見つめる。
しかしいつまでもそうしているわけにもいかないと、聖女の望むままにせよと配下へ命令を下したのだった。
小賢しい考えで息子に慈悲をかけようとした。その、王として相応しくない行いの罰なのだと受け入れるように……。
そうして、聖女の望んだ刑罰執行の用意は速やかに調えられた。
そんなことは夢にも思わず、適当な追放刑を受けるだけだと思っている罪人達が未来への皮算用をしている間にも、着々と準備は進められていった。
ついに全ての準備が整ったその時、罪人達は一斉にとある部屋へと連行されてきたのだった。
「ク……いつまで縛り上げているつもりなのだ! セシリアが決定権を持ったのだろうが! さっさと私を解放しろ!」
縛り上げられた罪人の一人――エリックが叫ぶ。今は猿ぐつわを外されており、身体こそ拘束されているが口は自由にきける状態であった。
「ふん……あの小娘なら温い追放刑辺りを選んだのだろう? いつまで私達にこのようなことをしているつもりなのだ?」
もう一人の主犯格、ヴィットーもまた偉そうな態度で連行してきた兵士へと不満を垂れる。そこに一切の反省の色はなく、クズはどこまでいってもクズなのだとはっきりわかる態度であった。
その二人だけではない。同じように捕らえられている教会の元上層部達もまた、似たり寄ったりの不遜な態度を取り続けているのだった。
そんな罪人達の姿を見れば、まともな感性の持ち主ならば不快に感じることだろう。まして、事実上の無罪放免なんてことになるのならば殺意の一つくらい見せてもおかしくはない。
なのに――連行する兵士達の目には、一つ残らず同情が見られるのであった。
「な? なんだ? 何だその目は?」
あまりにも予想外の兵士達の態度に、余裕が崩れていく罪人達。
しかし、そんなことは無関係に目的地へと到着してしまうのであった。
「お待ちしていました」
「……セシリアか。グズグズしていたようだが、もう決まったのか?」
「はい。国王陛下にお願いし、私の決定を実行させてもらいます」
連れてこられた部屋には、聖女セシリアが待っていた。
大方、最後の見送りの挨拶にでも来たのだろう。心のどこかにこびりついた不安を払拭するためか、罪人達は皆そんなことを考えていた。
――セシリアのすぐ後ろにある何かのことを、見ないようにするために。
「皆様には、五年間のごうもんけい……? というのをやってもらうことにしました」
「は?」
「まずは、この……えっと、名前なんでしたっけ? なんとかの牛さん? に入ってもらいます。その後に火を付ける……だったはずです」
セシリアが指さしたのは、鉄製の牛の模型だった。中に人が入れる空洞があり、そこに罪人を詰めて加熱することで焼き殺す――処刑道具である。
しかし、この道具はあくまでも拷問器具。焼き殺すほどの熱は内部に伝わらないような工夫が施されており、生と死の狭間を行き来するような灼熱地獄を体験できる悪魔の発明であった。
「それが終わりましたら、次はあの……鉄の女性……でしたっけ? あれに入ってもらいます」
次に指さしたのは、内側に金属製の針がびっしりと付けられた拘束具のようなものであった。
あんな物の中に入れば確実に死亡してしまうだろう凶悪な器具だが……それでも、あれもまた拷問器具の一種とされている。針の長さを調節できるようになっており、身体の表面を穴だらけにするが重要臓器までは届かないので即死はしない仕様だ。
「あ、その前に石を抱えてもらう方が先でしたっけ?」
セシリアは覚えたことを必死に思い出すように呟き、今度は端っこに寄せられている鋭角な突起の付いた石の床と、人の膝に乗せられるくらいの重りが用意されている。
突起付きの石の床の上に罪人を正座させ、膝の上に重りを乗せていくという拷問方法だ。
「他にも鞭で100回叩くとか、逆さに吊して水の中に頭を沈めて浮かすのを繰り返すのとか、凄い電気を流すとか、飲むと苦しい毒を飲むとか色々あるみたいです。これを全部体験して一日が終了する、というのを五年間繰り返してもらいます」
聖女は慈悲深い笑顔で、その破滅の未来を朗らかに口にした。
罪人達は、一体何を言われているのかと全員が顔面を死人のように青ざめさせる。
ハッキリ言おう。五年どころか、こんな限りなく処刑に近い拷問のフルコースなど一日で死亡する。もはや、ただの斬首の方が千倍慈悲深いと呼べる悪魔の処刑だ。
「な……何を考えているんだ貴様!」
「そんなことできるわけがないだろう!!」
罪人達は、口々に慈悲の笑みを浮かべる聖女へ思いつく限りの罵声を浴びせる。
確かに、恨まれる覚えはある。しかし、いくら何でもここまではやり過ぎだろうと涙を流して訴えるのだ。
仮に国王が親としてではなく王としての責務を優先させたとしても、ここまでのことはしないだろうと。
しかし――その慟哭は、聖女にはこれっぽっちも届かないのであった。
「だって、別にこんなことをされた程度じゃ何にもならないじゃないですか」
「は……?」
「いや、何を言っている……?」
「あ! もちろん、逐一傷は私が癒やしますよ? 死んでしまうのは可哀想ですからね!」
セシリアは元気いっぱいに、彼らの不安を取り除こうとそう宣言した。
なるほど、確かに一度の拷問ごとに癒やしの奇跡を受けることができるのならば死にはしないのかもしれない。全身を穴だらけにされようとも、即死でないのならば――否、死んでいたとしても肉体の損傷が軽微ならば聖女は全てを癒やすのだから。
しかし、そういう問題ではない。傷が治れば何の問題もないなんて言えるほど、人間という種族は頑丈にはできていないのだ。
「く……狂っている! なんでこんな残酷なことを思いつけるんだ!」
そう叫ぶのが、権力に目がくらんで一人の少女を食い物にしてきた元神官達や元王子だというのだから滑稽な話だ。
しかし、当人達からすれば冗談ではないだろう。これから、彼らは死ぬことすら許されずに延々と死の苦しみと癒やしの地獄を味わうというのだから。
「……? これが一番軽い罰でしょう? 私はこの刑罰を考えたというオーマという王様はとてもお優しい方だと思いますし」
常人ならば想像するだけで目を背けるような悪魔の宴。それを優しいと笑顔で口にするセシリアは、本当にこの拷問刑が優しく慈悲に溢れたものであると心の底から信じている。
何故ならば――
「ほら、例えばこれですけど……」
セシリアが手に取ったのは、大きめの鋼鉄の手袋であった。
セシリアはその手袋を何の躊躇もなく自らの右手に嵌め、手の甲のところについているボタンを押した。
すると、グシャという音が響くと共に、手袋の指先が赤く染まったのだった。
「おい……それは、なんだ……?」
「はい、この手袋は、ボタンを押すと指先が潰されるみたいです。それだけですよ?」
セシリアは笑顔で手袋から右手を取り出した。
すると、言葉の通り彼女の指は五本全て潰れていた。指先という神経が多く集まっている部分を押しつぶす――常人なら、これだけで発狂してもおかしくない激痛が走っているはずだった。
「ね? こんなことで済むんですから、ちょっと時間はかかるかもしれませんが何も心配する必要はありませんよ」
そういうと、セシリアの潰れた指先は逆再生するように元に戻っていった。
まるで、何の苦痛も感じてはいない様子で。
――癒しの奇跡を持つセシリアにとって、痛みなど完全に無意味なものだ。
そもそも痛みとは、身体の異常を知らせるためのシグナルである。もし痛みを感じることができなければ怪我をしても気がつくこともできず、気づかないまま手遅れになるかもしれない大切なものだ。
しかし、一瞬でどれ程の深手だろうが治せる異能力者からすると、活動を阻害するような激痛など邪魔でしかない。わざわざ痛みを発生させて患部を保護するように訴えかけずとも、すぐに治るのだから。
だからなのか、癒しの奇跡をもつセシリアには生まれつき痛みという感覚がなかった。厳密には触覚がないのは不便なので何も感じないわけではないが、常人なら発狂するような痛みを伴う大怪我でようやく『小さな針でつつかれた』程度の刺激を感じる止まりだ。
それは、普通の人間なら過労死するような毎日を送っていても一切不平不満を感じることすらなかったことからもわかるだろう。教会が行ってきたような過酷な日々を過ごしても、これっぽっちも辛いとすら思わないほど彼女の身体は苦痛に強いのだ。
それは決して欠落しているのではなく、進化の結果というべきだろう。
彼女の身体は、単にあるだけ邪魔な機能を削除しただけであり、生物が今まで繰り返してきた数多の変化の一つでしかないのだ。
故に、セシリアには理解できない。
どうして怪我をしたなんて『何ともないこと』で大騒ぎをするのかが。
痛みという概念を持たないセシリアにとって、身体を傷つける罰など実質ノーペナルティに等しいのだ。
罰を与えねばならないならということでこんなことを選んだのも、彼女からすれば優しさでしかない。
傷はどうせ後で自分が癒すのだし、彼らにとって何の損もないのだ。癒やしの怪物にとっては、彼らが望んだ通り『罰を与えた体裁を保つ』だけのノーペナルティなのだから。
「さあ、早速始めましょう。結構数がありますから、早くしないと今日中に終わりませんから」
にこやかな聖女の笑みと共に、罪人達への罰が執行される日々が始まった。
セシリアは今までどおり民衆への奇跡を施す傍ら、自らの自我を形成するための勉強を行う。その合間合間に拷問部屋を訪れ罪人達を修復し、また破壊を繰り返させる。そんな日々が始まったのだ。
そう――人間達はとんだ思い違いをしていたのだ。
目の前にいるのは便利な道具でも、扱いやすい小娘でもない。人間がどれだけ望んでも手に入れることができない異質な力を持った怪物――それが聖女の本質。
怪物を前に、身の程知らずにもそれを自らの食料だと思っていた愚かな獣が怪物に食われた。結局は、ただそれだけの話なのであった。
「はい――今日も、皆様が幸せであることを祈っております」
聖女セシリアは幸せになるだろう。生きている限り決して不要になることのない奇跡の力を持ち、本人の性格も善良そのもの。
いつか、必ず彼女を幸せにしてくれる者が現われ、彼女を本当の意味で幸せにしてくれるはずだ。
そんな、一人の少女が新たな人生を歩み始める傍らで――悪魔の刑罰を受け続ける罪人は、最長でも三日しか正気を保ち続けることはできなかったという。
でも、安心していい。死者すら蘇らせる奇跡の聖女。その力は、当然狂った心すら瞬く間に正気に戻してくれるのだから……。
タイトルどおりだから何も問題はないはず(倫理観の欠如)。
清廉潔白でお優しい聖女様って、ストレス溜めさせてくれる割りに自分じゃ何も行動しない、全て都合のいいヒーロー様が悪党退治をやってそれを眺めているだけですよね。
というわけで、実は腹黒いとかもなしで清廉潔白で慈悲深いままやることはやる話を書いてみました。
実際、どんな大怪我も瞬時に無限回復するチート能力とか持っているんなら行動を阻害する激痛とか何の意味もないマイナススキルでしかないですし、そんな能力持ちが常人と同じ感覚を共有するのとか無理だと思うんですよね……。
面白いと思っていただけたならば、感想、評価(↓の☆☆☆☆☆)よろしくお願いします。
最後にちょっとだけ名前が出て来ました悪魔の王が主役の同作者長編もよければ見ていってください!
『魔王道―千年前の魔王が復活したら最弱魔物のコボルトだったが、知識経験に衰え無し。神と正義の名の下にやりたい放題している人間共を躾けてやるとしよう』
https://ncode.syosetu.com/n5480gp/
ちなみに、魔王道を知っている方だけにわかる小ネタを活動報告(2024/1/5)で投稿しておりますのでお暇でしたら見てみてください。