第四話
「これより、聖女セシリア誘拐未遂事件並び、聖女セシリアへの虐待、不正労働に関する国王裁判を開始する」
聖女誘拐未遂事件よりしばらく経った日。ついに関係者一同の罪を裁く日が訪れた。
イーペン王国の法では、一定以上の階級に位置する者を被告とする裁判では最終決定を国王自らが下す事となっており、この一件は当然国王裁判が適応された。
よって、国王リチャードが開始の宣言をするこの国で最も権威のある裁判が開かれることとなったのだ。
「被告、背信者ヴィットー及び共犯の神官一同。そして元王子エリック。前に出よ」
リチャードの命令により、兵士に連れてこられたのは縄で縛られ猿ぐつわをされた元教会の上層部と、元王子のエリック。
この裁判の前に、既に幾つか予備裁判が行われている。国王裁判は最終的な国家の決定を告げる処刑の場であり、その前に反証を含めて様々な悪事を整理し、正式に罪状を与えるための前準備として通常の裁判も行われるのである。
それによって、既に彼らは全員罪人の称号を背負っている。既にここまでで確定した罪状のみでもエリックの王族としての一切の権限は剥奪が決まっており、また教会も数々の不正犯罪――セシリアに関わらないところでも、数々の詐欺、恐喝、横領のオンパレード。更には主に幼い子供を対象とする人身売買まで横行している有様――が明るみとなり、事実上の機能停止を起こしているのだ。
つまり、もう彼らには権威や権力で文句を言う術は一切残されていないということだった。
「被告一同の罪は既に明白である。それを示す証拠も十分にある。幼い少女を誘拐同然で拉致し、自分達に都合のいいように奴隷のような扱いをしていたことも全て事実として証明されている。もはや疑いの余地は無いと考えるが、誰か反論はあるか?」
被告人たちはうーうーと猿ぐつわをされたまま何か叫んでいるが、彼らに発言権はない。
国王裁判は、いわば出来レースだ。本来やるべき細々とした事実確認や弁明が許されるのは予備裁判まで。国王裁判では初めから結果が決まっており、それを正式な沙汰として罪人を裁くために存在する儀式のようなものなのだ。初めから彼らの罪は既に確定しており、有罪は決定事項。そもそも王の名において王族としての権限の剥奪、国教としていた宗教の機能不全まで追い込んでいるのだから、事実上刑の執行は始まっているようなものだ。
だからこそ、誰も声を上げることはない。罪人達に弁明する機会すら与えない。ただただ、罪人達は聖女を利用し傷つけようとしてきた悪党として裁かれるだけなのである。
「罪人達への裁きであるが――聖女セシリアをここに」
「はい」
国王裁判で告げられるのは、罪人達への罰のみ。
その慣習に従い、後は罪人達へ処刑なり島流しなり永久投獄なりを告げるだけのはずなのだが……何故か、国王はセシリアを呼び出した。
その行動に傍聴していた観衆達はざわつきを見せるも、セシリアは聖女としての姿に一切の揺らぎを見せずに壇上へと上がっていった。
「この者達への裁きであるが、私は聖女セシリアに一任したいと思う」
「それは――」
「よろしいのですか?」
裁判に同席していた貴族達から疑問の声が上がる。
当たり前だ。この国王裁判で裁きを下す権限があるのは国王のみ。だからこそ誰にも覆すことができない絶対の沙汰を下す場なのであり、その権限を当事者とはいえ外部の者に委ねるなど権威への冒涜だと思う者がいても何も不思議なことではない。
しかし――
「だからこそ、だ」
国王リチャードはそれだけ言って貴族達の疑念を退けた。
そう、この決定権は国王のみに許された特権。それを渡すという行いにある裏の意味――それは、この一連の事件に対し国王としてはもちろん、親としての情も一切混じっていないことをアピールすることにある。
ここまで苛烈にして即断即決に罪人を捕らえ裁いてきたからこそ表立っていないが、主犯格の一人は国王の実の息子なのである。
となれば、どれだけ公平で公正な裁きをしましたと言っても不信は残ってしまうだろう。親として甘い判断をしたんじゃ無いか、王家として自分達の傷を浅くしようと画策したんじゃないかと。
はっきり言ってしまえば、罪人の身内であるリチャードは裁判を取り仕切るには不適切なのだ。しかし最終決定権を持つのは国王しかいない以上やるしかない。
その矛盾を解決するために考えたのが、被害者であるセシリアに全てを委ねること。セシリア本人が決めた罰となれば国王が温情采配を行った、などと言われることはなくなるはずだ。
(それに、聖女への謝罪にもなる)
国王として権限を一度限りとはいえ譲渡するなどまずあることではなく、それをもって王家から聖女への謝罪とすることもできる。
恨みを晴らす最高の手札をプレゼントするのだ。これ以上の誠意はないし、教会だけではなく王家も聖女を害しようとした、という事実を覆い隠す一手にもなり得るはずだ。
(……これからは、セシリアにも一人の人間として生きていく必要がある。その練習としてはちとハードだが、自分の意思というものを持ってもらう機会にもなるだろう)
リチャードは教会の資料を押収し、内容を見聞している。
中身は酷いもので、人間を道具にするための効率的な方法がこれでもかと記されていた。自分の意思を持たない人形を作る技術は裏の世界では有用かもしれないが、ただ奇跡の力を持って産まれただけの少女に施されるにはあまりにも酷い内容だ。
その洗脳を解くためにも、これからセシリアには何事も自分の意思で決めるということをやらせるつもりだった。人形から人間へ戻るためのリハビリが必要なのだ。
(自分の意思を持たない人形を、今度は王家が所有した……ではだめだ。セシリア自身の自意識を育て、その上で王家に協力してもらえるように手配するのが最善)
王として、聖女の力を遊ばせておくことはできない。しかし教会の二の舞を演じるわけにはいかない。
そこで、あくまでもリハビリとして聖女を王家で囲い、ゆっくりと育てながら情を持って縛る。それが国王としても、人間としても納得できるリチャードなりの落としどころなのであった。
「さあ、聖女よ。罪人への罰を与えてやってはくれないか?」
リチャードは困惑する聖女セシリアへ問いかける。
しかし、聖女は答えない。自分の考え、というものを持つこと自体を禁じられていた少女に、決定権などあまりにも難しいものなのだろう。
それでもセシリアは考える。確かに彼女は偏った教育によって洗脳されていたが、別に頭や心に病を抱えているというわけではない。ただ、思想が歪められているだけなのだ。
既に教会の行ってきたことは本人にも説明されている。もはや聖女という道具いる必要はなく、一人の人間として生きていいのだと何度も説いているのだ。
それを本当の意味で理解できるようになるのはまだまだ先であろうが、ちゃんと言葉を理解して考える能力そのものはあるのだから。
「その……罰、というのはどのようなものがあるのでしょうか?」
「そうだな……法書を持て」
「はっ!!」
困惑した末に、セシリアはそもそも罰とはどのようなものがあるのかと問いかけた。
確かに、そんなものは法の専門家でもなければ中々わからないだろう。故に、リチャードは過去の判例なども載せている素人にもわかるように編集された古今東西の刑罰を纏めた書を持ってこさせるのであった。
「この国を含め、過去に様々な国で実際に行われた刑罰の事例がこの本に載っている。具体的には、この付箋の貼ってあるところが今回のケースだな」
リチャードはセシリアの反応を当然予想しており、事前に回答となる資料を用意していた。
本自体は正当なものであり、歴史書としても確かなもの。付箋の位置も誰が確かめても正当なものだ。ただ、苛烈な罰から温情を含んだ過去の判例まで全て網羅しているだけで。
(……所詮は、私も人の親だ)
リチャードは、本当の意味で鬼になることはできない男であった。
聖女セシリア。自我というものを奪われた憐れな少女だが、その本質は優しく慈悲深いものであるのは確かなものだ。
そんな彼女に『この中から選べ』と言えば、まず間違いなく温情に満ちたもの――私財没収の末、王都追放程度のものを選ぶと予想する。確かに富と権力に満ちた暮らしを送ってきた者からすれば辛いだろうが、国外に出る必要すらなく平民としてなら生きていける軽い罰だって過去の判例にはあるのだ。
中には劣悪な環境での終身刑や、命尽きるまで鉱山で過酷な労働をすること、そのまま首を刎ねるなんてものもある。最悪なものとしては遥か遠方に存在するという悪魔の王が考案した、様々な拷問器具を使って最低でも五年もの間苦痛を与え続けるという正真正銘悪魔以外では想像すらしないような過酷なものもあるが……国王としてはそれを選ばねばならなかったところを、聖女を介すことで回避したということであった。
「その……この場ですぐに決めなければならないでしょうか?」
「いや……既に私の沙汰は出した。この者達の処遇は聖女セシリアに委ねることとする。これにて閉廷とし、聖女セシリアにはじっくりと考えてもらうこととする」
この場で結論を出すことはできなかったセシリアは、これから考えますと渡された本と睨めっこしながら閉廷となった。
罪人達は再び縄で引かれて牢獄に戻されるが、その顔にはそれぞれニヤリとした笑みを浮かべていた。最悪を考えていたところを、結局は温情を与えるつもりなのだとそれぞれが理解したためだ。
(ククク……所詮は国王も人の子か。自らの子供に厳しい沙汰を下すことなどできないと顔に書いてあるわ)
聖女の気分次第で地獄に落とされる罪人達は、しかし自らの勝利を確信した。
放逐刑辺りを受けた後は、隠し財産を集めて適当な場所で再起を計ればいい。今まで程の自由はなくなり、癒やしの奇跡を利用することはできなくなるが、まだまだ自分の未来は希望に満ちているのだと妄想して……。
次回最終回となります。
……可哀想な境遇で自分では何もしないテンプレ聖女様タイム終了のお知らせ。